二十年ほど前……それはシェリーが産まれる前に起きた戦争のお話。




 イルランは、ダークエルフと人が手を組んで作られた国。


 よってそこに住まう人族も、エルフの血が混じっている者が少なくない。



 つまるところ、魔術国として最強だったのだ。



 その噂は世界中に広がっていた。






 若かりしグランの王は、それを欲しがった。

余のものとなるよう交渉せよ





 しかしイルランは断る。




 そもそもイルランは小さな島国で、約百年以上も鎖国状態にあった。

 イルランは、エルフから広まった魔術により、魔術国としては最強だ。

 しかし、グラン王国に比べると武術に長けた戦士は少なく、兵士の数などに圧倒的格差があった。




 そしてグラン王国軍の手には魔銃があった。

 鎖国状態にあったイルランは、技術の進歩からも取り残されていた。




 グラン王国は武力行使に出た。

 大勢を連れてグラン王みずからイルラン国へ乗り込んできた。
 その数、約、千の騎士。

 当時、最も困難とされていた、騎馬を船で輸送するということに成功させるだけの技術力が、グラン王国にはあった。



 だからこそ、グラン王は自信があった。

余が負けることなど、ありえない

 言葉通り、迎え撃つイルランの兵隊は、一網打尽にされた。

残るは王の首だけか!

ええ。討ちましょうぞ!!

 グラン王国軍は城へと向かった。

 しかしそこへ、ある少女達が立ちふさがったのだ。

 それも……幾千もの魔術師を連れて。

ロイ、やるわよ

おう!

 イルラン魔術学校各学科トップランカーから構成されたギルド、花鳥風月だ。

なんと、女子供まで戦いに出すとは、ひどい国ではないか

しかし、なんて数でしょう。こんなに魔術師が残っていたとは……

撃てー!

 少年の合図によって、イルランの魔術師が全員魔法を放つ。

ファイアボール!

アイスニードル!

エアースラッシュ!

 下級魔法だが、数が多すぎて防ぎきれないグラン王国軍。

うわあ!

 倒れる騎馬と兵士達。

ひるむな、かかれ!

 グラン王の一声で王国軍も進軍する。

子供だと侮るでない! やってしまえ!

 グラン王は勇敢であり、野蛮であった。

 王国軍も魔銃で応戦し、ほぼ互角の戦いとなっていた。

 ……その時、この戦争の結末を悟った少女は、城壁の上に立ち、とっておきの魔法を使う。

 仲間にも伝えていなかった最終手段。

聖魔法、グランドクロス!

 目映い光が辺りを包む。

聖魔法だと……そんなものこの世に

ううっ……

おい! しっかりしろ!

 辺りには、敵味方構わず兵士達が倒れている。

 残るはグラン王と少女のみ。

ううっ……

 グラン王は意識を朦朧とさせながら膝をつき、なんとか剣によりかかり踏ん張っている。

 当の少女は、手のひらから火の玉を発生させた。 

 少女は、グラン王にその手を向ける。

降伏なさい

いな……ここまで来たのなら、イルラン王の首を取るまで、余は諦めぬぞ!

 グランの王は、膝を崩しながらも真っ直ぐに少女を睨む。

この状況で……?

ふっ

なにがおかしい!? 余を愚弄するのか小娘が

なるほど。……私に貴方は、殺せない

……!

貴方を殺しても、その意志が、グラン王国をまた動かし、イルランへ攻めいることでしょう

 少女はそっと手を下ろす。

真実を教えてあげる

貴方たちが倒した、幾千の魔術師は私が作ったただの幻影

あ、あの数をか……!?

そして、さっきの聖魔法に見せかけたのは、フラッシュとスリープを組み合わせただけ。ただの中級魔法

なんだと!?

みんな気絶しているだけなのよ

本当なのか……?

そう。相手はこんな小娘。なのに貴方は今、私に殺されようとしていた

な、そんな……貴様、余を愚かだといいたいのか

いいえ

選ぶがいいわ

 少女は剣を取り出し、顔をあげ……切っ先を自分の首に近づけた。

先へ進むなら私は死ぬ

……!

でも……もしイルランへの侵略を止めるなら、この私が貴方のものになってあげる

それはイルランをとりたいのか、全世界をとりたいのか、貴方の野望次第だけれど

 少女はそう言い放った。

 小さい身体で。

 まだ齢も幼い少女が。

 聖魔術はただのハッタリであり、騙されたことを知ったグラン王は……

ははははは!!

 笑った。

なんと余は愚かなものよ! このような少女に手のひらの上で転がされていただけだったとは! 余もまだまだ修行が足りぬな!

私なら、もっと賢く国をとれるわ

わかった

では、そなたをグラン王国宮廷魔術師に迎えさせてはくれまいか

……ん

ううっ……

んん……?

 そこで、ロイ達が目覚める。

そなたは実に美しく愛らしいしの

え? うつく? 愛らしい? え、えっ

では、私を貴方のものに

 少女は王に向かってそう言った。

ああ。余が未婚であったならば妻に迎えたいぐらいだな

嫁おるんかい!

な、どうなってんだー!?

あ、ロイ。目を覚ましたのね。私、グラン王国の宮廷魔術師になるから。バイバイ

 それによって、グラン王国がイルラン国へ攻めこむことは二度となかった。

 グラン王国はイルラン国との安全保証条約を結んだと公表された。

 その裏は、イルラン国がクレアを献上する代わりに、グラン王国がイルラン国を他国から守るというものである。

 実質、人身売買のようなものだ。

 前述通り、イルラン国は小さな島国。
 閉鎖的な国であり、国を出て他国に仕える者などは、裏切り者とされていた。

 表沙汰にはできない少女の役割。

連れの……ロイと言ったか。あやつにも黙っていてくれぬか

勿論、承知しております

 幼なじみにも言えない。




 少女は呟く。

——家族と友達が守られるなら、私はどう思われてもいい。





 こうしてグラン王の義理固さによってイルランは助かった。

 いや、それすらも少女の計算だったのかもしれない。

 あの時、グラン王を殺しても、目覚めた王国軍にイルラン国は壊滅させられていただろう。

 かといって降伏すれども、イルラン国王の首は確実に取られていただろう。

 確かに互角の戦いに見えた。

 だが勝敗がどうであろうと、イルラン国は滅びていただろうから。

 全ては国を守るため。

 少女は初めからそれを目的に動いていたのか、今となっては当の本人しか知らない。

 こんな小さな少女に、そこまで考えられる冷静さがあったのかも、誰も知らない……。






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