談話室には、二人の少女がいた。
一人は、志田奈々。
GMの代理にして元凶の悪意、諸悪の根源。
へらへら笑いながら、相手の出方を伺っている。

もう一人は、有耶無耶になった、昨晩彼女を殺した人間。
今の所、殺された本人しか、その正体を知らない、と本人は思っている。
本当は姉、共に戦うと決めた戦友が知っている。
彼女を殺した犯人は……奴だった。
奈々に個人的に端末を使って呼び出され、施錠された談話室に二人きりの密室で、もう一度対面した。

奈々

残念だったねぇ
昨晩は私のこと殺せなくて

そう奈々に言われて、いきり立つ感情を抑えるのに必死だった。
この女は、殺せない。
殺しても何事もないように平然としている。
精神も異常なのは見て取れる。
こいつは立派なサイコ野郎だと思う。
ココロも殺せない、身体も殺せない。
どうすれば、どうすればこの女に一矢報いる事ができる?
あの場で嘘をついて不意打ちで殺されたといった理由は、個人的に面白いからとこの女は言う。
あの場でバラされるのは面白くない。
自分を迷わず殺したその度胸を、愉快そうに目を細めて嗤っている。
楽しいか楽しくないか、それだけが理由。

奈々

そんなおっかない顔しないでよ……
高瀬ひよりさん?
いいじゃん、一度は一応殺せたんだし?

被害者が加害者の名を呼ぶ。
加害者――初夜にして迷わず人を殺すことを選択した女は、ぎりりと奥歯を噛み締める。

ひより

卑怯者ッ……!
自分だけ安全圏にいるゲームの、何処がゲームなのよッ!!

奈々

大人の事情ってやつ
あんたも子供じゃないんだから、いい加減そのへんは気付いたほうがいいよ
この手の話は在り来りなんだからさ

そう。
奈々を初夜に尾行し、挑発に乗って殺した犯人は。
11番、高瀬ひよりその人であった。

彼女がこのゲームに巻き込まれた理由は、まだ知らない。
彼女はここに来る前に、行方不明になった友人を探していた。
断片的ながら、この願いの叶うゲームに参加したという情報は知っている。
ダメ元で聞いてみたら、この女は実にあっさりと真実を吐いた。

前回参加していた一覧にその名前があって、そいつを殺したのは自分だと笑顔で言い放ったのだ。
そこから先は、溢れ出る激情に任せて持ってきていた武器でこいつの首をぶった斬った。
然し、慣れているだけあってか切りかかる瞬間に身体を逸らされて傷が浅かった。
結果として仕留めそこねたが、それでも尚こちらを苛立たせるセリフを吐き捨てるので、腹部を突き刺して確実に殺したのはずなのに。
こいつは、生きていた。

奈々

あの子もオカルトが好きだって言ってた
世界征服が目標? だったとかも

ひより

……

奈々

青峰空、だったかな?
ちゃらんぽらんな理由で参加してたし、殺されても仕方ないんじゃないかな
ここには願いを本気で叶えていい人しか来ちゃいけないんだから

奈々

事実、私は殺したしね?
目障りで邪魔だったから

挑発だ。
これも、こちらにルール違反をさせるための挑発。
武器を持ってきてしまった自分が恨めしい。
この女は何時でも殺せる。でも、こいつは死なない。
こちらだけが、ルール違反で役職を明かされる。
一度のルール違反では大した痛手ではないが、本物に狙われるリスクを考えると、リスクを受け入れて折角手にいれた単独行動がアダになる。
それは、避けたかった。あいつの思う壷だ。

ひより

確かに空は馬鹿だったわよ……
何時までも中二病を引きずってて、頭の痛いことばかり言っていたし、行動も不可思議なことが多かった
でもだからって死んでいい理由なんて何処にもないでしょ!?

奈々

生きてていい理由もないよ

ひより

それを決めるのはあんたじゃないっ!

奈々

それを決めるのが私だよ
私がここでのルールなんだからね
従わなければ殺すだけ
代理ってのはそれが仕事

この女は、あくまでここでは自分がルールだと言い張る。
代理や、進行役。
その役目は重いものなのだろう。
そんなことは、ひよりにだって分かる。
それが、果たして人命よりも重いのか。
死んでも蘇るこの女とひよりの感覚の差は、埋めがたい。

奈々

何なら次は本気で相手してあげようか?
今からでもいいよ、別に
私もルール違反で役職晒されるだけだから
進行役でもルール違反は適応されるし

ひより

…………

奈々

一度で困るのは人狼だけ
村人同士なら……別にリスクなんてないじゃない

奈々

言っとくけど、死なない=痛くないわけじゃないからね?
蘇るまでに痛覚が負っている痛みは私だって感じてる
刺されれば痛いし撃たれても痛い

蘇るまでに痛みはある。
なら痛みつけるぐらいは出来る?
そんなので、あたしの気は晴れる?
こいつは仇……空の仇なのに。
そいつが人外の身体をしていて、殺したくても殺せない。殺しても意味がない。

ひより

…………

奈々

どうしたの? 
私は仇なんでしょ?
ならもう一度、この場で殺せばいい
気が済むまで、何度でも

奈々

村人同士の殺し合いは、昼間でなければ違反でもなんでもない
ここなら密室だから、邪魔もされない
わざわざ私から出向いてあげたのに、殺さない訳?
それでもあの子の友達?

何度も、何度も、こちらの傷に塩を塗りたくる。
感情に油を注いで、爆発させようとしている。
憎しみを、怒りを、恨みを、発火させようと!
一抹の理性が、それを押し止めているが何時まで続くか分からない。

ひより

うっさいわね……
殺せるものなら殺してるわよ!!

ダメだ、殺してはいけない。
こいつにこれ以上乗せられたら、今度こそ痛い目を見る。
一歩ずつ、逃げる準備をしていくひよりに、不意に訝しげに眉を上げる奈々。

奈々

……能力を使ってないわけ?
使い方もわかってないの?

ひより

!!

ふと疑問に思って問う。
能力を使えばまだこの状況、打開するのは楽になるだろうに。
なぜ悠長に話し込んでいるのか。
不意打ちで使えばいいものを。
能力、という言葉を聞いたときにひよりは顔に戸惑いが浮かんだ。
奈々が死なないのは能力のおかげ。
これさえなければ、奈々は簡単に死ぬ。
理論上、『反魂』を殺せるのは『無効化』のみ。
一度は殺しておきながら完全に死んでいないところを見ると、ひよりの能力はその唯一のアンチではないと奈々は予測する。
じゃあなんだ?
他の全ての能力の詳細を知っている奈々も、この反応は予想外だった。
反魂は全員に対する分かりやすく平等な畏怖を与えるが、一部にそれを超える畏怖を与える能力がある故、反応を見ればある程度は予測できるが、この反応はなんだ?
『無効化』のように最凶に位置する能力とは違う。
反魂はあくまで対象は自分だ。
他の人間に作用する部分はないから、戸惑いという感情が理解できない。

奈々

あっ!
そいえば姉貴が何か言ってたっけ!

いや、待て。
奈々は思い当たる節があった。
この様子……どう使えばいいのか分からない能力。
使いどころも、使い方も分からない反応。
そのダークホースの能力は、一度使うと病原菌のように繁殖して、優位も不利も全部上書きする最強の平等。一つだけあった。
姉が教えてくれたじゃないか。
注意するべき人物をすべて。
すっかりさっきの遊びでテンション上がってて忘れていた。

奈々

そーいやこいつが例の能力だって姉貴が言ってたな……
高瀬は『共振』持ちか……
やば、必要以上に挑発しすぎた……

能力説明
『共振』

効果
ゲーム中、任意のタイミングで能力を発動する事で、同じ室内にいる参加者の能力を『共振』にすることが可能。上書きされた能力は消失し使用できなくなる。以後、その参加者の能力も『共振』となる。
上書きされた参加者も同じく『共振』を使うことで他の参加者の能力を上書き可能。
『無効化』には効果がない。
また、『反転』は『共振』を受けた場合、跳ね返す先が既に『共振』だった場合、自身の効果が無効になり『共振』となる。
発動条件 「共振」を発動する、と発言する。
 効果範囲 同室内にいる参加者全員

保有者
高瀬ひより

奈々

うわやばい……今ここにいるの私だけだ……
反魂消えたら私も死ぬッ!

先ほどした権力云々はハッキリ言ってハッタリである。
今の奈々にあるわけもなく、ただの代理風情が王様気分で暴走したらそれこそゲームにならない。
あくまでルールに則ってゲームの進行するだけで、好き勝手出来る訳がない。
そんなもの、主催者側でも無理だ。

奈々

後先考えずに挑発しまくってるじゃん!
これ死んだ私死んだフラグ立った!!

後悔時すでに遅し。
内心ガタガタ小心者のように震えながら、奈々はそれでも虚勢を張る。
尊大で、最低な進行役を演じる。

奈々

姉貴たすけて助けて私すげぇピンチだよ自業自得でピンチだぁーーー!!

これもそれも、姉の警告を無視してやりたい放題していたツケなのか。
あの情報戦最強クラスの能力をもっている姉の言うことはしっかり聞いておくべきだったと今更思う。

能力説明
『透視』

効果
他の全ての参加者の能力がわかる。
発動条件 常時

保有者
志田阿澄

奈々

姉貴ごめん、私死んだわ……

色々なことを懺悔しながら、奈々はひよりの出方を見る。

ひより

…………

黙って睨んでるだけだ。
それ以上は踏み込んでこない。
ルール違反が余程怖いのか、嫌がっているのかは知らないが……。

奈々

今が引き際だねッ!

奈々は、適当に興醒めしとか反応がつまらないとか言いながら、溜息をついて、ドアに近づき鍵を開ける。
悔しそうに、奥歯を噛み締めるひよりはまだ睨みつけてくる。

じゃあ今度はしっかり遊んでね? とたっぷりの嫌味を込めて室内を出ていった……。

奈々

あぶな……

ドアを閉めた瞬間、どっと疲れた。
溜息をつく奈々は、足早にその場を去っていく。

奈々の狙いはルール違反をさせて役職を確認するためだった。
もう一度死ぬ覚悟なんてあったし、凛の負担を軽減するために誰かもう一人ぐらいは役職をオープンさせておきたかった。
でも相手の能力のことを忘れていた。
『共振』……名前に反して厄介な能力だ。
一度蓋を開けるとウイルスのように感染して能力を上書きする。
そうすると折角の優位性が失われて辛い戦いになるだろう。
危うく地雷を踏みかけた。

何をしているかと思えば……
あの子にちょっかい出してたの?

呆れるようなコメントが、自分の端末から画面の上に、ホログラムのように浮かび上がる。
このホログラムが見えるのは自分と一部だけ。
端末の中にある専用アプリが、勝手に返信を送る。

奈々

いやー失敗したよ!
あいつの能力『共振』であること忘れてたからさー

その行き当たりばったりで行動するのはやめた方がいいわよ
お姉さんだって警告していたでしょう?

奈々

わーってるよ……

凛が送ってきた専用の通信。
誰にも知られない秘密のお話。
これが凛の特殊能力『内緒話』の能力だった。

能力説明
『内緒話』

効果
ゲーム中、特定の相手にだけ伝わるメッセージアプリが端末に導入される。
このアプリを使用できるのは保有者及び、相手として登録された人物のみ。
『内緒話』で発した内容は、特定の相手にしか視認できない。
また、『盗聴』と『無効化』の能力を受けない。

保有者
速水凛

数少ない『無効化』への耐性を持つこの特殊能力を、占い師の役職である凛が保有していた。
凛がメッセージを誰よりも早く奈々に伝え、奈々も体当たりで手に入れた情報は全て凛に包み隠さず伝えている。
そこに姉の阿澄の特殊能力も加わっている。
現在志田姉妹と凛、あやペアはタッグを組んでいる。
そして切り札はあやの存在だ。
あやがいれば、基本的に死ぬことはまずありえない。
まだその時は来ていないが、来るべきに彼女とも手を組んで勝ち残りたいと奈々は感じている。
姉の『透視』と凛の占い師のおかげで、奈々はいち早く狼探しを可能としていた。

こっちは問題ないわ
今夜もあやと一緒にいるから心配しないで

奈々

気を付けてよ?
部屋に鍵したって、狼は鍵開けられるようになってるんだから

このゲームの狼はルール上、自分で殺しに行くので対象の部屋の鍵がしまっていてもノブに触れたら解錠されるシステムになっている。
武装した村人が跋扈する夜の村を歩き回る度胸のある狼ではなさそうだが……。

大丈夫よ
それよりも、志田も気を付けてね?
『強奪』と『支配者』に『共振』、そして『無効化』の能力を持つ相手は知っていても対処に困るかもしれないから

奈々

肝に銘じておくよ

内緒話のホログラムは最後にそう伝えて消えた。
傍から見ても、奈々は黙って歩いているだけ。
誰にも通信していたとは知られない。
これが内緒話の強みだ。
見た目が変わらないから誰にも知られない。
情報戦では一人よりも複数で真価を発揮する珍しい能力を、凛はしっかり使いこなしていた。
奈々は取り敢えず姉の待つ部屋へと戻る。
今夜は、誰が襲われるのか。
まだ、誰も知らない……。

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