沈黙が、場を包んでいる。
誰があの女を殺したのか、注意深く周りを警戒し続ける人がいる。
怯えているのはあやぐらいなものだ。
惚けている人もいれば、驚きで目を丸くしている人もいる。
あっけらかんとしているのは、昨晩殺されたという住吉のみ。
あの子は……殺すのも、殺されるのも、慣れているからか、へらへらしていた。

奈々

取り敢えずそんなわけで、夜の流れ分かった?
補足しとくと初夜で私自身が死ぬのは毎回の通例みたいになってるから、別に私を狙った人も気にしなくていいよ
わざとああやって置けば大体私狙われるし、それが狙いで毎回私は死なないようにしてるだけだからね

奈々

私は進行役兼プレイヤーだからさ
進行役として、わかってない人に手本を示さなきゃいけないんだよ
一度死ぬくらい、何時ものことだから
取り仕切る人間がいなきゃ、ゲーム進まないでしょう?

……これで。
住吉の思惑通り、進行役が場を支配した。
進行役として初夜に死ぬのは当たり前、そう言い切った。
あの割り切った言動、異常を異常とも思わない心理。
周囲には完全に畏怖を植え付けることには成功してる。
これが、進行役なのだと。
こいつは完全に壊れていると。

誰が思うだろうか?
こんな頭の中が吹っ飛んでいそうな、笑って人を殺しそうなこの女が、罪悪感を持って、贖罪をしたいと願っているなどと。
誰よりも強い願いを持って、勝利にかつえていると。
誰かと共にこのゲームをクリアしようとしているなどと。

私は先ほど、彼女に異論を唱えた。
それも作戦のうちだった。
私は、彼女の敵であると周囲に分からせるためだ。
私が彼女の味方であると悟られてはいけない。
それは私自身が彼女の足手纏いになることであり、私も彼女という弱点を晒すことになる。
それだけは避けたいと思っていたら、彼女は提案してきた。

――私が、全ての悪役になるよ、と。

自分が全て悪いことにして、敵であるイメージを確立させればいい。
その身で悪意も憎悪も、受け止めると。
私とあやはあくまでこちら側であることにすれば、自然と攻撃は、あの死なない、悪びれない悪役に飛んでいく。
全部住吉が悪いことにすればいい。
あいつがまた裏で手を回したとか、適当なことをいえば、味方してると誰が思う。

都合の悪いことは、全部彼女のせいにする、という手筈を整えている。
互いに合意の上だ。気は進まないけど……。
今回は、私は彼女と水面下でやり取りする以外は、全て敵になる。
幸い、私の特殊能力はそれを可能にしてる。
これさえあれば、彼女との秘密の通信は全く問題ない。
あやには、まだ真実は伝えていない。
あの子はメンタルが弱いから、余りにもショックなことを教えると許容量を越えてパニックになる。
だから、あいつはあくまで暫定的に味方になるつもりらしい、とだけ伝えた。
あやはまだ懐疑的な目で見てるし、志田と名を変えた住吉のことも、聞き出せなかったとごまかしてある。
表立っては敵対すると伝えているので、あやもそれに関しては問題なく了承していた。

敵、か……

彼女とは、何時か……時が来れば。
もしも、こんな異常な空間じゃなく、日常の世界で出会えれば。
私は、友達になりたいと思っている。
あの子は、確かに狂っている。
でも私だってもう人殺しだ。
一人の人生を奪っている。開き直るつもりはない。
ここにいる限り、人殺しの咎からは逃れられない。
まだ受け入れることはできなくても。
後悔に苦しんでも。
結局は、それを背負って生きていく。
それが、結論だった。

私に彼女を責める謂れはない。
同類である以上、責めることはできない。
そしてこのゲームでも、私は人を殺すと決めた。
一度は踏み出していれば、それでも迷いはない。
失う恐怖に比べれば、奪う後悔の方がまだマシだ。
だから……。私は、私のできることをやる。

今のうちに名乗り出ておくことにするわ

それぞれがそれぞれの対応をしている中。
私は、一歩前に出る。
これが……私のやるべきこと。
私の、ゲーム開始の合図。
本来の、人狼ゲームでの。

私が今回、役職の占い師に選ばれていたわ

その言葉に、彼らは私を注目する。
仕方ないのだ。ゲームとしてのルールで、基本的にこの役職……占い師に選ばれたものは、名乗り出ないといけない。
そうしないと、ゲームが成り立たない。

このゲーム、12人中狼はたった一人。
そこに私こと占い師、狩人を含めると、大半が村人に相当する。
ぶっちゃけ武装した村人なんて、ゲームを抜本的に破壊するような存在だが、この特殊な人狼ゲームである限り、認められる。
村人は元来無力。
武力を手に入れているゆえ、なんとかなるかとも思ったがそうすれば待っているのは魔女狩りのような地獄絵図。
私だって殺されかねない。
だから、本来のやり方を通してもらおうと思う。

知ってると思うけど、占い師は一晩に一人、役職を探ることができるわ
私を疑うのはいいけど、私も殺したらゲームが成り立たなくなるからね

言ったとおり、占い師の役目はそういうことだ。
私は昨晩、既に一人の身の潔白を知っている。
無益な殺生をさせないストッパーとして、私はある程度流れを変えることが出来る位置にいる。
まあ、証明できる方法が少ないので、今はまだ名乗り出ておくぐらいでいい。

奈々

へぇ……あんたが占い師か
だから私に対して異論があるって言ったわけだ
自前で調べることができるなら当然か

そして、敵役である住吉が、私の発言に食いついた。
先程の反論は、占い師である私だからこそ言える一言だと強調する。

それ以前の問題でしょ貴方は

奈々

おーおー怖い怖い
これだから下手に因縁のある奴がいると面倒なんだよ
やだよねー、負け犬の遠吠えってさ……
タチの悪いやっかみじゃん

苛立ったように、因縁もあるというふうを強調しておく。
飄々として、肩を竦める住吉。
目論見通り、周囲の目が変わる。
私は過去にこの女に酷い目に合わされた被害者で、あいつが加害者であると見られている。

……貴方、私にも殺されたいらしいわね?
死なないだけで何度でも蘇生するなら、何度殺したって構わないんでしょ?

奈々

時間の無駄だよ?

私の時間が無駄かどうかを判断するのは貴方じゃない、私よ
私が無駄じゃないと思うなら無駄じゃないわ

奈々

そんじゃ、初日早々私を追い出す?
追放してもいいけど、メタな反撃するよ?
ほら私、代理だから権力あるし
追い出されても戦線復帰できるし?
あんたらと違うってこと、まだ分かんない?

挑発を繰り返す住吉。
ならば追放してやろうと堂賀さんが言い出す。
どうやら、彼は彼女が気に入らないらしい。
でも権力、と聞いた瞬間に萎縮してしまう。
そりゃそうだ。人殺しを強要するゲームを開催する連中の言う権力は、大体想像がつくだろう。
自分が死ぬだけだ。

チッ……本当に最低ね……
ゲームのルールぐらい守りなさいよ
それでも主催者側の人間なわけ?

奈々

主催者側がテコ入れしてるゲームでこっちがルールなんて守るわけ無いじゃん
治外法権ってヤツですよ
てかさ、ここじゃ私がルールだもん
私がゲームに馴染むんじゃなくて、ゲームが私に適応するんだよ

ふてぶてしい発言の数々。
そろそろ他の参加者のヘイトが爆発しそうになってる。
私は取り合っていられないと頭を振って、ケラケラ笑う住吉を無視して、他の人に話しかける。

そこの馬鹿は無視するとして、昨晩調べたのは10番、水渓さん
彼女は村人よ

私が調べた先の人間に視線が向く。
即ち10番――水渓さんへ。
彼女はふんっ、と鼻を鳴らす。

静流

へぇ……まっ先にわたし調べたんだ……
意外に根に持つんだね、速水さん
まあ、わたしは村人だよ?

静流

逆を返せばそれ、わたしを疑ってたってことだよね?
疑われたわたしが何かするってコト、まだわかんないわけ?
自分で言うのもアレだけど、わたし結構短気で血気盛んなんだ
ってことで、癪だから殺していいよね
今晩、わたしはお前を狙うよ?

人が折角潔白を証明したげたのに……
貴方も大概ね……沸点低すぎるわ
お礼を言われるのはまだしも、逆ギレってどうなの?

案の定だった。
彼女は頭はきれるけど短気かつ喧嘩腰であると踏んでいたのでこの態度は予想済み。

武田

いやいや嬢ちゃん、落ち着けって
何でそこで謎にキレてんだ……

静流

しれっとこいつ、腹立つなァ……
いっそ連れのビビリから干すか?

武田さんが彼女を宥めるけど、ぼそりと彼女が漏らした一言。
あやに対する攻撃宣言。
当然、あやは反応する。

あや

静流

テメェ……わたしに喧嘩売ったら連れが蜂の巣になると思えよッ!!
わかったな!?

武田

おいおい、嬢ちゃん……
言ってることがチンピラだぞ……

武田さんが呆れている。
そのとおりだ。なぜ、恨まれないといけないのか。
根に持つのはそちらではないか。
然も今……さり気無く自爆したっぽい。
重要な情報を散蒔いた。気付いていないようだが。
蜂の巣にする……。
ニュアンス的に考えてそれだと……。

彼女の武器は銃火器の可能性があるわね……
面倒なことになったわ
ナイフだけでどうやりあえっていうのかしら

私の武器はサバイバルナイフ。
刃物なんて振り回したことのない私が使いこなせる訳もない。使えない武器は武器じゃない。
彼女もその類か? 
銃なんて早々国内で撃てるものじゃないし……いや、待て。
モデルガンならありえる? 
最近のモデルガンは良く出来ていると聞く。
つまり彼女がサバイバル関係のゲームでもしていれば、その延長戦で上手に扱える可能性は十分あるかな。
どっちみち、彼女の方が腕っ節は強そうだ。

実戦じゃ十中八九、私が殺されるわね

あれだけ好戦的な性格だ。
喧嘩慣れしていて当然と見る。
当然、私は力負けするだろう。

機敏に私への敵意を感じ取ったのか、住吉が間に入ってちゃちゃを入れる。分かりやすい挑発だ。
禁句を使ってからかう。
スルーされているのがどうにも嫌と見られたいらしい。

奈々

えーっ、なになに?
今夜は占い師が死ぬの?
それはそれで面白そうだね
私も参戦しよっかな
ねえねえ静流ちゃん
私の相手もしてよ

静流

オメーも大概にしとけよクレイジーが!
殺されてんのにヘラヘラ笑ってんじゃねえよサイコ野郎ッ!
わたしを静流ちゃん言うなって言ってんだろうが死んだせいで頭イカレたか!?

直ぐ様矛先を向けて住吉に噛み付く水渓さん。
本当に……首輪のない獰猛な犬そのものだ。
手当り次第気に入らない人を噛み付いていく。
だが逆に言えばそれが特性で、頭の回転は速そうだがむかつくとすぐにあったことを忘そう。
油断する気もない。あの子は十分、脅威だ。

奈々

きゃー可愛い!!
幼女が怒った~!

静流

今すぐぶっ殺すぞテメェ!!
バカにしてんのか!!

奈々

殺せるもんなら殺してみろバーカッ!

静流

ンだとォッ!?
上等だ、すぐぶっ殺してやるよッ!!

途端に騒がしくなる室内。
吠えまくる小動物とそれをからかって楽しんでる人間の歪んだ光景が広がっている。
他の参加者は、疲れたように三々五々、話し合いなんてしてられないと部屋に戻っていく。
巫山戯ながら、住吉は別に無理して昼間追放者を出さなくても夜に殺し合いをしてくれればゲームは進むからそれでもいいと告げた。
それ意味あるのかゲームとして。
せめて人狼ゲームと名を使うからやり方は真似て欲しい。
特殊事例すぎてついていけない。
これじゃ夜の定期報告みたいじゃないか。
昨晩彼女を殺したのはあくまで村人で、狼は動いていてないと彼女は皆に報告した。
水渓さんとじゃれ合いながら。

奈々

ヘイ、カモンチビ助ッ!
世の中の真理を教えてやるZE!

悪乗りしてるのか、ノリノリなのか……。
完全に楽しんでる。それに乗っかる彼女も彼女だ。
どんだけ短気なのか。

静流

その口今すぐ塞いでやらァッ!!
ルールとか知るかッ!!
テメェだけはぶっ殺すッ!!
離せブタ野郎ッ!!
テメェもソーセージにすんぞゴルァ!

武田

やめとけって!!
お前さん、アレに逆らったら面倒くさいことになるから落ち着け!!
暴力行為は禁止されてるんだぞ!?

静流

知るかァッ!!

脇に手を入れられて抱きかかえられてもなお抵抗する。
とことん、彼女は頭に血が上っているようだ。
尚、あやはとっくに逃げ帰っているし、お姉さんの阿澄さんはというと……。

阿澄

……………………

マイペースに、どっからか持ってきた分厚い本を読んでいる。騒ぎなどお構いなしだ。

奈々

あ、暴力行為云々は自己責任で!
コッチのほうが楽しいし!
し、ず、る、ちゃんも許したげる
ほらほら、おいでおいで静流ちゃん
お姉さんが遊んであげる

静流

テメェ……ッ!!

ルール守る気あるのかあれは。やれやれ……。
五月蝿いから、私も帰ろうかな……と思っていた矢先だった。

阿澄

奈々、いい加減にしなさい
何時までその子で遊んでるの?

怒ったような低い声で、阿澄さんが彼女に問う。
途端、ぎょっとして一歩逃げ腰になる妹。

奈々

げっ、姉貴……!?
何で絡んでくるのさ、本読んでりゃいいじゃん……

阿澄

人を使って遊ぶのはやめなさい
私はいいけど、ほかの人の迷惑になるでしょう?

歳上ぶり、本を閉じて詰め寄る。
壁際まで逃げて、追い詰められた妹はビクビクするように頭を抱えた。
追い詰めた姉は、くどくど説教を始めたではないか。
唖然とする私。
あの人って穏やか感じがしたんだけど……?

静流

邪魔だ、どけ!!
オメーもぶっ飛ばすぞ!

放置され更にキレて割って入る猛犬。
唸りながら、姉の威厳に竦み上がる住吉を好機とばかりに迫ろうとして――

勢い良く重い何かを振るうような音。
そして、

重低音。

静流

ぬがっ……!?

阿澄

人が妹を怒ってる時に、横槍入れないでくれるかな……?

こっちもヘビィな重さの声色で、阿澄さんが持っている本の角で、水渓さんのベレー帽から垂直に一撃、入れていた。
あれ、暴力行為じゃないのか……?
早速ルール違反?

奈々

うわぁ……思ったとおりだわ……
姉貴ルール違反、1回……と
怒らせるとすぐ手が出るからなぁ……
しかも、容赦ない

……。そっか、ルール守られてないのか……。
止めたほうがいいのかな。
あの、お姉さん……。
屈んで本の角で、倒れて痙攣してる水渓さんの後頭部に連打して追撃してるんだけど……。
どすんどすんってリズムゲームみたいになってる。
これは、酷い……。
あの人の中身がわからないんだけど……。

武田

あの……そのへんにしてやってくれねえか?
嬢ちゃんが始めたこととはいえ、流石に……

阿澄

武田さんは甘いです
この手の人間は、上下関係をしっかりさせておかないと何時までも吠えることをやめません
チンピラという人種は大体こうなんです
きっちり、教育しておかないとのちのち大変なことになりますよ

阿澄

武田さんも、生半端な気持ちで人を仲裁しないでください
言葉で通じると思ってるんですか?
頭に血が上っている人間相手に?
責任を見る覚悟がないなら自重して欲しいのですが?

武田

あ、はい……すんません……

……怖い。阿澄さん、怖い……。
あやなら間違いなく泣き出す。
私も怖いと感じる。

阿澄

ルール違反なのもわかっています
それを承知の上で行なっていますし、一度破ったルールなら、限界まで使うのが尤もでしょう?
それに私にはなんの痛手にもなりませんので

阿澄

それに私、奈々と会話してるところに横から口出しされたりちょっかい出されるの嫌いです
その理由もあって、今後邪魔をされないためにこの躾のなっていない犬を黙らせます

そっちが本音じゃないだろうか……?
この人、妹魂と書いてシスコンの人?
何となくそう思った。
手元の端末な音を出す。
視線を落とすと、ルール違反と記されて、阿澄さんの役職が透けていた。村人、だそうだ。
確かに全然痛手じゃない。明かされても意味はない。
目の前の私刑はまだ続きながら、初日の話し合いは犬の教育で幕を閉じた。
得るものは、それなりにあったからよかった……。

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