ここが魔術学園ですか。立派な門ですね


 俺とアイシャはファンドル王国に響き渡る王立ファンドル魔術学園の前に立っていた。門は壮大で且つドでかく、しかも門番は人ではなくゴーレムっぽいものが二体いる。
 王都にある建物の殆どはせいぜい三階建てで、王城ですら五階建てくらいだ。だが魔術学園は十階建てくらいありまるで白銀の要塞だった。
 更に上を見れば、何やら鳥のようなものが飛び交っている。

 正直王城よりも立派だな。

……はぁ、心配です


 俺がおのぼりさんのように見蕩れていると、隣にいるアイシャが大きくため息をつく。

アイシャ、人間諦めが肝心です

……諦めたらだめでしょう。今日は絶対に、是が非でも大人しくしていてくださいませ。学園長室内から一歩も外に出ないようお願いします

アイシャも心配性ですね。大丈夫ですって、アイシャの活躍を窓から眺めているだけにしますから。それに部屋に入ったらちゃんと魔術障壁は張っておきますし


 つい先日、アイシャから障壁魔術を教えてもらったのだ。
 これは魔力を消費する代わりに攻撃を防ぐシールドを張るもので、消費する魔力量で強度が変わる。
 試しに最大級の魔力を使って障壁を出したところ、アイシャの魔術を完全に防いだくらい非常に硬い。
 しかも俺の魔力量は天井知らずであり、二十四時間張り続けても問題なさそう。まさに使い放題。
 こちらからの攻撃も出来なくなるのが欠点だけどな。
 でも一応仮にも公爵家の次女というVIPな俺にとっては、防御が出来れば問題ないのだ。

障壁魔術というものは、並の魔術師が使えばせいぜい持って数分が限界なのです。だから衝撃が来る寸前に張るのが一般的な方法なのですが……

やろうと思えば一日中張ることも出来そうな感じですよ?

シャルニーア様の次の授業は一般常識ですね


 呆れたような目と口調のアイシャだ。
 そんなに非常識なんだろうか?
 自分では至って普通の事なのだけどなぁ。まあ貴族の常識という観点から言えば、俺は全然足りないんだろうけどさ。

私に一般常識がないと言うのですか?

はい。普通、王家に連なる大貴族の子女がわざわざ見物に来るなどあり得ません


 そんなキッパリ言わなくても……。

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □

 学園を見渡せるほどの大きな窓がある壁を除いた一面にドでかい本棚があった。
 普通はいくつもの本棚を並べるのだが、ここにあるのは本当に壁の一面に一つだけ。大きさも高さもぴったりに合わせて作られているオーダーメイドな本棚だ。
 更に本棚の中は分厚い背表紙の魔術関連の本がずらっと並んでおり、まさに圧巻である。
 ここが魔術学園長の部屋か、すげーぜ。

 俺は別に本はそこまで読まないし興味も差ほどないが、ここまで綺麗に揃えられていると一つのインテリアだな。

 そして……。

ファールス学園長、お久しぶりです


 部屋に入ったアイシャは、一番奥にある重厚な椅子に座っている白い髭の爺さんに一礼をした。俺も彼女の隣に立ち、お澄まし顔にしつつ爺さんの顔をよく見た。

 うん、あの面はまさしくファンタジーによくいる学園長だ。
 見事なまでの真っ白な長い顎鬚、黒いとんがり帽子に、漆黒のローブ。袖からちらりと覗く手には銀色に光っている指輪がいくつも見えている。
 まず間違いなく何らかの強力な魔術具だろう。

レクトノリア君久しぶりだね、よく来てくれた。そしてそちらのお嬢さんが噂のシャルニーア嬢ですか

はい、シャルニーア=フォン=ファンドル様でございます

シャルニーアです、宜しくお願い致します。で……あの、噂って何ですか?

レクトノリア君から色々と聞いているよ。動力は魔力、猪突猛進、常識知らず、無茶無謀無策の三拍子、昨日教えた事は寝ると忘れる揮発性メモリーなどなどと……ね


 学園長の言葉が俺の耳に届いた瞬間、隣に立つアイシャの腕を掴もうとした。が、俺の手は空を掴むだけだった。
 慌ててアイシャの居た方向を見るものの、いつの間にか彼女は廊下に出ていた。

 まるで気配を感じなかったよ?
 それ以前になんで揮発性メモリーなんて言葉知ってるんだよ! おかしいだろ!?

では早速警戒に当たってまいります

…………アイシャ、逃げるな

シャルニーア様、私はあなたと違って遊びに来た訳ではありません。色々とやるべき事があるのですよ


 そう言い放つと即座に姿が消えた。
 あいつ忍者じゃねぇのか? あとで一度じっくり話す必要がある。
 苦虫を潰した顔をしていると、俺らの会話に唖然としていた学園長が我に返ったように笑い出した。

……はっはっは、なかなか面白いものを見せていただいたよ

失礼致しました。アイシャはいつもあんな感じでして


 身内の恥を他人に見られるのはなかなか恥ずかしいものだ。

あのレクトノリア君がよくあそこまで心を開いたものだね。まあこちらへ座るといいよ

ありがとうございます


 学園長の机の隣にある小さめの椅子に俺は疲れた表情をしながら座った。瞬間、何か視線を感じて後ろを振り返る。
 が、そこにあるのは大きな本棚だけだった。いや、壁一面本棚なんだけどさ。

 ……気のせいかな?

ど、どうかしたかね?


 俺が背後を振り返ったのが気になったのか、少し慌てた口調で学園長が尋ねてきた。
 このじーさん、何どもっているんだ?

いえ、何か見られていたような気がして……。多分気のせいかと思いますが

うん、そうだろう。ここは魔術学園長の部屋だ。セキュリティは完璧だらかね


 ああ、確かに魔術学園のトップである学園長が居る部屋だもんな。セキュリティは完璧だよな。でも、怪盗とやらはその完璧なセキュリティを突破して秘蔵書を盗んでいくんだっけ。

 ……。
 …………。
 ………………。

 どこが完璧だよ!
 念のため障壁魔術を展開しておこう。

障壁魔術を使いますね

ん? 障壁……?


 学園長の返事を待たずに俺は周囲に障壁を張り巡らせる。青白く輝く薄い膜が俺の周囲に現れた。
 アイシャが開発したこの障壁魔術は、物理攻撃はもちろんの事、あらゆる魔力を消費する魔術や果ては実体のないゴースト類だろうと弾く事ができる、と開発者のアイシャは言っている。試したことはないけど、アイシャがそういうのならきっと効果はあるのだろう。

ほお? これは……


 感心したような声を上げる学園長。
 まあ相手は魔術を教える学校のお偉いさんだ。アイシャが開発したこの障壁魔術はオリジナルで、おそらく初めて見た魔術だろう。
 知らない魔術を目の前で見せられたら、興味をもつのは当たり前だ。

魔を使う術を全て防ぐのか? ふむ、これは興味深い。しかしこれほどの魔術を使えば、あっという間に魔力が尽きそうなものだが?

これはアイシャが考案した魔術です。彼女曰く、あらゆるものを防ぐ素晴らしい盾魔術、略してアラ盾だそうですよ

……レクトノリア君は相変わらず名前を付けるのが下手だな。私なら、君と僕の愛の囁きを邪魔する憎い青白き障壁、略してキミボク愛だね


 …………意味が分かりません。
 ネーミングセンスは間違いなくあの|生徒(アイシャ)の|教師(ファールス)だな。

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