うわっ、色までついていますよ!

どうですか? つい先日完成したばかりの、映像記録付与魔術改です


 とある日の午後の|休憩時間(ティータイム)で、アイシャが自慢げに胸を逸らしながら紙を手渡してきた。
 それを見ると、そこには家の玄関が写っていた。もちろん絵などではなく、まるで写真である。
 数年前にアイシャが開発したという映像記録付与魔術……カメラ魔術は俺も知っていたが白黒だったのだ。それが今回カラーになった様子である。

とうとう色までつくようになりましたか

使い方も従来と全く同じです。こうして付与魔術の描かれた魔方陣を記録したい対象の方へ向けて『記録せよ』と唱えるだけで……


 アイシャが俺のほうへと紙を向け呪を唱えると、徐々に俺の姿が紙に映し出される。

すごいものですね

色がつくことにより、例えば天候や農作業などの記録もより鮮明になりますし、心に残るような美しい風景もそのまま持ち帰る事ができます


 一見少し厚めの紙だけど、機能はカメラだ。さすがに前世であるような何千万画素数のカメラよりは遥かに低解像度だけど、それでも十分綺麗に写っている。

あとはそれにフラッ……|光明(ライト)のような魔術を組み合わせれば、暗い所でも撮れますね

……なるほど、それは良いお考えですね。今度試してみましょう

そして今後は動画……いえ、それを複数連続で撮れるようにして、まるであたかも目で見ているように動かせる魔術も面白いと思いますよ

絵を連続で記録するのですか

ええ、あとで絵をぱらぱらと捲っていけばまるで動いているように見えます。それを使えばまるで動いているように見えるのですよ

それは面白そうですね。しかしシャルニーア様は一体どこでそのような知識を?

いえ、何となく思いついただけですよ


 投げかれられた問いを交わしたお後、そして互いに暫くお茶を楽しむ。なかなか風流な行為だ。
 お、今日のお茶はハルメビ畑で採れたものか。ここの葉は、うっすらミントっぽい味が混じっているから、初夏にはぴったりの味なんだよな。
 前世では日本酒なら一舐めするだけで大抵の銘柄を当てたものだが、今世ではお茶ばかり飲んでいたためか、最近多少は味が分かるようになってきた。

 健康的だなぁ、としみじみと実感する今日この頃である。

そろそろファンドル祭ですね

もうそんな時期ですか


 目を塞いでお茶の味を楽しんでいると、アイシャがポツリと言葉を漏らした。
 ファンドル祭。
 簡単に言えば国王の誕生祭である。毎年盛大に祭りが催され、それが一週間続くのだ。特に俺の居る王都は、この国の首都という位置づけであり、更に国王も居ることから大陸でも一番賑やかである。まさしく花の都って感じだな。
 普通の国民であれば、誰しも笑顔で楽しみ、祝い、そして酒を飲むのだ(子供は除く)。
 ちくしょう、早く|十三歳(おとな)になりてぇ。
 しかしアイシャは何故か顎を手に乗せ、ぼんやりと遠くを見ていた。

 ……こうして見ると美少女って絵になるなぁ。

 少なくとも外見は美少女であるアイシャに、不覚にも少し見蕩れてしまった。そして俺の視線に気がついたのか、顔をこちらへと向けてくる。慌てて視線を逸らし、そしてごまかすように

憂鬱そうですねアイシャ。何かあったのですか?

と言った。

ええ、少し。学園の事を思い出しておりました

学園……ですか


 アイシャは設立三百年のファンドル魔術学園に去年まで在籍していた。そして今年卒業したのだが、その時の席次は筆頭である。更に歴代三位という成績を打ち立てた天才少女だ。
 何の因果か俺の家庭教師になっているけど、本来なら魔術騎士団や宮廷魔術師になっていても不思議じゃない奴だ。
 地位、待遇、給与では、ただの家庭教師と騎士団や宮廷魔術師とでは雲泥の差だし、もちろん将来性も安泰である。
 家庭教師など俺が成年に達すれば、上手くいってもうちのメイドに鞍替え、下手すると首を切られる。本当に何故家庭教師などやっているのか。
 その辺りの事情が何かありそうだ。

昔、何かあったのですか

はい。また今年も……


 俺はこの世界に来てから学校というところに行った事がない。
 貴族であれば大抵貴族用の学校に通うのだが、うちの父ちゃんは俺を箱入り娘にさせたいみたいで、学校に通わせてくれないのだ。
 特に俺も今更学校なんぞに行きたくないから、それはそれでいいのだが。

今年も?

怪盗が現れるのです

か、怪盗?! まさか三世?


 怪盗なんて、ふーじ○ちゃーん、と言いながらダイブしてくるイメージしかねぇよ。

……? いえ、おそらく初代かと思われますが……

それでその怪盗がどうしたのですか?

六年~七年ほど前から突然学園長の秘蔵書を狙って現れるようになったのですよ


 賢者シャローニクスの一番弟子であり、この国最高峰の魔術学園の長、ファールス=ノイ=イレイザラス伯爵。
 人間には得手不得手はあるものだ。
 目の前にいる天才少女のアイシャも、付与魔術はほぼ国内随一だが、逆に治癒や攻撃魔術については一歩、二歩劣る。
 賢者シャローニクスですら、治癒の魔術はこの大陸一と言っても過言ではないが、付与魔術については若干苦手と聞いた事がある。
 しかし魔術学園の長であるイレイザラス伯爵、彼は全ての魔術をほぼ完璧に制御するという。もちろんそれぞれの方面のトップではないものの、全ての方面において三番手四番手に位置している、秀才タイプだ。

 そんな彼が持っている秘蔵書。おそらく魔術に関するものだろうが、それを狙っている怪盗がいるとは知らなかった。

秘蔵書ですか。それを毎年狙うような輩が居るのですね

はい、毎年奪われています

え?


 秘蔵書って複数あるの? 
 いやいや、それより魔術学園だよ? しかも学園長の部屋にあるんだろ、その秘蔵書って。一番セキュリティの高い場所だよな。それを毎年奪われてるってどんだけ警備がザルなんだよ。

秘蔵というからには一冊だけだと思ってたのですけど……

いえ、イレイザラス学園長は秘蔵書の内容は公開しておりませんけど、毎年、年の初めに一冊だけ秘蔵書が贈られてくるそうです

年に一冊、贈られて……? あ、もしかして賢者シャローニクスからの贈り物とかでしょうか?

さあ……。贈り主も誰なのか不明ですけど、イレイザラス学園長は毎年それを非常に楽しみにしている、という噂ですよ。それで怪盗の来る時期は学園も一種のお祭りになっていまして、誰が一番先に怪盗を捕まえられる事が出来るか殆ど競争状態ですね

それでも毎年盗まれている……ですか

はい、私も在籍していたときに参加しましたが、歯が立ちませんでした

アイシャですら?!

私だけでなくシレイ……私の先輩と一緒に組んで二人がかりでしたが、結果はあっさりと奪われてしまいました


 それはその怪盗が凄いのだろう。
 学校というからには、数百人は生徒がいるはずだし、その生徒は魔術学園に入れるだけの知識や魔術を扱えるはずだ。
 そんな中からモノを盗むなんて、とんでもないレベルだ。

しかも去り際、『君達二人はここ数年で一番動きがよかった。また来年楽しみにしてるよ』なんて言われました。ものすごく悔しかったですよ


 その時唐突に違和感を感じた。
 モノを奪う時、邪魔になる人は殺していくのがこの世界では当たり前だ。でも、アイシャは負けたのに、ここにいる。と言う事はその怪盗とやらはアイシャを殺していない。更に来年楽しみにしている、なんて捨て台詞を吐くくらいだから誰も殺していないのか。

あ……れ? 誰も殺されていないのですか?

はい、ですから盗賊ではなく怪盗と呼ばれています


 まさしく某三世だな。一度会ってみたい。
 まあアイシャですら無理だったのだから、俺では到底不可能とは思うけどな。

さ、休憩はここまでです。そろそろ授業の続きとまいりましょう

はい、分かりました


 アイシャと俺が席を立った時、一人のメイドがこちらへ近寄ってきた。
 何かあったのだろうか?

シャルニーア様、失礼します

どうかなさいましたか?

アイシャ様にお手紙が届いております

あ、はい。手紙ですか


 メイドがそういうと開けられた封筒を俺に渡してきた。
 いくらアイシャが傍若無人とはいえ俺の家庭教師兼専任メイドという立場である以上、俺が上役になる。そして部下宛のものは必ず直属長の目を通す必要がある。
 これは暗殺、誘拐、その他もろもろの危険性を回避するため必要な事になっている。
 まあ俺が見る前に、うちにいるそういった手合いの奴らが先に検閲しているだろうし、内容も父ちゃんの元へはとっくに報告されているだろうけど。
 プライバシーという単語は全くない世界だな。

 さらっと封筒の表と裏を見て、眉をしかめた。

 宛はアイシャ=レクトノール、これはいいのだが、送り元がファンドル魔術学園の学園長となっていたからだ。
 それだけ確認した俺はアイシャに手紙を渡した。

どうぞ、アイシャ

中を見なくても良いのですか?

問題ありません


 ちょっと興味あるけど、他人の手紙を読む気にはならない。
 あとで罪悪感に苛まれそうだしな。

 渡された手紙を取り出して、それを読むアイシャ。その表情がみるみると曇っていく。そして暫く思案した後、俺に向かって言ってきた。

シャルニーア様、ファンドル祭ですが一日お休みとさせていただいてもよろしいでしょうか

それは構いませんけど……でも突然どうしたのですか?


 むしろ休めるから嬉しい。

はい、私用で申し訳ありませんが、先ほどお話した怪盗の件について学園長から直々に手伝って欲しいと頼まれまして……


 なん……だと?
 つまりアイシャはその怪盗とやらを捕まえに行くのか。
 それは俺も行きたい。是が非でも。
 いや別に参加しなくてもいいから、見るだけでいいから。

ではアイシャ、私もその……

なりません

ええっ?! まだ全部言ってません!

言わなくとも分かります。いいですか、これは遊びではありません。かの怪盗は過去一度も人を殺めたことはありませんが、今後もそうだとは限りません。万が一シャルニーア様にもしもの事があったらどうするのですか

見るだけですから!

いけません。ダメです

では勝手についていきます

当日、シャルニーア様には一日中寝てしまう付与魔術をかけさせて頂きます

そんなネーミングセンスの欠片もない魔術なんていやです!

魔術名がそのままどのような効果を生むか分かる、素晴らしい名ではありませんか! まるでタイトルを読めばそのままあらすじにな……

まてまて!

「二人ともそこまで!」

 突然野太い声と共に、いつの間にか執事とメイド複数人に囲まれていた。
 おおう、こいつらうち直属の戦闘組じゃないか。主に父ちゃん、長男の護衛を任務する奴らである。
 そしてその戦闘組が割れて、中央からゆっくりと歩いてきたのは……。

お父様?

公爵閣下


 我が家の当主である父ちゃん……ライラック=フォン=ファンドル公爵だった。
 三十代前半のかなり大柄な体型であり、魔術の腕もそれなりに良い。そしてこの国の執政を預かる国王の次に偉い宰相という肩書きも持っている。
 そんなお偉いさんである父ちゃんは、滅多に家に居ることはない。週に一回顔が見られれば御の字である。

 慌てて膝をつくアイシャ。

お父様、なぜここに?

シャルよ、ここは私の家だ。居ても不思議ではないだろう?


 そりゃそーだけどさ!
 滅多にいないくせに、居るなら一声かけてくれよ。

それより先ほど面白いことを聞いたのだが。ファールス学園長が、かの怪盗を捕縛する為にうちのアイシャへ頼み込んだとか


 なんと、父ちゃんの所にも怪盗の情報は行っていたのか。
 って、そりゃ当たり前だよな。学園長の秘蔵書が毎年盗まれているのだから。

はっ、左様でございます

それでアイシャはどうするのだ?

大恩ある学園長からの命ですので、受けようと思っております

ふむ。そこへシャルも行きたいと駄々を捏ねていたわけか

駄々ではありません。今のご時勢、怪盗という興味深い人がいるのであれば一目で良いので拝見しようと思ったまでです

本音は?

野次馬……あっ


 父ちゃんに大きくため息をつかれた。
 しかし父ちゃんに露見してしまったか。何せ今までずっと箱入り娘で育てられたのだ、これでもう当日は軟禁状態になるだろう。
 あーあ、行きたかったなぁ。
 いやさっきの映像記録付与魔術、あれで怪盗の姿だけでも撮ってきて貰えないかな?

行ってよいぞ

ですよね、大人しく……って、え?

行ってよいと申したのだ

ほ、本当ですかっ?

それは危険でございます!


 俺とアイシャが同時に言葉を発した。

かの怪盗の魔術の冴えは私も聞いておる。そして魔術学園といえば、我が国でも最高峰の魔術師になるべく日夜勉学や訓練に勤しむ学生がいるのだ。そんな彼らの戦いを見るのも勉強にはなるだろう

し、しかし流れ魔術に当たる可能性もございます!

シャルは障壁魔術は得意なのであろう?

さ、左様でございますが、しかし万が一ということも

戦場に絶対は無い。魔術戦を学ぶ良い機会でもある


 これ以上の問答は無用、とばかりに威厳たっぷりで話しを切る父ちゃん。
 うーむ、やはり宰相の肩書きは伊達ではないな。

……分かりました。ただしシャルニーア様の護衛は私にお任せください

アイシャはその怪盗を捕縛する為に行くのであろう? シャルの護衛では捕まえることは出来ぬではないか

しかし……

良い、シャルの護衛はファールスに任せるとしよう


 ふぇっ?! 魔術学園のトップを俺の護衛にするなんて、剛毅だな。

だたし、シャルはファールスと共に学園長の部屋で待機だ。外へ出ることは許さぬ


 つまり窓から外を眺めるだけ。でもそれでもじっくりその怪盗を見ることは出来る。ついでにあとでアイシャに映像記録付与魔術の紙を何十枚か作ってもらおう。

ファールス学園長には私から伝えておく

はいっ! お父様、ありがとうございます!


 こうして怪盗を見る機会を得られる事ができた俺。父ちゃんに感謝だ。
 楽しみだなぁ。

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