お茶はいるかね?


 そう学園長が言うと、どこからともなくティーポットと二個のカップ、ソーサーがふよふよと浮いてきて、静かに音を殆ど立てず机の上へと置かれた。
 そしてカップが俺と学園長の前に移動した後、ポットがゆっくりと円を描くようにしてカップへお茶を注いでいく。

 なんだこれ?
 まるで見えない何かがカップを持って来たかのようだった。
 でも気配は何も感じないし、おそらく学園長が何らかの魔術を発動したのだろう。
 しかしティーポットの中にはもちろんお茶が入っている。それをこぼさないよう静かに着地させるなんて芸当、相当繊細な魔術制御が必要だ。
 しかもポット以外に、カップとソーサーが二個ずつあるのだ。

 これだけの魔術を難なく、しかも俺に気づかれず発動させるなんて。
 きっと俺なら着地させる際、制御に失敗してがちゃんと音を立ててしまうか、中に入っているお茶をこぼしてしまうだろう。

 さすが賢者シャローニクスの一番弟子。大陸最高峰の魔術学園の長という肩書きは伊達ではない。

ありがとうございます


 一口飲むと、ちゃんと蒸らさていたのか深い味があった。
 しかもこの味は、最近の俺のお気に入りであるティーディル産の高級茶葉だ。通常のお茶なら一分~二分程度の時間蒸らせばいいのだが、これは三分くらいと少々長めに蒸らすのがポイントである。
 ちゃんと客の好みを事前にリサーチして、更にこのタイミングで出せるよう事前に準備を始めていたのだろう。

 肩書きに似合わず、細かいところまで行き届いている。
 すごいな。

私も百五十年ほど生きているからね。長生きすると色々と趣味が増えてしまうのだよ


 ニヤリと笑いながら上品にお茶を飲む学園長。
 しっかしこの人、百五十歳か。
 確かに魔術を使う人は長生きする事が多い。賢者シャローニクスだって既に二百五十年以上生きているともっぱらの噂だ。

ところで噂の怪盗ですが、いつも何時ごろくるのでしょうか?

不定期だね。それが分かっていれば対策も打ちやすいのだけどね


 お茶を飲んで一息ついた後、学園長に怪盗の事を尋ねたがそう答えられてしまった。
 ちゃんと日付は指定するのに、時間は未定なのか。でも普通は予告などしないわけだし、律儀と言えば律儀なのだろうか。

他にアイシャから、かの怪盗は学園長の秘蔵書を狙っていると聞いたのですけど、その秘蔵書とはどのようなものなのでしょうか?

ん、ああ。あれは他人に見せるようなものじゃないね。申し訳ないがシャルニーア嬢には見せる訳にはいかない


 ん?
 今学園長の顔が微妙に歪んだ気がした。
 何か隠されている?

いえ、実物は外部に出すと危険でしょうし見る必要はありません。内容だけお聞きしする事は可能ですか?

悪いがそれも伝えるわけにはいかないね

残念です


 やっぱり何か隠されている。
 魔術学園長の秘蔵書というからには、やはり魔術に関する書物だと思うのだが。しかも年に一回、外部から贈られて来るんだよな。やはり贈り主は師であるシャローニクスなのだろうか。

 ……もしかして禁呪?

 昔、アイシャの授業で聞いた事がある。
 あまりに強力すぎる魔術で、被害が馬鹿にならないから封印された魔術。現代で言えば核爆弾のようなものと思っている。

 確か昔、アイシャと生まれたてのダンジョン攻略をした事があるが、その時地割れ符という付与魔術をアイシャが持ってきた事がある。
 取り扱い注意の魔術と言ってたけど、あれもひょっとすると禁呪に相当していたのかもしれない。
 俺が転生してから地震に遭遇したのは一度もない。と言ってもまだ六年くらいだけど、それでも日本なら年に数回は遭遇する。
 こちらでは地震は滅多に起こらない。そのためか、耐震技術は驚くほど低い。
 地震を起こすような魔術は禁呪指定されていても不思議ではないだろう。
 いや、そんな魔術を知っているアイシャは一体何者なんだ? と思うけどさ。

 そして目の前にいる老人はこの国を代表する魔術師だ。アイシャですら禁呪っぽいものを知っているのだから禁呪を扱っていても不思議ではない。

そんな無粋な事はさておいて、お茶菓子でも出そうかね

いえ、私は見学に来ただけですしそこまでしていただくわけには

つい先日リッシウーム辺境伯領から届いたばかりの砂糖菓子があるのだよ。私はそこまで甘いものは好きではないから、シャルニーア嬢にも消化するのを手伝ってもらいたい


 俺の返事を待たず立ち上がると、別の部屋へと消えていった。
 俺も甘いものは好きじゃないんだけどな。アイシャは甘いものが大好きだから、いくつか土産にして貰おうかな。
 ちなみにリッシウーム辺境伯領はサトウキビが名産となっている。そのためか、あの領では砂糖を使ったお菓子が色々と作られているのだ。


 そして十数分待っただろうか。いまだ学園長は戻ってこなかった。

 ……いくらなんでも遅すぎじゃないか?
 お菓子を取り出して、皿に盛ってくるだけなら数分もあれば十分なはずだ。
 何かあったのか?
 でもさすがに他人の部屋で勝手に歩き回るわけにはいかないし。
 いや、学園長だって百五十歳のご老体だ。もしかして倒れているかもしれない。
 だが、俺は公爵家の看板を背負ってここへ見学にきている。客人がうろうろと室内をするのはよくない。

 あー、もうっ! アイシャが居れば問題なかったのに!


 そう迷っていると、突如隣の部屋から爆発音が鳴り響いた。

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