ハロルドの自宅――即ち事件現場は不思議な空気に包まれていた。それは、予測し得なかった被害者が出てしまった事に対する衝撃と、無念さによるものだった。
 話を聞きたいと音耶に呼ばれ、近くのホテルに泊まっていたハロルドは、自宅に踏み入れるなり昨日とは違う異質な雰囲気に飲まれかけていた。

埴谷義己

おい、駿河! あいつが事件に巻き込まれたって――

駿河音耶

知っています。どうも帰宅途中に襲われたみたいですね

埴谷義己

……落ち着き払ってるって事は、あいつは無事って事か?

駿河音耶

後ろから一発刃物で刺されています。面会謝絶の状態ですよ、今はね

埴谷義己

それって――

駿河音耶

致命傷です。下手すりゃ即死でしょうに、生きているのは兄の悪運の強さでしょう

 あまりに平静を保つ音耶に、埴谷は逆に不安を感じていた。仕事中ではまるで音耶の方が恵司を迷惑がっているような仕草ばかりであるが、彼らの兄弟仲の良さは彼らの普段を知っていれば嫌でも理解出来る。そんな双子の片割れが命を落としかけたというに、音耶は顔色一つ変えていない。

埴谷義己

駿河、お前、無理してないか

駿河音耶

まさか。ここで私が動きを止めれば、相手の思うつぼでしょう

埴谷義己

それはつまり、駿河を襲撃したのは犯人だっていう事か

駿河音耶

その可能性の方が強いでしょう。勿論、無関係に襲われたとも思えますが、兄は女性ではありませんし、金目のものも奪われてはいません。恨みを買うような相手も居ないでしょうから、考えにくいと思いまして

埴谷義己

兄に対して自信でもあるのか?

駿河音耶

逆です。恨みを買えるような交友関係が彼にはあまり無いかと

 遠回しに兄を馬鹿にした音耶は、心配そうにこちらを見るハロルドに笑いかける。

駿河音耶

心配して下さるのですね。大丈夫。これで、貴方の無罪は証明されますから

ハロルド・グリーティング

……どういう、意味デスカ?

 戸惑うような表情を見せるハロルドに、音耶は優しく言葉を続ける。

駿河音耶

貴方の無罪を証明しようとした兄が襲われた。それは、貴方には利点どころかマイナスしかない事柄です。もし犯人が兄の目的を知って襲っているなら――即ち兄を襲ったのがこの事件の犯人であるならば、自身の罪が露呈することを恐れたということでしょう。或いは、貴方に罪を被せようとしているために邪魔されることを嫌がった、とかね

 そう言ってから、当初の目的とは異なる話をしてしまった事を謝罪した音耶は、ハロルドに改めて向き直る。

駿河音耶

兄の事は今は気にしないでください。その代り、私の質問に答えて貰えますか

ハロルド・グリーティング

OK.出来るコト、やりマス。何でも聞いて下サイ

 その言葉を聞いた音耶は、「ありがとうございます」と微笑んだ。そんな音耶を、埴谷は未だ心配そうな目で見ていた。

駿河音耶

それでは、聞かせてください。まずは、都村実里と芹沢みせりという少女についてです

ハロルド・グリーティング

ああ、あの二人デスネ。所謂、凸凸コンビという奴デシタ

駿河音耶

……ああ、凸凹コンビ、の事ですね

ハロルド・グリーティング

ソウデス。実里サンは無口、みせりサンは良く喋ル。実里サンの分までみせりサンが喋っテルように私には見えマシタ

駿河音耶

二人は、仲が良かったんですか?

ハロルド・グリーティング

ウーン、みせりサンはそう言いマスガ、私にはそう見えマセンデシタ。何しろ、みせりサンはどう見ても彼女を嫌がってイルようにしてる子もトモダチと言い張ってマシタカラ

駿河音耶

それは……

ハロルド・グリーティング

みせりサンにとっては、一緒に喋っタ子は無条件でトモダチなのデス。でも、彼女、それが間違ってるコト、気付いてナイ。逆に、苛められテモ気付きマセンカラ、彼女苛める人、イマセン。意味ないデスカラ

 少し困ったように俯くハロルドに、成程と音耶は頷いた。みせりという少女は問題児であったようだ。実際に会ったのは恵司であったが、みせりがそういったタイプであるならば話を聞くことは容易だったろう。

駿河音耶

それでは、都村実里さんの方は?

ハロルド・グリーティング

あの子はあの子で変わった子デスヨ。自分のスペースに入られる事、嫌がりマス。だから、今までみせりサンが傍に居られる事、不思議デス

駿河音耶

つまり、実里さんはどちらかと言えば一人が好きなタイプだったんですね

ハロルド・グリーティング

Yes.基本的に、誰とも話しマセン。必要なら別みたいデスケド。私とは話してくれマスシ

駿河音耶

成程……

 そこまで話した後、何かを思い出したようにハロルドがポンと手を叩く。それを見た音耶は、どうかしたかと彼女に声を掛けた。

ハロルド・グリーティング

リリちゃん、モシカシタラ……

駿河音耶

それは被害者の子ですね? 何かあったんですか?

ハロルド・グリーティング

実は、リリちゃんもちょっと変わった子デシタ。みせりサンに近いデス。ダカラ、ちょっと怖い子にも、平気で話しかけマス

駿河音耶

怖い子?

ハロルド・グリーティング

親御サンに無理やりここに来させられテルタイプの子デス。中島クンと山崎クン、どっちも不良っぽい子デス。ダカラ、あんまり来まセン。でも、時々は来るんデス。そんな時、リリちゃん、二人に声掛けマス

駿河音耶

そうすると、何かあるんですか?

ハロルド・グリーティング

私見てるカラ、二人何もしまセン。でも、一度、街でリリちゃんが二人を見つけて声、掛けたソウデス。ソシタラ、殴られそうにナッタ、そう聞きマシタ

駿河音耶

未遂、で済んだんですね

ハロルド・グリーティング

傍にリリちゃんのお母サン、居ましたカラ

 中島と山崎という人物に話を聞く必要がありそうだ、と音耶は心の中で結論を出すと、ハロルドに礼を言った。そして、彼らが居そうな場所を彼女に聞くと、埴谷に声を掛けて事件現場を後にした。
 彼らは事件に関与した可能性がある。勿論、冷蔵庫に生首を入れるといったような犯行をするとは思えないが、何らかの形で関わっていてもおかしくない。
 想定以上の歪みに困惑しながらも、音耶は情報を集めるために前へ進んだ。

――許さない。

大事なものを奪った奴を、許すわけにはいかない。

殺してやる。

殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる

ああ、俺の大好きな人。

どうか、そこでゆっくり休んでいて。
俺が全部片付けるから。

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