サンザシを、思い出していた

 目をつむると、彼女の笑顔が浮かぶ。

 どの世界にいても、彼女は笑っていた。

 時々、寂しそうな表情をしていたけれど、それでも、なお、笑っていた。

ミドリ、ごめん。

よく分からないけれど、君に迷惑をかけていることは確かだ

いいよ別に。

神様の言うとおり、それなりに楽しもうって思ってるし。

こんなおもしろいこと、滅多にないしね

 ミドリが小さく笑った。

楽しんだもん勝ちだって、そういえばサンザシも言っていた

そう……

 もっと、素敵な言葉だった。


 サンザシ、彼女は何て言っていたっけ。

目の前が楽しければいいと、割りきってしまえばいいって

 俺の言葉に、ミドリは眉を下げた。

 少し黙って、こぼすように呟く。

なんだか寂しい言葉だね。

サンザシちゃん、目の前しか見たくないことでも、あったのかな

……どうだろう。今度

 今度訊いてみる、と言いかけて、やめる。




 もう二度と、会えなかったらどうしよう。

今度、訊いてみて

 ミドリの言葉に、俺の心臓が跳ねた。

 心を読むような言葉を呟いて、強く笑うミドリは、さあ、と前を向く。

行こう。

って言ってもどこに行けばいいのか分からないけれど……

 その時だった。 


 目の前にあった扉が勢いよく開き、入ってきた男が悪態をついた。

まったく! 魔力がありすぎるのも考えものだ!

 黄色の長い髪が、怒号とともにふわりと揺れる。

 後ろをついてきた女性と男性が、まったくですねと苦笑している。

 女性と男性、両方の頭に角が生えている。

 西洋風の金髪長髪の隣にいるのは、なんだか不思議な感じがする組み合わせだ。

あの、すみません

 ミドリは、勇敢にも不機嫌な男に話しかけた。

 ぼんやりと三人を眺めている俺とは大違いだった。

 すごいなあとその背中を見つめていると、男がやれやれと首を降った。

どうしたものか……我々は和平を望んでいるのに

 男は、ミドリの言葉を無視し、頭をがしがしとかきむしっている。

あの、すみません!

 ミドリが声をあらげたが、三人は意に介さないようだった。

見えてない……?

 ミドリが呟く。

 俺もあのう、と声をかけてみるが、反応はない。

 もしやと思い、不機嫌な男に手を伸ばしてみる。

 その手は、彼のからだを通り抜けた。

……俺たちは、見えない存在なのか?

 予想外だった。

 以前のように、この物語の内容を当てるのが今回の使命ならば、見えないまま行動しなければならないということなのだろうか? 

 そんな複雑なことって、あるのだろうか。

認識されていないみたいね……っていうか、タカシ君、見て

 ミドリに目をやると、彼女の体の半分が床に溶け込んでいた。

うわっ

私たち、壁も自由にすり抜けられるみたいだよ。

幽霊に近いのかも

幽霊……でも、触れようと思えば触れられる? 

俺たち、立っていたし

無機物にはね……人には無理みたい。

複雑な存在ね

 俺たちが考察をしている間も、不機嫌な男はずっと愚痴を言っていた。

 私たちの努力は無駄になるのか、どうすればいいのだ、あの頑固者め! 

 その度に、そばにいる女性と男性が、まあまあ、となだめている。

私たちは、この世界を傍観することしかできないのかもしれないね

 俺が、ミドリの言葉にうなずいた、その時だった。

もういい! 私は休む!

 不機嫌な男は叫ぶと、大声で、とんでもないことを言いはなった。

アイリー! 

いるか、アイリー! 

ロジャーは戻ったぞ!

7 記憶の奥底 君への最愛(2)

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