先輩は、かすれるような声で呟く。
なにかを考えるように、視線はどこかぼんやりとしている。
俯(うつむ)いた顔は、夢見るような、定まらない表情だった。
それを見る俺も、どこか気分が浮ついていた。
周囲の視線を感じるが、だけれど、俺はもう気にしない。
少しして、先輩が顔を上げ――
そう、そうなの……
先輩は、かすれるような声で呟く。
なにかを考えるように、視線はどこかぼんやりとしている。
俯(うつむ)いた顔は、夢見るような、定まらない表情だった。
それを見る俺も、どこか気分が浮ついていた。
周囲の視線を感じるが、だけれど、俺はもう気にしない。
少しして、先輩が顔を上げ――
正直、今、驚いていて……でも、嬉しいかも
!
期待する俺に、潤んだ瞳で――先輩は、ゆっくりと夢見るように言った。
そこまで……『 わ た し の 眼 鏡 』に惹かれてくれるなんて、嬉しい!
『 わ た し の 眼 鏡 』
いや待て
こんなにも熱い告白を受けた眼鏡は、初めてよ
そりゃそうでしょうよ!
というか、どこをどう聞いたらそうなるんですか!?
もう悲しいというより理解が追いつかなくて、事情を聞かせたまえ犯人は誰だ医者はどこだ、な気分だよ!
言ったでしょう。わたしは、眼鏡を愛していると
それはわかりましたが、今は関係ないですよね!?
関係あるよ、なに言っているの!?
俺が言いたいよ!
そう答えたい俺の言葉より先に、先輩の言葉が出る。
つまり、わたしが好きと言うことは、眼鏡を愛しているということなのよ
つまり、って付ければ話がつながると想ってませんか
眼鏡があるからこそ、わたしがいる。
わたしがいるためには、眼鏡が不可欠
そこまで自分と眼鏡をくっつけますか?
眼鏡がなくなる時……わたしは、眼鏡でなくなるの……
すっと眼鏡を抱くように、先輩は両手で眼鏡の側面を抑える。
なにかから、守るように。
わたしの眼鏡は、わたしだから。
だから、外せないの
続いて、細く綺麗な指先で、先輩は眼鏡の中央部を上げる。
外したら、それはもうわたしじゃない。
眼鏡・イズ・わたし。
愛は、アイを通したなかにあるのよ
いや、もういいです。
眼鏡こみで、いいですから
もう、勝手な理想や憧れを持つのは止めよう。
先輩は眼鏡。眼鏡は先輩。
――俺の憧れは、眼鏡。先輩を引き連れた、眼鏡。
眼橋先輩
||
(イコール)
眼鏡
いや、それはいけない
どうしたの、悩み事?
なんと言えばいいのか、この歯車がずれた感じ
そう。
じゃあ、想いっきり打ち明けるといい。
もう君は、私たち眼鏡探求会の一員なんだから!
いやだから、俺は眼鏡に興味は……!
ない、と。
否定の言葉を、言おうとしたのだけれど。
――でも、逆を言えば。
――眼鏡を好きになれば、先輩のことも理解できるのかもだなんて。
……ないん、ですけど……どうして、そこまで?
だから……どこかためらうように、そう言ってしまったのだった。
真面目な話、君が眼鏡を好きになってくれないかなって……想えたからかな
俺が、ですか
そうよ。
眼鏡をかけていないのが、残念だなって
……ある意味、ひどい理由ですね
そうかな~、と困惑顔で戸惑う先輩。
眼鏡が似合うというのは本当だよ?
見たい、見たいんだよメガネ天使を、わたしは!
まっすぐな瞳で、眼鏡越しに力強く語る先輩の姿。
ふっと、どうしてか俺の口元が、さっきより軽くなるのを感じた。
先輩は、本当に眼鏡しか見えてないんですね
だって、常にかけているからね
……はは
な、なに? なにがおかしいの
――ちょっと変わった先輩の、ちょっと驚いた可愛い顔に。
――俺の告白は、とりあえず失敗したのだと気づいて。
――でも、そんなにも眼鏡を語る先輩の笑顔にも、惹かれたのだと気づいて。
じゃあ、とりあえず……
とりあえず?
眼を悪くするか、伊達眼鏡をかけるか、選んで欲しい
本当にどうしようもない選択ですね
それとも接着する? 癒着? 蒸着?
わずか1ミリ秒でつけてやろう
いらないです! というか死にますよ!
大丈夫だYO、それが次第に快感へと変わっていくんだぜぃ……
いや、あなたは黙って。
というか、俺も殴りたくなってきたんですけど
初日からDV後輩!
眼鏡は割るなよフハハハ!
……
そうね~、視力を落とす手間を考えたら、伊達でいいんじゃないかしら~。
色々なフレームを試すにも、汎用性が広がるし~
落とす可能性を否定はしないんですね
(ぼそり)本当はメクラ増しにしたいくらいだけれど~
なにか言いましたよね、ぼそりと!?
そうか、じゃあ……
ごそごそと、先輩は眼鏡がたくさん詰まった箱らしき物から、一本の眼鏡を取り上げる。
はい、とりあえずこれでどうかな?
あの、俺はですね
これ、わたしのお気に入り。
似合うと想って
え……
想わず、先輩のお気に入りという言葉に反応してしまう。
デレたわ~
むっつりっすね!
これがちょろさというものか
くっ……!
煽られ乗せられ。
ここで背を向けて、さよならすれば良かったのだけれど。
……嫌か?
(わかってやってるのか天然なのか!?)
上目遣いでこちらを見る、先輩の弱気な顔。
周囲では、にやにやする気持ち悪い先輩達の瞳。
――全部、眼鏡だ。眼鏡が悪い!
がしゃんと叩きつけて、罵声の一つでも言ってやれればいいはずなのに。
――あなたの大切な物を預けられて、そうできないのが、惚れた弱みというものか。
俺は、先輩の求めてくる顔を振り切ることができず。
悔しさを抑え込んで、眼橋先輩の手から、伊達眼鏡を受け取って。
(……やって、しまった)
おぉ……ビューティフル!
くっ……!
鋭さ知的に、クールな眼差し!
やっぱり、わたしの眼鏡に狂いはなかったわ!
お似合いだわ~、眼鏡以上は進ませないけれど~
へっ、大きくなりやがって!
お前、イエスだな
おめでとう!
おめでたいわ~
ヒャッハー!
敬意を表するよ
周囲の喜びの声は、暖かくも痛々しく、俺の心に突き刺さり。
……あぁ、もう、全然嬉しくない!
絶叫しながら、俺はしかし、周囲の人達の奇妙な反応に付き合ってしまったのも事実なのだった。
よろしくね、天宮君!
……
差し出されたその手を、俺は、振り払うことができなかった。
――ちょろいってのは、本当、どうすれば治るんでしょうか。
これが俺の、大学生活と同好会に関する、始まりの記憶。
眼鏡を愛するちょっと変わった先輩達との、出会いの日。
彼らとの平穏で奇妙な日常の、想い出の始まりなのだった。
……かも?