先輩は上目遣いで、楽しそうに、はっきりした声で言った。
先輩は上目遣いで、楽しそうに、はっきりした声で言った。
わたしか?
わたしは……眼鏡が好きだからだ!
いやそれはとてもよくわかっていますので
好きだからかける、という以外の理由を知りたいのだけれど。
眼鏡があるから、わたしがある。
つまり、眼鏡を探求するのは、わたしの使命であり、生き甲斐なの!
え、と……
――知りたいのに、なにか、好きだっていうだけで納得しそうになる勢い。
俺は、気迫に押されて曖昧に頷(うなず)いてしまう。
あの、なんでそんなに、眼鏡が好きなんですか?
どうして、か
先輩は、手元のショーウィンドウを見つめながら、目元を細めて眼鏡を見つめる。
優しく、慈しむような、レンズの奥の大きな瞳。
天宮君の言ったとおり、眼鏡の第一の目的は視力の矯正にあるの
そういったイメージで、自分もいました
明確に眼鏡として使用されるようになったのは、700年ぐらい前らしいのよね
え、700年前ですか
そう。
だから、眼鏡の歴史は案外浅いんだけれどね
初耳だった。
むしろ、そんなに古くからあるのか……と感心してしまう。
真偽不明な物や記録は、その昔からもあるらしいよ。
つまり、過去から人類は、視力の低下に悩まされてきたってわけね
先輩の話が本当なら、眼鏡の探求をするという活動内容自体には、意外と筋が通っているのかもしれない。
それから時代を経て、色々な方法が生まれたよね
『眼鏡の現代史』
コンタクトレンズをつける方法や、レーシック手術のように強制的に回復させる方法
コンタクトレンズ
レーシック手術(エキシマレーザー)
他にも、漢方や自然療法で回復に成功したという事例もあるわね
漢方薬
ストレッチによる血流改善
ストレス緩和
先輩の言葉に、俺もおぼろげな知識で頷(うなず)く。
本屋に行った時、そういう本がたくさん置いてあるのを見た気もする。
だから、眼鏡は選択肢の一つになってきた……と、言えるのかもしれないね
先輩は眼を伏せて、考え込むように頭を下げた。
それは、でも、ほんの一瞬のこと。
すぐに頭を勢いよく上げて、元気な姿を取り戻す。
だけれど、わたしは眼鏡を外さない。
例え、生活に支障がでなくとも、だ
ぐっと、先輩は拳を握る。
力を込めた口調で、先輩は断言した。
それはわたしが、眼鏡を愛しているからだ!
(――なるほど)
さっきまでの会話で、しっかりと先輩の想いは伝わってきていた。
眼鏡が好き――なら、それこそが、眼鏡をかける理由なんだろう。
頷(うなず)いて、そう言おうとしたら。
眼鏡こそが、わたしなんだ
(――ん?)
だから、眼鏡がないわたしは、わたしじゃない。
瞳は眼鏡に隷属する。
眼鏡は世界を照らす光の防壁なんだ。
つまり、眼鏡が好きってことは……わたしは、それがあるから生きていく希望になっている。
眼鏡は主人、わたしは奴隷。
わかる?
眼鏡は、わたしと世界をつなぐ真実の鏡なんだよ
(え、なんだって?)
なんか眼がアブナイ。今までとは違う意味で。
つまりは、そういうこと。
わたしは、眼鏡なの
……
俺は、なにも言えなくなった。
――良い話っぽい顔で語ってますが、まったく意味がわかりません。本当に。
なので、わたしの瞳と眼鏡が選んだのよ。
君を、選ばれた眼鏡の民に
いや、そんなに大層な役職いりませんので
思考停止した俺に、先輩はなおも眼鏡を売り込んでくる。
諦めないな、ホントに!
今ならなんと、装備品一つで世界を救うパーティーの一員に!
世界なんて救いませんし、かけませんってば!
食い下がってくる先輩に、やや強めに言い返してしまった俺。
そう、そんなに眼鏡をかけるのが嫌なの……
うっ……でも、そんなにしょぼんとした顔しても、騙されませんよ
眼鏡(がんきょう)ならいい?
……え?
一瞬、俺はなぜ先輩の名が出てくるだろうと想い、あっけにとられ。
せ、先輩が……なにか、してくれるんですか?
理解できないまま、少しどもって、そう聞いてしまい。
……眼鏡の別読みで、がんきょうって言うのよね~
眼橋先輩を眼にかける、まさしく眼をブリッジ!
レンズの間もブリッジ!
単語は一緒だが、響きも一緒だな
――!
あぁ、ごめんね。
そんなに顔を真っ赤にして……知らなくても、恥じゃないよ?
優しい先輩の声が、勘違いした俺の心にグサグサと刺さる。
くっ……!
ふむ
鏡先輩がぽんと俺の肩に手を置いて、静かに言った。
そんなに嫌なら、無理に参加する必要はないぞ
はい?
突然すぎるその言葉に、俺の頭の切り替えが追いつかない。
そうね~、嫌がる人に眼鏡かけさせるなんて、人としてダメだと想うわ~
あなた、フレームから手を離させないって言ってませんでしたか?
えぇ~。
俺、『先輩!』って呼ばれる快楽を味わいたいんすけ――
ややこしいから黙りましょ~
――(ガタガタ)
倒れる舞上先輩の姿が視界に入るけれど、なんだか変な顔をしているので無視する。
……この光景の異様さになれつつある自分が、ちょっと怖い。
そうね。
無理強いは、できないわ
静かに頷(うなず)く先輩は、眼鏡の位置を直しながら、俺へ視線を投げる。
……急にそう言われても、なんだか、すっきりしませんね
俺は、今の気持ちを素直に告げた。
なんとなく、なんだけれど
なんとなく、なんですか?
君は、なんで眼鏡をかけたくないのかなって、考えてたの
先輩の、願望が強すぎるからじゃないですか?
簡単な話よ。
だって、本当はあっさりかけて、帰ればいいだけだもの
先輩達のノリが、強引だからです!
……とはいえ、先輩の言葉も、あながち間違っていないのかもしれない。
適当に流して、断ればよかったのは、事実だった。
そう、できない理由があるのかな。
だから、そんなにも拒絶してるの?
それも、直観ってやつなんですかね
息をのみ、やや硬い声で、俺はぶっきらぼうに言った。
――事情。事情という意味では、誰にでもそれはあるのかもしれない。
俺が今、眼鏡をかけない理由。
それは、さっきも言った視力の件ですよ
でも……
愛ちゃん、あんまり追い詰めるのもよくないわ~
彼の言うとおりだ。
各々、事情があるからな
丸渕先輩と鏡先輩のフォローに、先輩も言葉を止める。
――正直、ありがたい。
じゃあ、さよなら……かな
しんみりと、先輩は沈んだ声でそう告げた。
(……あれ?)
すると、俺の心はなぜか――ちょっとの寂しさを、掘り起こしてしまって。
メガネ天使、見れないのは寂しいけれど
それはいつまでも見れないと想います
でも、まるで手の平を返されたような、先輩達の距離を置いた態度と。
あ、あの……
なに?
その中に、少しだけ落ち込んだように見える、眼橋先輩の顔があったから。
そ、そんなに哀しそうな顔しないでください……笑った顔、とっても、素敵なんですから
……!
――どうして俺は、そんなことを言ってしまったんだろう。
あららら~
いやっほう、熱っぽさがオーバーヒートだぜぇえ!
……なかなか見れない展開だな、興味深い
周囲の冷やかしが、耳に痛い。
わたしの笑顔が、素敵だって?
う、うぐぐ……
しかし、ここまで来たら、進むしかなかった。
は、はい。
先輩の笑顔に惹かれて、ここに来てしまったのは、ありますから!
やけくそだった。
というか、なんでこんなに人がいる中、告白まがいの状況になっているのか。
そんなにも……
ええ、そうです。
俺は……先輩に、惹かれてしまいました!
――もう、いい。
振りきった俺は、想いきって本音を伝えきった。