先輩は上目遣いで、楽しそうに、はっきりした声で言った。

眼橋 愛(がんきょう あい)

わたしか?
わたしは……眼鏡が好きだからだ!

天宮 純(あまみや じゅん)

いやそれはとてもよくわかっていますので

 好きだからかける、という以外の理由を知りたいのだけれど。

眼橋 愛(がんきょう あい)

眼鏡があるから、わたしがある。
つまり、眼鏡を探求するのは、わたしの使命であり、生き甲斐なの!

天宮 純(あまみや じゅん)

え、と……

 ――知りたいのに、なにか、好きだっていうだけで納得しそうになる勢い。
 俺は、気迫に押されて曖昧に頷(うなず)いてしまう。

天宮 純(あまみや じゅん)

あの、なんでそんなに、眼鏡が好きなんですか?

眼橋 愛(がんきょう あい)

どうして、か

 先輩は、手元のショーウィンドウを見つめながら、目元を細めて眼鏡を見つめる。
 優しく、慈しむような、レンズの奥の大きな瞳。

眼橋 愛(がんきょう あい)

天宮君の言ったとおり、眼鏡の第一の目的は視力の矯正にあるの

天宮 純(あまみや じゅん)

そういったイメージで、自分もいました

眼橋 愛(がんきょう あい)

明確に眼鏡として使用されるようになったのは、700年ぐらい前らしいのよね

天宮 純(あまみや じゅん)

え、700年前ですか

眼橋 愛(がんきょう あい)

そう。
だから、眼鏡の歴史は案外浅いんだけれどね

 初耳だった。
 むしろ、そんなに古くからあるのか……と感心してしまう。

眼橋 愛(がんきょう あい)

真偽不明な物や記録は、その昔からもあるらしいよ。
つまり、過去から人類は、視力の低下に悩まされてきたってわけね

 先輩の話が本当なら、眼鏡の探求をするという活動内容自体には、意外と筋が通っているのかもしれない。

眼橋 愛(がんきょう あい)

それから時代を経て、色々な方法が生まれたよね

『眼鏡の現代史』

眼橋 愛(がんきょう あい)

コンタクトレンズをつける方法や、レーシック手術のように強制的に回復させる方法

コンタクトレンズ

レーシック手術(エキシマレーザー)

眼橋 愛(がんきょう あい)

他にも、漢方や自然療法で回復に成功したという事例もあるわね

漢方薬

ストレッチによる血流改善

ストレス緩和

 先輩の言葉に、俺もおぼろげな知識で頷(うなず)く。
 本屋に行った時、そういう本がたくさん置いてあるのを見た気もする。

眼橋 愛(がんきょう あい)

だから、眼鏡は選択肢の一つになってきた……と、言えるのかもしれないね

 先輩は眼を伏せて、考え込むように頭を下げた。
 それは、でも、ほんの一瞬のこと。
 すぐに頭を勢いよく上げて、元気な姿を取り戻す。

眼橋 愛(がんきょう あい)

だけれど、わたしは眼鏡を外さない。
例え、生活に支障がでなくとも、だ

 ぐっと、先輩は拳を握る。
 力を込めた口調で、先輩は断言した。

眼橋 愛(がんきょう あい)

それはわたしが、眼鏡を愛しているからだ!

天宮 純(あまみや じゅん)

(――なるほど)

 さっきまでの会話で、しっかりと先輩の想いは伝わってきていた。
 眼鏡が好き――なら、それこそが、眼鏡をかける理由なんだろう。
 頷(うなず)いて、そう言おうとしたら。

眼橋 愛(がんきょう あい)

眼鏡こそが、わたしなんだ

天宮 純(あまみや じゅん)

(――ん?)

眼橋 愛(がんきょう あい)

だから、眼鏡がないわたしは、わたしじゃない。
瞳は眼鏡に隷属する。
眼鏡は世界を照らす光の防壁なんだ。
つまり、眼鏡が好きってことは……わたしは、それがあるから生きていく希望になっている。
眼鏡は主人、わたしは奴隷。
わかる?
眼鏡は、わたしと世界をつなぐ真実の鏡なんだよ

天宮 純(あまみや じゅん)

(え、なんだって?)

 なんか眼がアブナイ。今までとは違う意味で。

眼橋 愛(がんきょう あい)

つまりは、そういうこと。
わたしは、眼鏡なの

天宮 純(あまみや じゅん)

……

 俺は、なにも言えなくなった。

 ――良い話っぽい顔で語ってますが、まったく意味がわかりません。本当に。

眼橋 愛(がんきょう あい)

なので、わたしの瞳と眼鏡が選んだのよ。
君を、選ばれた眼鏡の民に

天宮 純(あまみや じゅん)

いや、そんなに大層な役職いりませんので

 思考停止した俺に、先輩はなおも眼鏡を売り込んでくる。
 諦めないな、ホントに!

眼橋 愛(がんきょう あい)

今ならなんと、装備品一つで世界を救うパーティーの一員に!

天宮 純(あまみや じゅん)

世界なんて救いませんし、かけませんってば!

 食い下がってくる先輩に、やや強めに言い返してしまった俺。

眼橋 愛(がんきょう あい)

そう、そんなに眼鏡をかけるのが嫌なの……

天宮 純(あまみや じゅん)

うっ……でも、そんなにしょぼんとした顔しても、騙されませんよ

眼橋 愛(がんきょう あい)

眼鏡(がんきょう)ならいい?

天宮 純(あまみや じゅん)

……え?

 一瞬、俺はなぜ先輩の名が出てくるだろうと想い、あっけにとられ。

天宮 純(あまみや じゅん)

せ、先輩が……なにか、してくれるんですか?

 理解できないまま、少しどもって、そう聞いてしまい。

丸渕 鏡子(まるぶち きょうこ)

……眼鏡の別読みで、がんきょうって言うのよね~

舞上 進(まいうえ すすむ)

眼橋先輩を眼にかける、まさしく眼をブリッジ!
レンズの間もブリッジ!

鏡 映介(かがみ えいすけ)

単語は一緒だが、響きも一緒だな

天宮 純(あまみや じゅん)

――!

眼橋 愛(がんきょう あい)

あぁ、ごめんね。
そんなに顔を真っ赤にして……知らなくても、恥じゃないよ?

 優しい先輩の声が、勘違いした俺の心にグサグサと刺さる。

天宮 純(あまみや じゅん)

くっ……!

鏡 映介(かがみ えいすけ)

ふむ

 鏡先輩がぽんと俺の肩に手を置いて、静かに言った。

鏡 映介(かがみ えいすけ)

そんなに嫌なら、無理に参加する必要はないぞ

天宮 純(あまみや じゅん)

はい?

 突然すぎるその言葉に、俺の頭の切り替えが追いつかない。

丸渕 鏡子(まるぶち きょうこ)

そうね~、嫌がる人に眼鏡かけさせるなんて、人としてダメだと想うわ~

天宮 純(あまみや じゅん)

あなた、フレームから手を離させないって言ってませんでしたか?

舞上 進(まいうえ すすむ)

えぇ~。
俺、『先輩!』って呼ばれる快楽を味わいたいんすけ――

丸渕 鏡子(まるぶち きょうこ)

ややこしいから黙りましょ~

舞上 進(まいうえ すすむ)

――(ガタガタ)

 倒れる舞上先輩の姿が視界に入るけれど、なんだか変な顔をしているので無視する。
 ……この光景の異様さになれつつある自分が、ちょっと怖い。

眼橋 愛(がんきょう あい)

そうね。
無理強いは、できないわ

 静かに頷(うなず)く先輩は、眼鏡の位置を直しながら、俺へ視線を投げる。

天宮 純(あまみや じゅん)

……急にそう言われても、なんだか、すっきりしませんね

 俺は、今の気持ちを素直に告げた。

眼橋 愛(がんきょう あい)

なんとなく、なんだけれど

天宮 純(あまみや じゅん)

なんとなく、なんですか?

眼橋 愛(がんきょう あい)

君は、なんで眼鏡をかけたくないのかなって、考えてたの

天宮 純(あまみや じゅん)

先輩の、願望が強すぎるからじゃないですか?

眼橋 愛(がんきょう あい)

簡単な話よ。
だって、本当はあっさりかけて、帰ればいいだけだもの

天宮 純(あまみや じゅん)

先輩達のノリが、強引だからです!

 ……とはいえ、先輩の言葉も、あながち間違っていないのかもしれない。
 適当に流して、断ればよかったのは、事実だった。

眼橋 愛(がんきょう あい)

そう、できない理由があるのかな。
だから、そんなにも拒絶してるの?

天宮 純(あまみや じゅん)

それも、直観ってやつなんですかね

 息をのみ、やや硬い声で、俺はぶっきらぼうに言った。
 ――事情。事情という意味では、誰にでもそれはあるのかもしれない。

天宮 純(あまみや じゅん)

俺が今、眼鏡をかけない理由。
それは、さっきも言った視力の件ですよ

眼橋 愛(がんきょう あい)

でも……

丸渕 鏡子(まるぶち きょうこ)

愛ちゃん、あんまり追い詰めるのもよくないわ~

鏡 映介(かがみ えいすけ)

彼の言うとおりだ。
各々、事情があるからな

 丸渕先輩と鏡先輩のフォローに、先輩も言葉を止める。
 ――正直、ありがたい。

眼橋 愛(がんきょう あい)

じゃあ、さよなら……かな

 しんみりと、先輩は沈んだ声でそう告げた。

天宮 純(あまみや じゅん)

(……あれ?)

 すると、俺の心はなぜか――ちょっとの寂しさを、掘り起こしてしまって。

眼橋 愛(がんきょう あい)

メガネ天使、見れないのは寂しいけれど

天宮 純(あまみや じゅん)

それはいつまでも見れないと想います

 でも、まるで手の平を返されたような、先輩達の距離を置いた態度と。

天宮 純(あまみや じゅん)

あ、あの……

眼橋 愛(がんきょう あい)

なに?

 その中に、少しだけ落ち込んだように見える、眼橋先輩の顔があったから。

天宮 純(あまみや じゅん)

そ、そんなに哀しそうな顔しないでください……笑った顔、とっても、素敵なんですから

眼橋 愛(がんきょう あい)

……!

 ――どうして俺は、そんなことを言ってしまったんだろう。

丸渕 鏡子(まるぶち きょうこ)

あららら~

舞上 進(まいうえ すすむ)

いやっほう、熱っぽさがオーバーヒートだぜぇえ!

鏡 映介(かがみ えいすけ)

……なかなか見れない展開だな、興味深い

 周囲の冷やかしが、耳に痛い。

眼橋 愛(がんきょう あい)

わたしの笑顔が、素敵だって?

天宮 純(あまみや じゅん)

う、うぐぐ……

 しかし、ここまで来たら、進むしかなかった。

天宮 純(あまみや じゅん)

は、はい。
先輩の笑顔に惹かれて、ここに来てしまったのは、ありますから!

 やけくそだった。
 というか、なんでこんなに人がいる中、告白まがいの状況になっているのか。

眼橋 愛(がんきょう あい)

そんなにも……

天宮 純(あまみや じゅん)

ええ、そうです。
俺は……先輩に、惹かれてしまいました!

 ――もう、いい。
 振りきった俺は、想いきって本音を伝えきった。

まずはかけろ、恋はそれからだ - 06

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