おっとりとした雰囲気で口を閉じ、少し待ってから。
眼鏡をかけるにしても、事情があるんですね
そうね~、ここにいる人は特にそうかもね~
あの、丸渕先輩は、なんで?
わたし? わたしは……そうね~
おっとりとした雰囲気で口を閉じ、少し待ってから。
わたしの眼……母親のものなの~。
だから、違う色をしているのね~
両目を閉じながら、しっとりとした口調で丸渕先輩は言う。
それを隠すために、眼鏡をかけているのよ~
……いや、隠せていませんよね。
その前に両方同じ色ですよね
突っ込みたいことはあったが、まずはそれだ。
透明なレンズの奥には、同じ青色の、綺麗な瞳が2つある。
父親でも良いわよ~?
死に別れた双子の妹でもおっけ~
おっけ~、じゃないですよね。
わりと大切なことですよね!?
ふふふ、大切なことはすぐには言えないわね~
……言う気はない、ということでいいんですね
眼球の移植手術、というのは聞いたことがある。
正確には、眼そのものじゃなかった気もするけれど。
ただわからないのは、それが、眼鏡をかける理由になるんだろうか。
どこか本気そうでない口調は、嘘なんだろうなとも想える。
俺がそう考えていると。
魔女だから、ね~
魔女、ですか?
またしても出てきた不思議な単語に、俺は聞き返してしまう。
そうよ~、わたし魔女なのよ。
だから……わたしの瞳を、じっと見てはいけないのよ?
眼鏡越しにイタズラっぽい瞳を細めながら、丸渕先輩がこちらを見つめてくる。
なにかしらの意図を込めた様な視線に、俺の背筋は、なぜかゾクリと震えてしまう。
(あれ、なんで?)
ゆらり、と。
丸渕先輩の口元が、三日月を描いた様に想えた。
わたしの瞳をじっと見たら……あなた、抜け殻になるわよ~
――!
のんびりした口調なのに、跳ね返せない圧力を感じる。
俺はなぜか、見つめられているだけなのに、視線を逸らすことができず。
このまま、視線を外せないままなのか――そう想った時だった。
ダメよ! 彼はわたしのお気に入りの眼鏡をかけるんだから!
そんな俺の寒気を救ったのは、眼橋先輩の明るい声。
内容は無視しておく。
はいはい、愛ちゃんのお気に入りはとらないわ~
信じてるわよ、鏡子ちゃん
いやいや、俺は受け入れてませんから!
しかし、先ほどの寒気は何だったんだろう……と、俺が少し想っていると。
そういえば
なにかしら、愛ちゃん~?
鏡子ちゃん家にしばらく行ってないなぁ、今度行っていい?
いいわよ~。家族でそろえたアンティーク眼鏡コレクション、一緒に見ましょ~
家族いるんじゃないですか、とはもう突っ込まない。
鏡子ちゃん家のコレクション、素敵なのよねぇ……はぁぁ
(……眼鏡をぶらさげれば、釣れそうだなぁ)
そんな失礼なことを考えていると。
ふふふ
ど、どうしたんですか?
丸渕先輩が俺を見ながら、笑みを浮かべている。
――でも、なんだか瞳は、妙に真剣で。
ねえねえ、今度いつ空いてる? あぁ、すぐにでも見たいよ~!
感じ入る先輩へすっと手を差し伸べながら、丸渕先輩は俺へ言った。
こんな愛ちゃんが心配だからよ~
な、なるほど
頷(うなず)いた俺に、声が続いた。
とびっきりの、笑顔とともに。
もちろん、例外はないわよ?
(え……!?)
俺の背筋にまた、ぞくりとした寒気が走った。
心配って、どういう意味?
先輩は本当に意味がわからなさそうに、丸渕先輩に事情を聞いている。
笑って流されているけれど。
ただ、なんとなくだけど、理解した。
一番まともそうに見えるこの人も――そう見えるだけで、瞳の奥に何が隠れているのかは、まだ考えない方がいいんだろうなってことを。
そう想い、一つ深呼吸。
(しかし、ちゃんと理由があるんだな)
鏡先輩と丸渕先輩、二人の理由はなんとなくだが、察することはできた。
あれほど他者を惹きつけてしまう鏡先輩は、眼鏡という壁が必要なんだろうし。
また、どれが本当かわからないことを言う丸渕先輩も、眼鏡の奥には違う何かがありそうだった。
ここで俺の眼鏡が!
例外はないわ~
え関係ないよアブシッ!
(……あの人はいいや)
今まで俺は、視力の悪い人だけが眼鏡をかけるものだと想っていた。
でも、ここにいる人達には、眼鏡をかけなければいけない事情があるようだった。
――なら、まだ聞いていないあの人は、どんな理由で眼鏡をかけているのだろうか。
ここまできたら、俺はもう聞くところまで聞くことにした。
先輩は、どうして眼鏡をかけているんですか?
俺をここに連れてきた、張本人。
この4人の中で、一番熱っぽく眼鏡のことを語り、また名前もイメージそのままの人。
俺が問いかけると、そこには、不敵な笑みを浮かべる先輩の顔がある。
――振りほどけなかった、魅力的な笑みを、また浮かべて。
待っていましたとばかりに佇(たたず)む、眼橋先輩が俺の瞳に映っていた。