天宮 純(あまみや じゅん)

眼鏡をかけるにしても、事情があるんですね

丸渕 鏡子(まるぶち きょうこ)

そうね~、ここにいる人は特にそうかもね~

天宮 純(あまみや じゅん)

あの、丸渕先輩は、なんで?

丸渕 鏡子(まるぶち きょうこ)

わたし? わたしは……そうね~

 おっとりとした雰囲気で口を閉じ、少し待ってから。

丸渕 鏡子(まるぶち きょうこ)

わたしの眼……母親のものなの~。
だから、違う色をしているのね~

 両目を閉じながら、しっとりとした口調で丸渕先輩は言う。

丸渕 鏡子(まるぶち きょうこ)

それを隠すために、眼鏡をかけているのよ~

天宮 純(あまみや じゅん)

……いや、隠せていませんよね。
その前に両方同じ色ですよね

 突っ込みたいことはあったが、まずはそれだ。
 透明なレンズの奥には、同じ青色の、綺麗な瞳が2つある。

丸渕 鏡子(まるぶち きょうこ)

父親でも良いわよ~?
死に別れた双子の妹でもおっけ~

天宮 純(あまみや じゅん)

おっけ~、じゃないですよね。
わりと大切なことですよね!?

丸渕 鏡子(まるぶち きょうこ)

ふふふ、大切なことはすぐには言えないわね~

天宮 純(あまみや じゅん)

……言う気はない、ということでいいんですね

 眼球の移植手術、というのは聞いたことがある。
 正確には、眼そのものじゃなかった気もするけれど。
 ただわからないのは、それが、眼鏡をかける理由になるんだろうか。
 どこか本気そうでない口調は、嘘なんだろうなとも想える。
 俺がそう考えていると。

丸渕 鏡子(まるぶち きょうこ)

魔女だから、ね~

天宮 純(あまみや じゅん)

魔女、ですか?

 またしても出てきた不思議な単語に、俺は聞き返してしまう。

丸渕 鏡子(まるぶち きょうこ)

そうよ~、わたし魔女なのよ。
だから……わたしの瞳を、じっと見てはいけないのよ?

 眼鏡越しにイタズラっぽい瞳を細めながら、丸渕先輩がこちらを見つめてくる。
 なにかしらの意図を込めた様な視線に、俺の背筋は、なぜかゾクリと震えてしまう。

天宮 純(あまみや じゅん)

(あれ、なんで?)

 ゆらり、と。
 丸渕先輩の口元が、三日月を描いた様に想えた。

丸渕 鏡子(まるぶち きょうこ)

わたしの瞳をじっと見たら……あなた、抜け殻になるわよ~

天宮 純(あまみや じゅん)

――!

 のんびりした口調なのに、跳ね返せない圧力を感じる。
 俺はなぜか、見つめられているだけなのに、視線を逸らすことができず。
 このまま、視線を外せないままなのか――そう想った時だった。

眼橋 愛(がんきょう あい)

ダメよ! 彼はわたしのお気に入りの眼鏡をかけるんだから!

 そんな俺の寒気を救ったのは、眼橋先輩の明るい声。
 内容は無視しておく。

丸渕 鏡子(まるぶち きょうこ)

はいはい、愛ちゃんのお気に入りはとらないわ~

眼橋 愛(がんきょう あい)

信じてるわよ、鏡子ちゃん

天宮 純(あまみや じゅん)

いやいや、俺は受け入れてませんから!

 しかし、先ほどの寒気は何だったんだろう……と、俺が少し想っていると。

眼橋 愛(がんきょう あい)

そういえば

丸渕 鏡子(まるぶち きょうこ)

なにかしら、愛ちゃん~?

眼橋 愛(がんきょう あい)

鏡子ちゃん家にしばらく行ってないなぁ、今度行っていい?

丸渕 鏡子(まるぶち きょうこ)

いいわよ~。家族でそろえたアンティーク眼鏡コレクション、一緒に見ましょ~

 家族いるんじゃないですか、とはもう突っ込まない。

眼橋 愛(がんきょう あい)

鏡子ちゃん家のコレクション、素敵なのよねぇ……はぁぁ

天宮 純(あまみや じゅん)

(……眼鏡をぶらさげれば、釣れそうだなぁ)

 そんな失礼なことを考えていると。

丸渕 鏡子(まるぶち きょうこ)

ふふふ

天宮 純(あまみや じゅん)

ど、どうしたんですか?

 丸渕先輩が俺を見ながら、笑みを浮かべている。


 ――でも、なんだか瞳は、妙に真剣で。

眼橋 愛(がんきょう あい)

ねえねえ、今度いつ空いてる? あぁ、すぐにでも見たいよ~!

 感じ入る先輩へすっと手を差し伸べながら、丸渕先輩は俺へ言った。

丸渕 鏡子(まるぶち きょうこ)

こんな愛ちゃんが心配だからよ~

天宮 純(あまみや じゅん)

な、なるほど

 頷(うなず)いた俺に、声が続いた。
 とびっきりの、笑顔とともに。

丸渕 鏡子(まるぶち きょうこ)

もちろん、例外はないわよ?

天宮 純(あまみや じゅん)

(え……!?)

 俺の背筋にまた、ぞくりとした寒気が走った。

眼橋 愛(がんきょう あい)

心配って、どういう意味?

 先輩は本当に意味がわからなさそうに、丸渕先輩に事情を聞いている。
 笑って流されているけれど。
 ただ、なんとなくだけど、理解した。
 一番まともそうに見えるこの人も――そう見えるだけで、瞳の奥に何が隠れているのかは、まだ考えない方がいいんだろうなってことを。
 そう想い、一つ深呼吸。

天宮 純(あまみや じゅん)

(しかし、ちゃんと理由があるんだな)

 鏡先輩と丸渕先輩、二人の理由はなんとなくだが、察することはできた。
 あれほど他者を惹きつけてしまう鏡先輩は、眼鏡という壁が必要なんだろうし。
 また、どれが本当かわからないことを言う丸渕先輩も、眼鏡の奥には違う何かがありそうだった。

舞上 進(まいうえ すすむ)

ここで俺の眼鏡が!

丸渕 鏡子(まるぶち きょうこ)

例外はないわ~

舞上 進(まいうえ すすむ)

え関係ないよアブシッ!

天宮 純(あまみや じゅん)

(……あの人はいいや)

 今まで俺は、視力の悪い人だけが眼鏡をかけるものだと想っていた。
 でも、ここにいる人達には、眼鏡をかけなければいけない事情があるようだった。

 ――なら、まだ聞いていないあの人は、どんな理由で眼鏡をかけているのだろうか。
 ここまできたら、俺はもう聞くところまで聞くことにした。

天宮 純(あまみや じゅん)

先輩は、どうして眼鏡をかけているんですか?

 俺をここに連れてきた、張本人。
 この4人の中で、一番熱っぽく眼鏡のことを語り、また名前もイメージそのままの人。

 俺が問いかけると、そこには、不敵な笑みを浮かべる先輩の顔がある。
 ――振りほどけなかった、魅力的な笑みを、また浮かべて。
 待っていましたとばかりに佇(たたず)む、眼橋先輩が俺の瞳に映っていた。

まずはかけろ、恋はそれからだ - 05

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