魔王のはじまり

第四章「魔王」
中編











ふん、村はもぬけの殻か。雪で断念すると思ったが……。まぁいい。
まだ遠くに行っていないはずだ! 騎兵及び槍兵、追いかけろ! 騎士は村に陣を作れ!

やはり、追いかけるのか

!! 誰だ!


 村に到着したノスリウスの兵。
 兵たちを指揮する様子を空から見ていた俺は、指揮官の男の前に静かに降り立った。


 騎兵、槍兵、騎士。各二十人。全部で六十人程の小隊。
 バルバ村のような小さな村を占領するには、十分な人数だろう。

なっ……き、貴様、どこから……!

そんなことはどうでもいい。何故、追いかける。ここを拠点にできれば、お前たちはそれでいいはずだ

ふん、それでは困るんだよ! ここにはもうなにも残っていないのだろう? 水も食料も、すべて!

やはり……それが狙いか


 北のノスリウスは土地が貧しく、食糧不足が深刻な問題になっていると聞いた。
 今回の戦争も食料源の確保が目的だろう。

まさかとは思ったが、兵糧の準備もできない程に逼迫しているんだな

ああそうだ! サザリウスが大人しく食料を渡さないから、攻め入ることになったんだ!

……無茶苦茶だな

なんとでも言えばいい! 理解されるとも思っていない! だが、我々にとってこれは! 国民を守るための戦いなのだ!


 食糧難を解決するために、他国に攻め入る。結果、国民は助かるか……。
 確かにそれは、俺には理解はできない。だが、戦争の理由としては十分なのだろう。

もっと違う解決策もあるだろうに……


 その道を選ぶことができていれば、苦労はしないのだろう。

誰もが……己のために、力を振るう。そういうことか

当然だろう! なんのための武力か!

わかった。ならば俺は……俺が守るべきもののために、この力振るわせてもらおう

なに……?


 俺は、バルバ村のみんなを助けたい。
 マリーを守りたい。

だから、追わせるわけにはいかない!

ぜ、全軍、構え!

なめるな!


 魔力を集中、地面に手のひらを押しつけると、俺を中心に炎の波が広がった。

ま、魔法だと?! これほどの魔法、見たことがないぞ!


 当然だ。魔竜一族の魔力があってこその、広範囲魔法。
 炎の波は兵たちの足を止め、村はゆっくりと燃え始める。

まずは……


 左手を振るい、村人を追いかけようとしていた騎兵を全員吹き飛ばす。

 建物に衝突した兵たちは、そのまま動かなくなった。

 さらに右手を振るい、今度は槍兵だ。


 集団の間を風が通り抜けると、武器と共に体中が切り刻まれ、悲鳴をあげて倒れていく。

騎士隊、囲め! タイミングを合わせろ! お前たちならやれる相手だ!

ハッ!!

ほう……


 残るは騎士。大きな盾に剣を持った部隊。
 最初の炎の波はその盾で防いだようだ。
 よく訓練されているのだろう、じりじりと間合いを詰めてくる。
 俺はそれをぎりぎりまで待ち……。

やれっ!!








 一斉に剣を突き出した瞬間、俺は宙に飛び上がった。

ふん! 弓兵、いまだ!

むっ……

 空に逃げることも想定していたらしい。
 隠れていた弓兵数人が、宙に浮いた俺目がけて矢を放った。

なかなかいい指揮官だな


 放たれた矢は十本。だが、それが俺に届くことはなかった。


 甲高い音共に、なにもない空間に矢は止められる。

 そして矢はその場で反転し、飛んできた方向に真っ直ぐ戻っていく。
 すると森の中からいくつも短い悲鳴があがった。



馬鹿な、矢を反射したのか……!?

その通り。反射魔法だ


 俺は言いながら、右手を掲げる。
 すると腕から雷が発生し、リング状に広がっていく。

まずい、離れろ!

逃さん!


 バシッ! 鋭い閃光が走り、足下にいた騎士たちは一瞬で黒こげになり、重なるようにして倒れた。

くそ……全滅だと? なんてことだ

あとはお前だけだな


 俺は指揮官の前に、再び降り立つ。

なんなんだお前は! サザリウスの魔法使いなのか? こんな強力な魔法使いがいるという情報は無かったぞ!

俺はサザリウスの人間ではない


 ……さあ、ここからだ。

なに? ではなぜ、我々の兵を攻撃した!

理由などない

……な、なんだと?


 俺は両手に炎を宿し、宙に浮かび男を見下ろす。

よく聞け!

我が名はエルト・ハイマジック・ソロ!

魔王と呼ばれし、魔竜一族だ!

ま、魔王……? 魔竜一族だと?
西方に伝わる、あの……?!

!!


 これは……。まさか、ここで情報が手にはいるとは思わなかったな。

 そうか、俺は西から飛んできたのか。

くくくっ……はっはっは! そうだ! 知っているのならば、我が恐ろしさわかっているだろう!

ばかな……あれは伝説じゃ……


 伝説、か。なるほど、知ってはいるが、本当に噂レベルということか。
 正確にどんな存在かまでは伝わっていないようだ。

ふっ、伝説かどうか、その身で確かめるがいい!


 俺は両手を掲げて、燃え上がる炎を指揮官の男目がけて――






やめて、エルト!!

――?! マリー、どうして戻ってきた!

……! よしっ……。

おい魔王とやら! 魔法が使えるのは自分だけだと思うなよ!

なにっ!


 マリーの声に驚き振り返った隙に、指揮官の男が火球を飛ばしてきた。

 俺は咄嗟に魔法の防壁を貼るが――

!! 違う、これは!


 するっと防壁を抜け、火球……いや、火の付いた瓶が足下に落下し砕けた。
 その瞬間、ぶわっと炎が広がる。

火炎瓶……! 原始的な!


 左手の一振りで炎を消し去り、指揮官に魔法を放とうとするが……。

エルト、だめ!

…………


 指揮官の男は俺に立ち向かうのではなく、一目散に森の中へと逃げていくところだった。

敵わぬと察し、逃げの一手に出たわけか……


 この距離でも男の足を止めることはできるが、俺は手の中の炎を消す。

もともと、あの男は逃がすつもりだったからな。それに……


 俺は一息つき、マリーの方を見る。




…………


 彼女は顔を真っ青にして辺りを見渡し、俺の顔を怯えた目で見るのだった。





















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