魔王のはじまり
第四章「魔王」
後編
魔王のはじまり
第四章「魔王」
後編
エルト……どうして?
奴らの狙いは、この村を拠点にすること、そして食料を確保することだった。食料を持って逃げた俺たちを追いかけるつもりだったんだよ
えっ……
俺がここで止めなければ、騎兵に追いつかれていただろう
そんな……わたしたちを守るために?
マリーは辺り倒れている……死んでいる兵士たちを見る。
悲しそうな顔をするマリーの顔を、俺は見ていられなかった。
すまない、マリー。約束を守れなくて
…………
恐いだろう? これだけの兵士を、俺はたった一人で殺すことができるんだ
そんな……そんなこと、ない! 大丈夫、このことは村のみんなには……
俺はマリーに向かって、静かに首を振る。
わざわざ名乗り、あの指揮官を逃がしたのは……。この兵たちが先遣部隊に過ぎないからだ。六十人程度の小隊だったからな。本陣にはもっと大人数の部隊が控えているだろう。
だから彼には、ここにはとんでもない魔法使いがいると、情報を伝えてもらいたかったんだ
それって……エルト
ああ。魔王、エルト・ハイマジック・ソロという名は、敵国に広まるだろう。
そんな正体不明の危険人物が、敵の部隊を壊滅させた犯人が、いつまでもサザリウス国に留まるわけにはいかない。
……俺は、バルバ村のみんなとは逃げられないんだよ
そんな……どうしてそんなことしたのよ!
こうしなければノスリウスは報復という名のもと、今まで以上に念入りに準備をし、サザリウスに攻撃をしかけるだろう。
だが、目的もわからない謎の魔法使いが暴れているとなれば……警戒し、迂闊に攻撃ができないはずだ
もっとも、それも時間稼ぎにしかならないだろう。
だがサザリウス側は、防衛の準備を整えることができる。
奇襲も無くなるし、国境付近の他の村も守れるはずだ。
こんな方法で戦争が防げるなんて思っていない
本当に戦争防ぎたいのなら、本陣を壊滅させて、ノスリウスに深刻なダメージを与えなければ無理だろう。
昨夜までは、そうやって止めようと考えていた。
だけどそれは、魔竜一族の意志ではないと気付いた。
争いに関与することがないと、示し続けた魔竜一族への裏切りになると。
じゃあどうして……?
俺は、ただ……
バルバ村のみんなを、マリーを守りたかっただけ。
俺はそこまでは言わず、マリーに背中を向けて歩き出す。
ど、どこに行くの?
さっきも言っただろう。ここに留まることはできない。幸い、俺が飛んで来たのは西方だとわかった。そっちを目指すつもりだ。仲間もいるかもしれないからな
……! だったら、わたしも行く!
マリー……
足を止め、振り返る。
マリーの表情は真剣だった。
マリー、もう一度聞く。
……俺は、恐いだろう?
それは……
一瞬だけマリーの顔が歪む。だけど、すぐにキッと真っ直ぐに俺の目を見る。
確かに、恐いよ。一瞬で部隊を倒しちゃったエルトの魔法の力……すごく、恐い
…………
でも、わたしはエルトのことを知ってる。村のみんなに言われて魔法で治療をしたり、村長さんに魔法を教えたり……優しいところ、いっぱい知ってる
マリー……?
エルトが、好きでこんなことをしてるんじゃないって、わたしは知ってるから
……!!
俺は自分の手を見つめる。
たった今、何人もの兵士を殺した、自分の手を。
たぶん誰もが、エルトの魔法を恐れると思う。
だけど、魔法は恐いけど、わたしはエルトを恐いなんて思わない! エルトがなにを考えているのか、わかるから!
マリー、それは……
ああ、そういうことなのか……?
魔竜一族の里が襲われたのも、それと同じなのか?
味方についてくれれば。もしくは、いっそ敵になってくれれば。
その力には国の意志が宿ることになる。
だけどどちらにもつかず、中立を守り続けるというのは……。
近隣諸国にとっては、なにを考えているのかわからない、危険な存在だったのだろう。
その気になれば国を滅ぼせるだけの力がすぐ隣りにあるという状態が、恐ろしくて仕方がなかったのだろう。
争いに力を使うことはないと宣言していても、信じることができなかったんだ
あまりにも大きな力を持っていたから。
ただそれだけで、外の人間は……魔竜一族を滅ぼさなければならなかったんだ。
そんなの、納得できるわけがない
マリーのように、理解し合うことができれば、滅ぼされなかったのか?
中立を保つだけでなく、もっと近隣の国々と交流を持てばよかったのか?
……納得は、できない。
だけどマリーのおかげで、どうして一族を滅ぼそうとしたのかは、わかった気がする。
お願い、エルト。わたしも連れて行って。
言ったでしょう? わたしはエルトに、隣りに居て欲しいって
…………
エルトは……どうなの?
……そう、だな。色々考える必要は、無かったんだ
もう、色んなことを考えるのにも疲れた。
魔竜一族のことも。外の人間たちのことも。この戦争のことも。
俺はただ、望めばいい。そして、一つのことだけを考えればいい。
マリー。俺も同じだ。隣りに居て欲しい。だから……一緒に、来てくれないか
エルト……!
駆け寄ってきたマリーを、俺は優しく抱きしめる。
バルバ村のみんなには、もう会えないかも知れない
うん
辛く厳しい旅になると思う
いいよ、もう覚悟は出来てる
……そうか。なら、俺も覚悟を決めよう
エルト……?
少しだけ体を離し、マリーを見つめる。
決めたんだ。
俺は、魔竜一族であることを、ハイマジックの名を、今ここで捨てる
え……! ど、どうして!
一族の長が、最期に言っていた。血を絶やさないという道は、決して一つではないと
そうだ。それはきっと、同じ血を持つ仲間がいなくてもできるはずだ。
魔王だなんて言ってしまったが、そんなのは今回限りで終わりだ。一族の仲間も探さない。強大な魔法の使用も禁じよう。
俺は、普通の人間として、エルト・ソロとして……マリーと共に生きていく
それが、俺が選ぶべき道だったんだ。
血は薄まり、力は失われていくだろう。
だけど強大な力なんていらない。
それでも、魔竜一族の血が、広まっていくのなら。
……マリーの側に、いつまでもいられるのなら。
エルト……あの、それってつまり、わたしと
一緒に来てくれるんだろう?
マリー
うん……!
.
わたし、嬉しいよ。ずっと、いつまでも一緒だよ。エルト
.
.
こうして、魔竜一族のエルト・ハイマジック・ソロの旅は終わり。
エルト・ソロとマリー・アルトリア、二人の旅が始まった。
彼らは各地で魔法による治療と、魔法の指導をしながら旅を続けたが、その足跡が歴史に残ることはなかったという。
また、ノスリウス国とサザリウス国の国境の森は、魔王が現れたという伝説が残ることになる。
しかし魔王が力を振るったのは一度きりで、以来その場所には祠が建てられ、不可侵の森とされ、あまり人が近寄らない場所になってしまったそうだ。
ただし移住したバルバ村の住民だけは、毎年雪が降る頃に、祠を巡礼しているという。
Fin