わたしは、残されたこの談話室とでも名付けようか、室内で自己紹介をしたり互いを牽制しながら睨み合う大人達を眺めながら考えていた。
わたしは、残されたこの談話室とでも名付けようか、室内で自己紹介をしたり互いを牽制しながら睨み合う大人達を眺めながら考えていた。
早速五人抜けたか……
あの連中は何かあるんだろうな……
余裕があるのか油断しているのかまではわかんないけど……
あの堂賀とかいうおっさんはただのおっさんか……?
一番警戒するべきはあの進行役、志田って奴と速水って奴だろうな……
既に室内にはわたしとひよりを含めて7人。
出ていったのは確か文月、志田姉妹、速水、堂賀の五人。
このうち、振る舞いが妙に怪しかったのは速水って人だ。
誘拐された割には、ひよりのように怯えるわけでもなく、わたしのように威嚇することもなく、妙に冷静で。
あの言動は……この異常空間では不自然すぎる。
絶対になにかしらの経験者だ。
それにルール説明の時に、『あの時』という言葉を使った。何を示すかわたしには分からないが、進行役には通じていた。
つまりここから推測するに、あの人はきっとこのゲームと似たようなゲームを過去にしたことがあるのだ。
でなければあんな言葉は出てこないだろうし、そうするとあの言動も納得がいく。
一度でも経験していれば、嫌でも慣れるだろう。
誰だろうと進行役兼プレイヤーの志田は警戒するだろうし、あの女は何かしら有利にされていてもおかしくはない。
何せ進行役はゲームを円滑に進めるために、時折説明をしないといけない。
誰だってわかる。
あいつがこちら側の人間ではないのは。
裏事情があるだろうな。
何かしらの有利な補正をあの女が受けていたとしたら。
そもそもあの女はわたしたちを誘拐してきた一味の仲間。
されていないほうがおかしい。寧ろ当然だろう。
役職に関してだけ言えば余りにも露骨すぎるから、あいつは人狼ではないはずだ。きっと他の役職。
ならば能力はどうだ?
奴の能力は名前からして強そうな『反魂』か、情報戦に有利な『盗聴』あたりが妥当ではないか?
いや、一番やばそうな『強奪』とか……?
能力説明
『反魂』
効果
ゲーム中、昼間の投票以外のあらゆる原因による死亡を回避する。
一度死亡した後、任意の一定時間後に蘇生される。
蘇生時に負っている傷は全て蘇生後は再生する。
昼間の追放は復活できない。
致命傷を負っている場合、蘇生後に自動回復する。
但し死亡が回避されるだけでただの傷は再生しない。
発動条件 自身が死ぬ
保有者
志田奈々
もしもあの女が『反魂』なんて持ってたら最悪だよね
あいつが殺せないってことは、あいつ自動的に勝ちみたいなもんじゃん……
出来レースでもあるまいに、生命かかってんだからそんな酷いことないといいけど……
わたしは性格上、一番危険な奴から排除する。
元々強い奴は統率力に優れているから、頭さえ潰せば烏合の衆となった雑魚を蹴散らすのは簡単だ。
だがその強い奴が半端じゃない存在だったら。
返り討ち必須だったとしたら、わたしはどうするべきか?
わたしの能力は『反転』。
自分に降りかかってきた能力を相手に跳ね返す能力。
カウンター専門だ。
つまり、自分が対象の能力の場合は意味がない。
能力説明
『反転』
効果
ゲーム中、自分を対象とする能力を発動した場合、別の違う相手に移しかえる事ができる。
跳ね返す相手は任意。
但し『無効化』のみ、跳ね返すことはできない。
発動条件 常時
保有者
水渓静流
カウンター専門だなんて……使えないもの引いたな……
わたしの得意技は切り込みだ。
先手必勝、先んじて相手に手をだしぶちのめす。
それなのに、攻撃されること前提のこれでは相性最悪だった。
まあ……でも頑張るしかないか……
死にたくないし……
せめて良い武器が来ていることを祈ろう……
ハンデを受け入れて戦わない限り、わたしに生きる道はない。
ひよりに関しては、諦めた。
こいつ守りながらやっていたら、わたしが死ぬ。
ひよりにはひよりで頑張ってもらう。
わたしはこの手の時は独りで突っ走る以外、うまくできない。
それはそれ、これはこれ、だ。
それで共倒れとかしたくないし。
手助けがせいぜいだろう。
他の連中は立ち去ろうともしないが、何も言わずににらみ合いを続けている。
あんなことをしていても、まだゲームは始まってすらいないんだから……意味ないと思うけど……。
なるようにしかならないか……。
ここが私の部屋だよ、速水
そう
連れてきてくれてありがとう
グチグチ言いながら、結局私は志田……いや、住吉と私の心の中では言うべきだろうか。
彼女の部屋を訪れていた。
沢山言いたいことはあったはずだ。
それはたった一言に集約して先ほどぶつけた。
彼女は出来ないと言った。
それだけのやり取りで今までの感情は収まった。
納得は出来てない。
でも、それを行うだけの理由は聞いた。
だからか、自分で考えたよりもずっと簡単に取り敢えずという踏ん切りはついた。
私も自分の過去を明かした。
互いに、本音で話し合ったんだから後悔はない。
彼女は何かしらの負い目を感じているのは見ればわかる。
その負い目を乗り越えられないまま、新しい傷を作るのはみてられない。
一度は人の目の前でやらかした前科持ちの住吉のことだ。
またほっとけばろくなことをしないから。
二度も目の前で死なれるのは、嫌だから。
彼女にはキチンと償ってもらう。
このゲームを共に勝ち残って。
ったく……まだ寝てんのか……
ま、姉貴は寝かせておいていいか
ベッドではぐー……という豪快な寝息が聞こえる。
見ればお姉さんの阿澄さんが鼻提灯を膨らませて寝ていた。
思わず吹き出す私。
想像とは全然違う。
意外?
姉貴はあんなんだよ、ずっとね
抜けてるんだよなぁ、家だとさぁ
…………聞いて想像していたのとだいぶ違うわね……
あはははははっ
そういえば、あの時の壊れた笑み以外の……純粋な住吉の笑顔って、私は見たことがなかった。
今朗らかに笑っている彼女は……何となく、幸せそうだった。
何か、複雑な気分だ。
向こう側にある不幸を想像すると、やりきれない。
世の中、そんなものだけれど。
さっき言ったけど、積もる話とかそんなのはもうどうでもいいわ
そんなのクリアしたあとで好きなだけ話せる
今は置いておくわね
取り敢えず、ゲームに勝とう
生き残るわよ、私達で
絶対にね
本当はまだ問いたいことが沢山ある。
でもそんなものは些事だ。
先ずは目の前の事柄を速攻で片付ける。
あの時を彷彿とさせるこのシチュで、私は住吉の顔を見て言った。
志田、よく聞いて
――私はもう一度、人を殺すことにしたわ
繰り返し、また罪を被ったとしてもね
今あるものは、簡単に失っていいものじゃないから
今の私には、護りたいものがあるの
だから……ゲームを勝つ
この手を真っ赤に滴らせてでもッ!
今の私は、あの時とは明確に違う。
失うものなんて大して無かった一年前とは。
自分の生命だけじゃない。
今は、私が出しゃばって護ったあやを。
絶対に、守り通さないといけない。
失いたくないって本当に、心の底から思う。
あの子は、私の家族みたいなもの。
この手で一度守ったからには、護れる限りは私は護る。
だから……私は『決意』を、もう一度固めた。
どっちの道を選んでも、どうせ私は後悔する。
ここで逃げた方が、あやを失った方が、もっともっと苦しくなる。
だったら、進むしかないんだ。
奇遇だね、速水
……私だって同じなんだよ
私の言葉を、優しく微笑んで聞いていた住吉は、不意に顔を厳しくて私に言った。
私もさ、もう姉貴を殺すのは嫌だ
姉貴はたった一人しかいないんだ
もう私は姉貴の影でいい
私は私にしかなれないから
消したくないんだよ、二度と……
絶対に、私が姉貴を蘇らせるッ!
そんで、一緒に暮らしていくんだ!
それが姉貴と、私自身の願いだから!
前の、死にたいために戦う彼女とは違っていた。
今の住吉は……失ってしまったモノを取り戻すために、他者を踏み潰す愚者だった。
理を引っ繰り返してでも、倫理を捨ててでもしない限り出来ない願いを、彼女はその胸に抱いている。
彼女は私に怯えるように言った。
どの口が言うんだ、って言われても仕方ないと思うけど……
お願いがあるんだ、速水
そのセリフの先は、言わせない。
何を言い出すかと思えば……
言ったはずよ、私と一緒に組みなさいって
どの口だろうがこの口だろうが関係ないわ
互いにしたいこと、護りたいものがあるなら、もう一度手を組むべきでしょう?
今の志田は、裏切れなんて言われても、怖くてできないと思うわ
それに貴方は、お姉さんと生きるんでしょう?
私はその願いを阻むつもりはない
元より、私に叶えたい願いはないし
つまり、私とあやは今度も、貴方の敵じゃない
彼女の言いたいことは理解していた。
そんな馬鹿なこと、言わなくても分かってる。
私が最初に命令したのだ、共に来いと。
私は……住吉の敵になったつもりはない。
今度だって、一緒に。今度こそ、一緒に。
勝ち抜けるはずなのだ。手を取り合って。
一度盛大に裏切られた。
でも彼女は……彼女だけは。
もう一度だけ、信じたい。
そう、想いたかった。
一緒に行きましょう、住吉
私は貴方となら、負けないから
生き残ることができるから
私とあやは、敵にはならないわ
私達をもう一度だけ、信じて
……それ、私のセリフなんだけどなぁ……
私の言葉に、脱力したようにソファーに腰かける住吉。
やっぱり、手を組もうって話だったみたい。
馬鹿だと思う。私から言い出しているのに。
裏切りなんて、させるわけないのに。
疑ってないけど……彼女はどうも、私に対しては常時ビビっているような感じもする。
多分、あの時の記憶がそうさせるんだと思う。
だから言動に出るから分かりやすい。
決して、私が怖いからとかはやめて欲しい。
心折れるから。
謝りたいとか、ホントは色々あったんだ
でもさ、どの面下げて謝りゃいいんだろうってモヤモヤしてたんだけど……
ダメだ……
私、今でも何言えばいいのかわかんないや……
二人には申し訳ないってばっかりで……
気のせいね
それに、謝罪なら全部終わったあとにしてくれない?
取り敢えずこのゲーム片付けて、お姉さんの前でボコボコにしたあとに聞く予定だから
その時は泣いて詫びなさい前科持ち
さらっと長年の毒を吐き出すと面白いように戦慄して凍りつく住吉。
!?
……冗談じゃないからね?
謝りたければ手を組むって約束しなさい
さもないと何も聞かないわよ?
あ、悪魔だ……
人の呵責につけ込んで傷を掘り返す外道がいる……!
ガタガタ震えながら住吉は私を批難する。
言ってくれるわね、この人も……。
むかっときたので言い返す。
最後の最期で黒幕気取って、自分勝手に頭ぶち抜いて死んだ奴に言われたくないわね?
…………
…………
黙る私たち。
住吉は何とも言えない表情で、返答に一度だけ頷いた。
私はそれを確認して、腕を組んで目を閉じる。
ふぁーふっ
そんでもって寝ているお姉さんが鳴いた。
…………
…………
今のでシリアスがぶち壊れた。
まるでその幻想以下略な右ストレートよろしくの威力だった。思いがけない一撃に冷や汗が出てきた。
姉貴……あんたは平和でいてね……
どんどんイメージが壊れていく……
お姉さん……寝てるとはいえ的確なタイミングで空気壊すようなことはしないで欲しいんだけど……。
取り敢えず、協力だけはこぎつけた。あとはここから。
私達は気を取り直して、話し合いを始めることにした。