奈々

協力しろ、ねェ……?
速水、私はまたあんた達を裏切ることだって十二分にありえると思うけど?
っていうか、やめといたほうがいいよ

私の手を引く速水に、私は告げた。
ギリギリと絞め上げられる腕。
前ならこれだけで骨が折れているところだろうが、今の身体はそれなりに頑丈だ。
痛みこそするけど、慣れた程度の度合いだった。

奈々

さっきも言ったけど、私は何度もこのゲームに勝っている勝者だよ
私は勝つためには、もう手段は選ばない

知ったことじゃないわね
貴方が私の敵になるというなら、敵に回させないだけよ
互いに手の内はバレているでしょう?

奈々

一年経っているんだよ、アレから
変わらないと、誰が言い切れるの?
私は少なくても、この一年で人を殺さなかった日はないよ

脅しで言っている訳じゃない。
私は事実、このゲームを何度も勝つ過程に置いて自分の手を何度も汚している。
初めてリアルに人を殺したときは、手が震えた。
肉を刺す感触が、こびり付いて取れなかった。
でもそのうち慣れた。
精神にくるかと思ったが意外と大丈夫だった。
まあ、姉貴をあんな目に合わせたのは私だ。
間接的か直接的か、それだけの違いで。
結局私は最初から狂っていた。
最初から歪んでいた。壊れていた。
それに気付くのが、遅かった。

でしょうね
こんなところにいるんだもの
それに別の身体に宿っている貴方の意思……
大方、オカルトにでも染まったのよね?

逆に聞くけど、私達がこの一年どれだけ苦しかったと思う?
どれだけ罪悪感に苛まれたと思う?
遺された人間がどういう風になるかとか、あの時貴方は考えた?
生命だけ助かればいいとか、そんぐらいしか考えてなかったんでしょう?

貴方は、人の感じる痛みってものを知ったほうがいいわ
死んだ人間とっ捕まえてこんなこと言うのアレだとおもうんだけど

呆れたような、苦虫を噛むような、そんな微妙な声色。
きっと表情も、そんな感じだろう。
私も流石に、還ってきた時には後悔した。

奈々

生きていれば何とかなると思ってた
言い訳はしないし、気遣いが足りなかったも間違いない……

奈々

人の感じる痛み……か
今なら少しは分かるかもね
姉貴ともそうだったし

……その感じだと……
やっぱり、あの人がお姉さんなのね
確か、阿澄さんだったかしら?

確認、というよりは確信。
勘づいていたか。流石は速水。
顔も見たことないくせに、一見しただけで見抜いたか。
まあ、姉貴は身体変わってないし、そりゃそうか。
姉貴と前の私は似てるかもしれない。

奈々

そだよ、アレが私のダメ姉貴
志田阿澄
似てないでしょ? 
前のまんまだからね姉貴は
一応これでも双子なんだけど

…………やっぱりね……
何で自殺したはずの死人が動いているとか、死んだハズの貴方が別の身体で生きているとか、そのへんは聞かないことにしておくわ
オカルトはもう十分

あっさりと荒唐無稽そのものの私と姉貴のことを受け入れた速水は立ち止まり、顔だけ振り返った。
もう十分って、また何かに巻き込まれていたのか?
そんな疑問が頭を過ぎるが、速水は首を振って答えたくないと意思表示。
仕方なく流すことにした。

私は貴方の嘘を見抜ける自信はないわ
一度は完璧に騙されていたしね
でも、今回はそっち方面は疑ってないから
生き返ったんでしょ? 
住吉真澄の身体は……もう、ないだろうし

奈々

まぁ……諸事情あって……
ってか、何で私の身体無いことしってんの?

お茶を濁した私に、彼女は察しているように、何も問わずにまた歩き出す。
私の疑問に彼女は、違う説明を始めた。

……そのことに関してなんだけど
無関係じゃないから、説明するわ
前回の事の顛末も含めてね

結論から言うと、前回の『人狼ゲーム』で生き残ったのは、私とあや……それとストーカーの加護があった奴だけよ
あとは全員死んだの
脱出することもなく、ね……

奈々

はっ?

前回。
一年前に巻き込まれた、生前の私の死ぬきっかけになったゲーム。
私にとっては希望の、速水にとっては絶望の。
その顛末は私はGMから聞かされてなかったけど……生きていたのは、三人だけ……?
どういうことだ……? 
ゲームはあの時既に終了し、黒幕である私が死んだら……後は死人を出す必要はないだろう?
なのに、なぜ?

正当な勝利者は、私とあや
そしてストーカーの特別ルールで自動勝利を勝ち取ったあいつだけ……
後はみんな、逃げ出した先で殺されていたの
多分、GM達の策略ね

理由はシンプルよ
黒幕である住吉真澄を自殺に追い込み、間接的に殺害に成功したのは私とあやだけだもの
特別ルールでひと足早く、不動は逃げ出していたわ……
あいつがストーカーの特別勝利を勝ち取っていたの
他はみんな、黒幕を前に逃亡したと判断された
ラストゲームはそれで決着がついたのよ

奈々

私は追い詰められたわけじゃないんだけど……
ていうか元々そのつもりだったんだし……

ラストゲーム。
黒幕を殺せ。手段は問わない。
その勝者たる二人には生存権を。
逃げ出した臆病者には死を。
そういうコトだったのか……。
私がこめかみを銃で撃ち抜いた事で全ての決着がついたと思ったら、あいつら……。

そして……
貴方の死を見せつけられて半狂乱になったあやを連れて、他の人を探しに行った私が見たのは地獄そのものだった

よく、あの状況で発狂しなかったか、自分でも不思議だったわ
あやは途中で気を失ってしまったから、その地獄を見たのは私一人だったのが幸いだったけど

最終的には、正門から外に出たはいいけど、私達が出た瞬間には館に火がついて、燃え上がり出したわ
あれはおそらく、最初からそういう設計をされていたと思うわ
余りにも火の回りが早かったから

速水はそれから用意されていた乗用車で地元に帰り、そして日常へと戻ったらしい。
根回しをされていたらしくて、彼女が何を言っても誰も信じてくれなかった。
ただ、足の傷は医者にかかった時に銃創だとバレて、警察に通報されかけたらしい。
でもそれも阻止されて、そいつは結局は口封じに……。
ちなみに、彼女と文月には多量の賞金が支払われたという。

私に支払われた金額?
今もあんまり手を付けてないけど、一億ぐらいだったわ
あやは6000万くらいだって言ってたけど

奈々

うわあ……
勝った人間には太っ腹だなぁ……

人狼ゲームの勝者には必ず賞金が払われる。
命懸けのゲームに対する正当な対価として。
それが、速水の場合は一億だったということか。

私も独り身だからね
お金はあっても困らないし
……良い気分ではないけど

こともなく独り身と速水は言った。
ん? それはどういう意味だ?

奈々

あれっ?
あんた、家族は?

言ってなかったかしら?
私、元々捨て子なのよ
施設育ちだから、親の顔知らないの
今はお世話になったそこを出て、奨学金で高校に通ってるんだけどね

奈々

聞いてないけど……親無しだったの?

ええ
別に隠してるわけでもないけど、聞いてて気分のいい話でもないでしょ?
問われれば答えるけど、自分からは滅多に話さないわ
不幸自慢する気もないし

そういう速水の顔は、何の苦しみも浮かんでいない。
当然の、当たり前の事実として受け入れている表情。
私には理解できない境地だった。
速水も相当ヘビィな人生を送っていたらしい。

お金に関しては、あやの方は相当揉めたみたい
あの子の家は両親が離婚調停中だったとかで、あやをお金目的で取り合いになりそうになったって

文月の家は両親が不仲で離婚寸前、文月が邪魔だから施設にぶち込もうとしていたときに多額を抱えた娘を見て目の色を変えて我がものにしようとしたと速水は説明する。
本人も速水の判断で教えても良いと言っているとか。

結局、私が出しゃばって両方とも縁切りさせたけどね
あやの為に良くないし、お金目的だと大人は本当に汚いから……
身元は、私のいた施設にお願いしたわ
だから、あやも今は親無しよ
こっちから縁を切ったから仕方ないけど
今は私と一緒に暮らしてるの
たまたま、彼女とは同じ学校だったし丁度いいって

奈々

そりゃ、ハードだね……
文月のあんな性格にも納得いくよ

文月はぱっと見、反抗的でとっつきにくい印象だった。
でも中身は臆病で、愛情に飢えていて、護られたいと思っている弱い女の子。
だから、一度ばかり救ったばかりの私にも無邪気に甘えてきた。

奈々

で、今はあんたが文月の家族の代わりってわけ?

まぁね……
一度ゲームで生命を狙った私としては、申し訳ないと常常思うけど……
あの子の親戚に相応しい相手もどうやら居なかったみたいだし
本当、大人って嫌になるわ……

そっか……。
二人とも、アレから大変だったんだ。
それもこれも、全部私が死んだりしたから。
二人の心を、想いを、軽く見ていたから。
全部……私が、悪かったんだ。
安易な死を選んだ、私が。

奈々

…………
私はね、姉貴をちゃんと正しい姿にするのが、今回のゲームにかける願いなんだ

えっ?

突然私が、このゲームにかける願いを言うと、彼女は足を止めて振り返る。
私は、彼女の目を真っ直ぐ見つめて言った。

奈々

私はもういいんだ
新しい身体があるから
でもさ……姉貴はまだ、魂だけの存在なんだ
あっちの世界から無理やり願いでつなぎ止めてるだけの不安定な位置にある
わかりやすく言うと幽霊なんだあいつ
だからここから出たら消えちゃうの
ここにいるから、見えるし触れるし聞こえるんだよ

奈々

生前、見殺しにした挙句に嘲笑った私に出来るのは姉貴の願いを叶えることしかないから……
せめて、もっかい姉貴と姉妹としてやり直して生きていくぐらいしか

私の心境の違いを、きっと速水は知らない。
察しのよい彼女でも、私の心変わりまでは。
でも本音を喋ったのは速水だけだ。
だから、速水にだけは全部伝える。
それが、私が速水に出来る数少ない贖罪。
何も考えてなかったバカな私を、まだ助けてくれる、心配してくれている速水に対する、私の出来ること。

奈々

姉貴の想いを知った今、私は姉貴のことをもう妬んでないし、恨んでもないし、憎んでもない
ただ、姉貴に罪滅ぼしをしないといけないんだ
過去のバカな私の行いを、清算しないといけないの

奈々

速水、ごめん
私、姉貴の為なら生命賭けるって決めたんだ
……ま、私は死なないけどさ……

私はそれだけ告げて、頭を下げた。
速水はそれを、呆れたように見ている。
そしてボソリと一言。

……さり気無く、特殊能力が透けてるわよ?
貴方が『反魂』なのね?

奈々

あ゛ッ……!?

しまった、最後の一言が余計だった!!
と気付いたときにはもう遅い。

……正直、卑怯と思えるほど強力な能力は限られているわ
その中でも『反魂』は誰でも連想できるでしょ?
その内容はシンプルだけど無視できない
『死なない』っていう、殺し合いのゲームを根本からダメにする能力だけど
やっぱり、進行役の志田が持っていたのね
そんなことだろうと思ってたけど

進行役が死んだら困るし
普通に考えて
元々またアンフェアだったわけねこのゲーム
相変わらず全部のルールは説明しないし……
どうせまだ隠してることあるんでしょう?

最初から予想済みかいッ!!
だから敵に回すの嫌だったんだよ!!
これぐらい誰でも想像出来るけどね!!

奈々

あっ、いゃ……!?
い、今のナシッ!
今のナシで!!

慌てる私に、目元に陰りを入れた速水は凄む。

ダ、メ

あと、そんなに露骨に怯えないでくれる?
私、怒った時が超怖いって泣きべそかかれたあやに言われて凄いショックだったんだから……

ああ、やっぱ怖いの私だけじゃなかったのか。
だよね、すげぇ怖いよねこの目付きと声色。
魔王とかビビりそうだし。
無論、魔王以下の私もビビッた。

奈々

…………

やめてってば……非難する目をしないで
仕方ないでしょ、これクセなんだから……

わかったら返事しなさい

奈々

ひぃっ、すんませんっ!

だから怖いっていってんでしょうが!!
ツッコミ入れたら多分死ぬ。
いや絶対殺される。メンタルが。

……これはないわね……
この叱り方すればそりゃ泣かれるか……

あ、地味に速水ダメージ受けてる。
意外な光景だ。

失礼なこと考えてるわね?

奈々

ひぃっ、お許しください!

何ですぐに気付くん、あんたは超能力でも持ってるのか!!
ってな感じでビビりながら私達は、目的地へと向かうのだった……。

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