寸杜むすびを詰めた風呂敷と、
神事用の道具を持ちながら
田舎道を行く二人。
時折、村祭を楽しみにする子供らが
はしゃぎながら二人の脇を抜き去っていく。
寸杜むすびを詰めた風呂敷と、
神事用の道具を持ちながら
田舎道を行く二人。
時折、村祭を楽しみにする子供らが
はしゃぎながら二人の脇を抜き去っていく。
みんなお祭り楽しみにしてるんだねぇ
あぁ、そうだよ。曾根村と御二角村の共同でやる催し物はこの村祭だけだからね。
ふーん
でも・・・
何で二つの村は合併しないのかなぁ?
うーむ、民俗学の教授の娘さんの発言とは思えない。
む。
何でもかんでもくっつけりゃいいってもんじゃないさ。
それぞれの村にそれぞれの文化があり、歴史があり、しきたりがある。それを失ってまでする事じゃないのさ。
どうせ私は民俗学に興味はありませんよーだ。
舞装束
二人が村祭の会場である
曾洞神社《そどうじんじゃ》に
着く頃には
境内は人だかりで
ごった返していた。
はー・・・!すごい人。
さて、早く寸杜の準備しないと時間になっちゃうぞ。
那由汰は紗希を誘導しつつ
拝殿裏手の石の間から、
拝殿へと入る。
はい、これ紗希ねぇちゃんの装束。
頭につけるのもあるから忘れないでね。
装束の入った紙袋を手渡された紗希は
もじもじとしながら
・・・えっと・・・那由汰さん・・・。
更衣室はどこかしら?
と那由汰に聞く。
そんなの無いよ。
小さい神社なんだから。
ここで着替えて。
えーーーー!!!!
那由汰は
赤面しながら驚く紗希にお構いなしに
屏風を立ててあげるから大丈夫だよ。
と言いながら
部屋の脇にある屏風を指差した。
二人の間に屏風が立つと
那由汰はそそくさと着替え始めた。
一方、紗希は置かれた状況に困惑しつつ
慎重に着替え始める。
屏風越しに聞こえる衣擦れの音。
……うわー…
屏風越しでの着替えって緊張する……。
赤面のまま着替えを続ける紗希。
屏風の向こうで
那由汰は何を思っているんだろう?
そんな考えが頭をよぎる。
しかし、着替えが終わる頃には
それどころではなくなっていた。
っちょこれ……なに!?
コスプレ!?
すごっく恥ずかしいんですけど!!!
頭飾りをつけた紗希は驚愕していた。
こすぷれってなんだ?
もっと普通の巫女さんの服みたいなの想像してたのに……。
別の心の準備が必要ですよ、これ!!!
那由汰はフー、とため息をつき、
紗希に説明する。
これは鬼神《おにがみ》役の装束だよ。
鬼神?ここって鬼を祀ってるの!?
紗希は那由汰の頭につけた角を
チラチラ見ながら問いかける。
俺もよくわかんないんだけど、遠い昔の言い伝えで鬼神《おにがみ》から授けられた米によって人が栄えたらしいんだ。
その辺は紗希ねぇちゃんのお父さんの方が詳しいんじゃないか?
……そうなの?
……でも、これはちょっと…。
クラスの誰かに見られたら…。
心配そうな紗希をよそに、
那由汰は満面の笑みを浮かべる。
紗希ねぇちゃん。
なによ?
似合ってるよ。
真っ直ぐな瞳の那由汰に
紗希は心の中を隠せず
かあぁぁぁ・・・!
と赤面しながら
那由汰のくせに何生意気なことを!
とやり返す。
あははは・・・
と笑う那由汰。
不意に那由汰の顔が
凛々しく男の顔になる。
さあ、そろそろだ。
緊張する紗希。
ふと、着替え以外に
何も説明されていないことに気づく。
……ちょっと。
私は何すればいいの?
扉が開いたら俺の左後ろをついて来て。俺が舞を舞う時はうつむき気味に半目のままじっと立っていればいいよ。
紗希は緊張の中、
那由汰の言葉を頭の中で復唱しながら
えーっと、最初は左後ろについていくのね・・・。
とつぶやく。
程なくして社の外からは
お囃子の音が聞こえてきた。
そろそろ出番だよ。
その表情に釣られ、紗希は
はい。
と答える。
そして、
拝殿の正面の扉が開かれた。
紗希ねぇちゃん、行くよ・・・!
・・・うん。
二人の鬼神は光の中へ
しずしずと歩いて行った。
* * *
……。
……もし何かあったら、なんでも力になりますんで。
……遠慮せずに言ってください。
……ありがとうね……。
ちょっと疲れたわ……。
今は一人にさせて……。
* * *
……和哉のおふくろさん、大丈夫かな…。
おやじさんも和哉の小さい時に亡くなってたよな…。
……心配だな……ゴホッゴホッ…
おいおい、雄二、オマエも風邪か?
ちょっと昨日から喉の調子が…ゴホッゴホッ…
オマエも無理せず家帰って休んでろ。
悪い、剛…。
母親は霊安室のベッドの上に
横たわる土気色をした青年の顔を、
じっと見つめる。
魂の別れの後に訪れる
次の別れに抗うかのように、
じっと、
じっと。
慈悲深く、
しかし、どこか虚ろに。
……
……§∈¶¬仝∽……
……和哉!?
母親は
魂の抜け殻となったハズの青年を
ハッと見る。
そこには土気色の青年が
時を止めたように
安置されているだけ。
………気のせいよね……
程なくして、
母親は
虚脱感に抗えず目を閉じる。
つづく