魔王のはじまり
第二章「異国の地」
後編
魔王のはじまり
第二章「異国の地」
後編
……さすがに、疲れたぞ?
おつかれさま。わたしも疲れちゃったよ
マリーの家に帰り、テーブルに突っ伏す。
おかげでいーっぱい、お礼貰っちゃったけどね。しばらく山菜採りに行かなくてもいいくらい
それは……よかったな
本当に疲れてるね。お茶入れてあげるよ
ああ……
簡単な魔法とはいえ、あの人数だ。回復した魔力をかなり消費してしまった。
列の整理をしていたマリーも疲れたと言っていたが、今はなんだか嬉しそうにお茶の準備をしている。
その後ろ姿を見て、俺は不思議に思う。
……どうして、俺を助けたんだ?
え? なによ、急に
疲れていたからだろう、思わず口にしてしまった疑問。訂正する気力もなく、俺は黙って続きを促した。
理由なんて、特にないよ。
倒れてるの見付けたから、介抱してあげた。普通でしょ?
……俺がどんな人間かもわからないのにか
うーん、悪い人には見えなかったし。身なりもちゃんとしてたし、少なくとも盗賊とかではないかなって
それは、まぁそうだろうが
人を見かけだけで判断するのは危険……と言いたいが、盗賊と疑われても困っただろう。
あとね、エルトの顔が……とても、悲しそうだった。なにか悲しいことがあって、それで森で倒れていたのかなって思ったの
…………
そうしたら、なんだか放っておけなくなって
最初に聞いたっきり、倒れていた理由を聞いてこないのは、それでか?
んー、まぁそれもあるかな? 話したくなさそうだったから
今、ようやくわかった。
こいつは俺が見た人間の中で、一番のお人好しなのだ。
……ある、魔法の力に秀でた一族がいた
エルト……?
お茶を入れながら、振り返るマリー。
俺は目を瞑り、語り続ける。
その魔法の力は近隣の戦争に利用されようとしていたが、一族は頑なに拒み、戦争には一切関わらないと表明をしていた
…………
マリーは入れたお茶をテーブルに置き、黙って椅子に座る。
そうして平和に暮らしていたが、近隣諸国は面白くなかったのだろうな。もしくは、どこかに力を奪われるという不安があったのかもしれない
外の国々は、一族を滅ぼすことにした。魔法の力を封じ、武力で制圧し、火を放った。一族は為す術もなかったという
だが、一族には生き残りがいた。一族の長が、秘術を使い若者を数人逃がしていた。
……それから、襲撃の際にたまたま里を離れていた、一人の男も
……それが、エルトなの?
俺は目を開ける。そこには、悲しそうな表情のマリーがいた。
……男は自ら秘術を使い、遠くの地へと逃げることができた。一族の血を絶やさぬために
…………
マリーはカップの中を見つめ、なにか考え込んでいた。
が、短い沈黙のあと、もう一つのカップを俺の方に勧めて、口を開く。
ありがとう、エルト。話してくれて
別に、俺の話だとは言っていない
そうだね。じゃあ、そういう話をしてくれてありがとう?
……変なヤツだな、お前は
もう、だからマリーって呼んでってば
いつものように、頬を膨らませながら怒るマリー。
さすがに諦めかけているのか、少しだけ笑っている。
……そうだな。
マリー、助けてくれて、ありがとう
え……え?! な、なによ急に!
名前で呼べと言ったのはマリーだろ?
そうだけど! そっちもだけど、そっちじゃなくて!
考えてみれば、簡単なことだった。
俺の命を救ってくれたのは、外の人間であるマリーだ。
そして、ここの土地の人間と里を滅ぼした人間は、違う。
ならば、命の恩人である彼女に礼を言うのは当然だった。
なぁマリー。この土地、この国のこと……村のこと。もっと聞かせてくれないか
う、うん。それはいいけど……
よーし、こうなったらたっぷり話すからね。覚悟してよ?
その日は夜更けまで、二人で話して過ごしたのだった。