魔王のはじまり

第二章「異国の地」
前編











もう倒れていた理由はいいからさ。
エルト、行く当てはあるの?

いや……無いが

だったらもうしばらくこの家にいるといいよ

そういうわけにもいかない。これ以上世話になるわけには

当て、ないんでしょ? 村の人にはうまく説明しといてあげるから

お前、見かけによらず強引だな

お前って呼ばないで。マリーよ





 意識を取り戻してから四日が経った。里が襲われてから約一週間になる。
 俺はマリーに押し切られ、結局この家で世話になり続けている。
 さすがに、俺が床で寝るようにしているが。

しかし、困ったな


 別に、マリーの言葉を無視して村を出て行ってもよかった。
 しかしここがどういう土地なのかもわからないまま、外に出るのは危険だった。
 昔だったらそれでもよかったが、今の俺は絶対に死ぬわけにはいかない。
 一人で生き続けなければいけないのだ。

……他の地に逃げたであろう、里の仲間を見付けるまでは


 長は若い衆を先に秘術で逃がしたと言っていた。
 一族の血を絶やさぬためにも、なんとしても彼らを見付け出す必要があった。

いずれ探しに出ることになるが、その前に情報を集めなければな


 里の仲間も、一族のために隠れているだろうから、探すのは容易ではない。
 長が何人飛ばしたのかわからないが、人数が多い分ここよりは里に近いだろうと睨んでいる。
 つまり、なんとかして里のあった方角を調べ、里に向かって旅に出るしかないのだ。

もちろん、同じ方角に飛んだとは限らないから、簡単にはいかないだろう


 とはいえ近付かなければ情報も入らない。頃合いを見て村を、この家を出よう。

エルトー、買い物また付き合ってね

……わかった


 普通に動けるようになり、二日前からマリーの買い物に付き合って村を歩くようになった。
 要は荷物持ちだが……情報収集ができると期待して、我慢をしている。




 バルバ村。森と丘の境目に位置する小さな集落で、南側の丘を越えれば大きな町があるそうだ。逆に北側の森には国境があり、狩猟以外で森に入ることを禁じられている。
 ちなみに俺はその森の中で倒れていたそうだが……。

あの時、わたし野草を採っていたのよ。国境に近付かなければ、問題ないの


 ということらしい。まぁそれはそうなのだろう。

お、行き倒れの兄ちゃん。今日もマリーちゃんの荷物持ちかい?

……ええ。そんなところです。世話になっているので、これくらいはしないと

ほう、偉いねぇ。マリーちゃんいい男を拾ったな

変なこと言わないでくださいよ。
それよりおじさん、山菜いっぱい採れたので、あとで持っていきますね

いつもすまんな。こっちも鹿が狩れたから肉を分けてやるぞ

わ、ありがとうございます!

がっはっは、お互い様だ


 村のおじさんは豪快に笑うと、自分の家へと帰っていく。

エルトさぁ。なんで村の人と話すときは礼儀正しいの?

……普通だろう


 情報収集のためにも、村の人たちの印象はよくしておきたい。
 だから色々と我慢をして、接しているのだ。

普通じゃないでしょ。わたしのときはなんか妙に反抗的なのに

…………


 それはマリーにはすでに素の自分を見せてしまっているから、繕う必要が無いだけだ。
 と、さすがに言うことができず、俺は黙って歩き出した。

あ、こらエルト! 答えなさいよね。もう……


 マリーは怒りながらも、隣を歩くのだった。






あれぇ、火がつかねぇ。昨日の雨で薪が湿気ってるんかね

おーう、早くしてくれよ。寒くてかなわん

 村の中央の広場で、若い男と老人が積み上げた薪に火を付けようとしていた。
 本当に湿気っているのだろうが、寒さもあるのだろう、なかなか火が付かないようだ。

この村ではね、ああやって広場でたき火をして、火が必要な人はあそこから貰っていくんだよ

効率悪いな

え、むしろ効率いいよね?


 どこがだ……?
 だいたい、薪が湿気っていようがいまいが、問題無いだろうに。
 若い方の男が石に石を打ち付け、火花で火を付けようとしている。

なんか、苦戦してるね

あんなので火が付くはずがないだろう

え……? 火打ち石だよ? 普通でしょ?

火打ち石というのか?

本当に知らないの? エルトのところではどうやって火を付けていたの?

火ぐらい簡単だろう


 俺は積み上げた薪に近付く。マリーもすぐに駆け寄ってきた。

ん? あんたは……おお、マリーちゃん。そうか、生き倒れていたっつーのはあんたか

なんじゃ? お前さんが火を付けてくれるのか?

…………

 俺は黙って薪に向かって手を翳す。





ぽっ…






お、おおぉ?? 火だ、火が付いたぞぉ!

すっげ、なんだこれ、なにもしてないのに火が付いたぞ?

……よし


 秘術の後遺症で魔力の回復に時間がかかっていたが、簡単な魔法を使えるくらいには回復したようだ。

エルト! 今のってもしかして、魔法?

そうだ。普通、こうやって魔法で火を付けるだろう?

付けないよ! 魔法なんて、この村では町長さんしか使えないんだから!

そう、なのか?


 魔竜一族は当然だが、近隣の国の人間たちも普通に生活で魔法を使っていたはずだ。
 我々の魔法を封じるだけの技術力があったのだから。

 火を付けるだけの魔法に、こうまで驚くということは……。
 魔法の技術、文化までもが違うということになる。

いったい、どれだけ遠くまで来てしまったんだ?

 これは……元の土地の方角さえも、調べるのに手こずりそうだ。



お前さん、魔法が使えるのかい

ええ、まぁ……

だったらこの手のあかぎれ、治してもらえんかのう

ってじーちゃん、無茶言っちゃいけねぇよ

そうよ、いくら魔法が使えるからって、そんなこと……

……手を見せてください


 俺はじいさんの手を取り、魔法を使う。


お……おぉ? 温かい、痛みが引いていくわい……

え、マジか?

うそ……

これくらいの治療なら、魔法が使えればできるだろう

できないよ! 村長さんはできないよ?


 これくらいの治療魔法、火を付ける魔法とそれほど難易度は変わらないんだが……。
 もっと大がかりな病や怪我となると、専門的な魔法が必要になってくる。

おーい、ばあさん、この兄ちゃんがすごいぞ!

はぁい? なにがすごいって?

魔法が使えるんだと。ほれ、あかぎれが無くなったぞ

あれま。だったら私の腰も治してくれるかねぇ

いや、さすがにそういうのは

あらまぁ。痛みをちょっと軽くしてくれるだけでいいんだけどねぇ

む……それくらいなら


 俺は新たにやって来た婆さんの腰に手を当てる。

ふおおお……軽くなった、軽くなったよう


 治療魔法……いや、活力魔法だな。疲労を僅かに回復させることができる魔法の応用。
 よく里の長が使っていたのを思い出し、真似してみたのだが、上手くいったようだ。

エルト……すごいね?

いや、そんなにすごいことはしてないんだが

すごいって! そんな魔法使える人、初めて見たよ!

エルトさんって言うのかい? ありがとうねぇ……

ああ、そうじゃった。ありがとうありがとう、あとで礼を用意しとくからの


 二人の老人に手を合わせて礼を言われ、戸惑ってしまう。

これくらいで喜ぶのか?
いやそれ以前に、俺はなにをしているんだ? 外の人間相手に……!



 魔竜一族の里を滅ぼした、憎むべき外の人間。




 ……だけどここは、まったく関係のない人々が住む土地なのだ。

 魔竜一族のことを知らず、魔法の技術も発達していないような、異界の地。

憎むべき相手が……違う、か

ね、エルト。どうするの?

?! ど、どうするって……


 まるで心を読んだかのようなマリーの指摘に驚くが、彼女の視線の先を見て違うことを言っているのだと気付き、二重に驚いた。



いやぁなんでも隣の婆さんの腰を治したとか

すっげぇなぁ。肩こりも治してくれるかね?

うちの子の風邪も治してくれるかしら

なっ!?
なんだ、これは


 気が付くと、いつの間にかずらっと行列ができていた。
 これは……村の住人のほとんどが並んでいないか?

あ、エルト先生! 家から椅子持ってきたっすよ! どうぞどうぞ!

 最初の爺さんと一緒にいた若者が、余計な気を利かせて椅子を二つ持ってきた。
 俺が座る椅子と、患者が座る椅子ということのようだ。

……どうするの?

参ったな……


 こうまでされたら断ることもできない。
 マリーに列を捌いてもらい、俺は一人ずつできる限りの魔法治療を行ったのだった。



















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第二章「異国の地」前編

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