アキラを含む、三十名の少年少女たちが、太平洋に浮かぶ巨大な閉鎖系都市型海洋船『パンドラ』に隔離されてから一週間が過ぎた。

メーティスの説明があった日から数日の間は、閉じ込められたことに対する恐怖や、自分たちが世界を恐怖に陥れているウィルスに感染した人間であることへの絶望などで各所に混乱が見られたが、毎日決まった時間においしいものを食べ、温かい風呂やベッドに入り、教師や親に勉強を強要されることもなく、気ままにゲームや漫画などの娯楽に興じることができるこの環境の中では、次第に収まりを見せていった。
いや、むしろ煩わしい親や教師、勉強から解放され、やりたいことを自由にできる今の環境を『天国』と呼び、積極的に船での生活を楽しもうとするものまで現れた。

そんな彼らの空気は、まるで感染力が強い病原菌のように広がり、隔離されて一週間が経った今ではほとんどの少年少女たちが、自分たちのやりたいことだけをするという自堕落な生活を送るようになっていた。
そしてそれはアキラたちも例外ではなく、食事のあとの自由時間を、三人そろって漫画や映画を見たり、船内を気ままに探索したりと、自堕落な日々を送り始めていた。
そんなある日の、朝食を終えたときのことだった。

アキラ

俺たち……このままでいいのかな……?

これから何をしようかと、三人で額を突き合わせているときに、ふとアキラがつぶやいた。

ショウコ

このままって?

ことり、と首をかしげるショウコに、アキラはどこかぼんやりとした様子で返した。

アキラ

いやぁ……、何か毎日ウマイもん食って、マンガ読んだり映画観たり、時々体動かしたりしてさ……ちょっとだらだらしすぎじゃないかなって思うんだ……

アサヒ

確かに……

アサヒがこくり、と同意を示す。

アサヒ

何もしないでもご飯が食べれる
毎日新しい服を切ることができる
風呂に入ることもできれば暖かいベッドで眠れる……

アサヒ

この至れり尽くせりの環境は、ある意味において理想郷かもしれないけど、逆にここまでされると、何だかいろいろ駄目になりそうだよね……

ショウコ

言われてみればそうかも……
私だって、洗濯したり、ご飯の準備したり買い物したり……
そういうのをやらなくていいとか楽だなって思ったもん……

共働きで忙しい両親に代わって、いつのころからか家事手伝いをするようになったショウコが、実感のこもった声で言う。

アキラ

そういえばショウコは家事をするようになってから部活もやめて、友達からの誘いも断ってるんだっけ

そんなことを考えなら、アキラは頷いて口を開いた。

アキラ

なんていうかさ……
ここを天国だなんて呼んで、ここでの生活を満喫してる奴らを見てるとさ……
どんどん自分が駄目な人間になるんじゃないかって思えてくるんだ……

アキラ

それに……
俺はやっぱり外のことが気になる……
父さんや母さんはどうしてるのか?
学校の先生たちは?
世間は俺たちのことをどう思ってるのか?
そんなことが気になるんだ……

私も、とショウコが声を上げる。

ショウコ

きっとお父さんもお母さんも心配してると思う……
というか、私のほうがお父さんとお母さんが心配……
ちゃんとご飯食べてるのかな?
ちゃんと寝てるのかな?

眉を潜め、心配そうに俯くショウコに視線を向けるアキラに、アサヒがいう。

アサヒ

でもここは完全に外と遮断されてる……
インターネットどころか、携帯もないし……
手紙すらも出せない……
僕らがここで元気にやってるとか、そういうことを知らせる手段が一切ないんだ……

アサヒの言うとおり、彼らがいる『パンドラ』は、物理的に閉鎖されていることはもちろん、インターネットや新聞、テレビといった外部からの情報は一切入ってこなかった。

ゆえに彼らは、船の中から無事を知らせることも、逆に外ではどんな事件が起こり、自分たちがどう扱われているのか、知る由がない。

普通、そんな状態ならば、中の人間はストレスを受けてしまうのだが、この船では三食昼寝つきというある種の理想によって、そのストレスを相殺している。
実に上手い手段といえるだろう。

それはさておき、アキラがやっと本題に辿り着いたとばかりに、回りに聞かれないように慎重に小さく口を開いた。

アキラ

だから俺は……、この船から出てみようと思う……

ショウコ

!?

アサヒ

!?

思わぬ発言に息を呑む二人に、アキラは言う。

アキラ

最初にメーティスが言ってた通り、俺たちはウィルスに感染しているかもしれない……
けど、俺は外のことが知りたい!
だから……、どうにかしてここから出ようと思う……

アキラの決意を聞いた二人は、しばしじっと黙り込んだ後、同時に「自分たちも一緒に」と名乗りを上げた。

pagetop