窓がなく、朝日が差し込まない小さな部屋に、朝七時きっかりに目覚まし時計ががなりたてた。

いささかレトロなその音に思わず眉を寄せたアキラは、ゆっくりと体を起こしながら、己の職務を全うし続ける目覚まし時計に手を伸ばし、乱暴にスイッチを切る。

チン、と僅かに余韻を残して黙った目覚まし時計から目を離し、一度ぐるりと部屋を見回す。

しかしそこは、十年以上も過ごしてきた普通の一軒家の一室ではなく、一晩を過ごしたとはいえ、決して見慣れない部屋だった。

アキラ

夢……じゃなかったか……

僅かばかりの期待を裏切られ、小さくため息をついたアキラは、とりあえずベッドから抜け出すと、洗面所で顔を洗い、部屋に用意されていた寝巻きを脱ぎ捨てて、いつの間に運び込んだのか分からない、自分の私服に着替える。
ついでに、部屋の姿見で全身の身だしなみを軽くチェックしてから、アキラは部屋を出た。

扉を開けると、そこはホテルや旅館のように通路を挟んでずらりと扉が並んだ廊下に出る。
それぞれの扉には部屋の主の名前を記されたネームプレートが設置されていて、どこが誰の部屋なのかを一目で分かるようになっている。

そんな廊下の奥をじっと見つめたアキラは、やがて視線を扉に戻すと、ドアノブの横に設置された読み取り口に、左腕のブレスレットをかざした。

軽い電子音と共に、《カチャン》と鍵が閉まる音がして、きちんと部屋が施錠されたことを確認したアキラは、ゆっくりと足を大広間とは逆の、(メーティスの説明が終わった後の夕食で利用した)食堂のほうへと向けた。

そのまま、ふかふかの絨毯が敷かれた一本道の廊下を歩いて少ししたときだった。

突然、アキラが歩くすぐそばの扉が開いたかと思うと、一人の少年が姿を現した。

アキラ

……ああ、おはよう

アサヒ

………………?
ああ、おはよう……

一瞬反応が遅れてから返事をしたこの少年は四之宮アサヒ。
アキラのクラスメイトであり、高校入学時代からの付き合いで、友人である。

アサヒ

ふぁああ……

顔を合わせるなり、大あくびをかましたアサヒにアキラは思わず苦笑する。

アキラ

こんな状況でも相変わらず眠たそうだな……

アサヒ

まぁね……。
こんな状況でもいつもと変わらない自分に呆れて、その上に朝も中々起きれないのにびっくりだよ……

アサヒ独特の変わった言い回しを聞いていると、いつもの通学路や教室にいるような錯覚を覚えるから不思議だ、とアキラは思う。

ともあれ、そのまま二人並んで廊下を歩いていると、やがて狭い通路の切れ目に出くわし、そこでばったりとショウコと出会った。

ショウコ

おはよう、アッキー!
それに四之宮君もおはよう!

アキラ

だからアッキーいうなし!

いつも通り天真爛漫に笑いながら挨拶してくるショウコにいつものようにツッコミを入れ、傍らでアサヒが微笑ましそうに二人を見ながら挨拶を返す。

アキラ

マジでいつも通りの朝みたいだよな……
つっても、やっぱりここはいつもと違う場所なんだけど……

何も変わらない日常のような光景に、思わずそんなことを考えたアキラに、ショウコが言う。

ショウコ

ホント、いつも通りの朝みたいだよね……。
ここが、あの『メーティス』って人が言ってた船の中で、私たちだけ閉じ込められたとか信じられないよ……

アキラ

俺の心のセリフを勝手に言うんじゃない……

まるで心を読んだかのように、ぴったりと自分と同じことを口にしたショウコにアキラがツッコむと、ショウコは何も分からないと言いたげにきょとんと首をかしげた。

そんなショウコの様子に小さくため息をついたアキラを見て、アサヒが笑いながら言った。

アサヒ

ホント、二人って仲いいよね……

ショウコ

幼馴染だもん!
当たり前だよ♪

別に世の中すべての幼馴染が自分たちみたいに中が言い訳ではないだろうと心の中で反論してから、視線を前に向ける。

アキラ

二人とも……
ついたぞ……

アキラのセリフに釣られるように、ショウコとアサヒも目を向けると、そこには『食堂』と書かれたプレートが掲げられた一枚の木製の扉。

重厚感漂うその扉をゆっくりと開ければ、まるで小洒落たレストランのようにテーブルが並び、すでに起きていたのだろう、アキラたちのクラスメイトの数人がかちゃかちゃと無言で食事の音を鳴らしていた。

アキラたちは互いに顔を見合わせてから中に入ると、真っ直ぐに食堂奥のカウンターに向かい、昨夜メーティスによる『船内の過ごし方チュートリアル』で実践した通りに設置された機械にブレスレットをかざした。

小さな電子音と共に機械の画面にメニューが表示され、それぞれが食べたいものを選ぶと、程なくしてカウンターから選んだそれが吐き出される。

学校の食堂で働くおばちゃんたちとは違う、機械特有の無機質さに微妙な顔をしたアキラは、何はともあれと食事が乗ったプレートを持って、先に座っていたショウコ、アサヒの元へと向かうと、まるで周りの空気にあわせるようにもくもくと食事を始めた。

アキラ

昨日の夜も思ったけど……き……気まずい……

どちらかといえば、賑やかに食事をするほうが好きなアキラは、食堂に満ちるなんともいえない重い空気に居心地の悪さを感じていた。
そして、それはどうやらショウコやアサヒも同じらしく、三人はいつも以上に早く食事を終えると、カウンター脇の食器返却口に食器を放り込んで、そそくさと食堂を後にした。

ショウコ

この後どうしようか……?

食堂を出て、廊下を少し歩いたところでようやくショウコが眉を潜めながら訊ねたことで、アキラもやっと一息つけたかのように大きく息を吐き出してから答える。

アキラ

とりあえず昨日のチュートリアルだと、この後は自由時間だし……、どんな施設があるのか適当に探索するか……

アキラのその意見に、ショウコもアサヒも同意を示し、三人は適当に船内を探索することに決めた。

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