……待ちなさい、志田!

奈々

ん?

姉貴を部屋に送ったあと、与えられた自室に向かう私を追ってきた一人の参加者。
振り返る眼前。
廊下で出会ったのは、速水凛……その人だった。

はぁ……はぁ……
やっと、追いついた……ッ!

奈々

…………
何か私に用事?

ぜーぜーと荒い呼吸を繰り返す速水を見て、懐かしさを覚えながら、私は問う。
あの子は……あの時と何も変わってなかった。
それが、どこか嬉しかった。
そんな資格は私にはないのに。
スカートから見せる足、太腿付近に出来た傷痕。
あれは……私がつけてしまった、傷跡か。
やっぱり、残っちゃったか。
そんな気はしてたけど、実際見ると自分の行いがどれだけ彼女を身体的にも精神的にも苦しめていたか、分かる気がする。
彼女は、キッと私を睨みつけた。

一つ、だけ……確認、させなさい……
貴方は一年前の……人狼ゲームのこと……
何故知っているのっ!?
その場には居なかったはずの、貴方がっ!

事と次第によっては今此処で貴方を倒すっ!

……ふぅん。
やっぱ、そうなるか。
殺しが許された今のゲーム、一度ルール違反をしても、役職があかされるペナを受け入れて動けば、それだけだ。
彼女はどうせ村人……あかれても、むしろそれを逆手に取るくらいのことも考えているはずだ。
なにせ、一度目のペナはある意味、役職によってはデメリットとメリットの両立が出来るから。
彼女は推察するに……痛みのない方か?
一度ぐらい、なんのダメージにもならないことを理解したみたいだ。
姉貴を部屋に送り届けておいてよかったよ。
速水ほどの人間が、違和感ない方がおかしいしね。
どうせ気付くと思っていたよ。
こいつは……洞察力も推理力も私がコワいほどの天才。
見抜かない訳がないんだから。

奈々

何を言い出すかと思えば……
私はゲームマスター代理
昔の事は通じて聞いているから知っていて当然よ?
それに倒すって……昼間はあらゆる暴力行為を禁じているのに、戦うつもり?

それらしい言い訳をして、切り抜けようとする。
でも……きっと、無駄だ。
脅しに屈するほど、メンタルは弱くなく、速水はそこまで愚かでもない。

そう答えるのは分かっていたわ……
ルールを盾に、脅しをしてくることもね……

悪いけど、そんな言い訳は聞かないっ!
私が知りたいのは真実だけよっ!

彼女はそう言って、懐から何かを取り出す。
アレは……。
速水は、あの武器が配布されていたのか。

黒の大型サバイバルナイフ。
切れ味抜群で、撫でるように振るうだけで人体なんてすっぱりキレるシロモノだ。
それを二本、両の手に逆手に構える。
武器を晒した、ということは……早くも彼女は他の奴に一歩抜かれる覚悟もあるのか?

奈々

この時点では、まだルール違反じゃない
武器を見せて脅してるだけだから
恫喝まではルールではオッケーなの
……早まらないでくれる? 
ゲームはまだ、始まったばかり
やめるなら、今のうちよ?
今なら、私も見なかったことにするわ

早く武器をしまって欲しくて私はそう穏便に済ませようとする。
ここで武器を見せることの危険性、彼女がわかってないはずはない。
すると。

武器を見せるリスクも、ペナルティを受けることも承知の上、だと言ったら?
どの道私はの手はもう血に汚れてる
今更人を殺したぐらい、どうってことない

やっぱり。
武器のリスクまで、分かった上で……。
えっ?
ちょ、ちょっと待った!
それは、色々困るんだけど!
そんなこと、こんな往来でやらせたら……速水と文月がほかの参加者に狙われる。
誰に見られているのか、わからないのに。
全部理解した上だとしても。
ダメ、そんなことはさせたくないっ!!

ったく、ふざけるな!!
そんなリスク、こいつに背負わせてたまるか!!
折角あの時、生き延びられた生命を、私の知り合いを、誰かに殺されるなんて絶対に嫌だ!
強制参加させられて、また同じような苦しみを彼女達に与えるなんて私はまっぴらゴメンなのに!

奈々

くっ……!

一歩逃げ腰になる私。
速水は一歩前に進み、私に無言でプレッシャーをかけてくる。

…………

手には武器。あれは生存力に直結する。
あれを早くしまわせて、ルール違反の瀬戸際のこの状況、何とかしなくちゃ……。
クソ、あいつを敵にするのは、これだから嫌だったんだ!

奈々

だぁーーーーー!!
分かった、分かったわよ!
無言のプレッシャーかけないで!

奈々

ホントのこと、話せばいいんでしょう……
ああ、今度もバレないと思ったのにぃ……

結果。
速水に負い目のある私は両手を上げて降参した。
どうせこれも計算済みなんでしょ、速水のやつ!!

……そう
これで返答は貰ったわね

彼女は私の降参を見て、すぐにナイフを仕舞い込んだ。
そして、私を睨みつけてくる。

やっぱりあなたは……
今の弱気な態度……
妙にこちらを気遣うような言葉……
『今度もバレないと思った』という発言
疑ってはいたけれど、確信したわ

つかつかと、私の前に近づく速水。
顔が……顔が、怖い。雰囲気が、怖い。般若みたいだ。
全部、バレたみたいだ……。
またゲーム始まったばっかで、速攻。
……まぁ、最初から二人がいることは私は知ってた。
ゲームマスターが私に渡した参加者一覧に二人の名前があったとき、流石に度肝を抜かれてこの身体になって初めてあいつに反抗したほどだ。
あいつは偶然だというが、信じない。
これは偶然なんかじゃない。恣意的なものだ。

そのときから、すぐにでもどうせ速水にはバレると思っていた。
だから気乗りしなかったんだ、彼女たちがいるから。
また、あんなことをすると思うと、やりたくなかった。
でも……願いの権利。
まだあと二つは叶えないといけないから。
負けられないから。
私は、迷えないから。

久しぶりね……『住吉真澄』……
どうしてあなたが生きているのかは、私には見当もつかないけど……
これだけは言わせて欲しいの

次あんなことをしたら私もあやも、あなたを二度と許さないっ!
もう二度としないと約束して!

奈々

………………

凄く懐かしい名前で呼ばれた。
『住吉真澄』。
以前の私の名前だ。
この身体に入る前に、彼女の前で果てた半死人の名前。
もう一年近く呼ばれなかったその名を、知り合いから呼ばれた。
詰め寄ってきた速水にそう怒鳴られるが……。
私は、その約束を果たせる自信はない。
一度は捨てたこの生命、二度とあんなふうにはしないとは言い切れない。
やっちまったことで、私はその手に関する恐怖も消えている。
以前もなかったが、多少なりとも足を止めるほどの恐怖ぐらいはあった。
でも今はそれすらない。
やってみて「意外に怖くない」と知ってしまったから。
多分、必要になればいくらでもやる。

奈々

ごめん、それはできない
一応、まだ……さ
私は役目があるんだ
それにやりたいことも
そのためなら生命は投げ出せる
それぐらいの気持ちなんだよ

…………

私がそういうと、彼女は黙り込む。
何かを考えているんだろう。
また、怖いことを言い出さないといいけど。

そう、できないの
なら……こうするしかないわね?

彼女は残念そうに、私にそう言った。
うっ……。
ほら、やっぱりこうなるんだ。
私とは、殺し合いをする結果になるんだ。
あんなことしたんだ、恨まれてもおかしくないし……。
私は安易には殺せないけど、彼女は楽に殺せるだろうから。
……でも、速水が敵でも私は止まれないんだ。
辛いけど、嫌だけど……その時は……。

私とあやと組みなさい住吉……いいえ、志田
あなたがどう生まれ変わろうと、勝手なことをさせないわ
自分の言ったこと、やったことの責任は取りなさい

腕を掴まれて、そのまま回れ右。彼女は歩き出す。
呆然とする私。えっ、殺し合いするんじゃないの?
敵対するんじゃないの? 私そういう人間だよ?

私はアクティブタイムに入ったらあなたを気が済むまで殴るわ
死ななければ何してもいいんだもの
致命傷与えなければ何してもいいんだもの
素手で殴り合いしてはいけないなんてルールはないでしょう?

訳の分からない私に確認する。
ルール上、武器または能力の中には素手も当然含まれる。
殴り合いも蹴り合いも投げ合いも全部引っ括めてという意味だから。
首肯すると、ニヤリと怖い笑顔で彼女は歩きながら振り返る。

ねェ……志田?
久しぶりに逢ったんだから、今までのコト、全部話すわよね?
つもる思い出バナシもあるでしょう?
全部……説明なさいな
お姉さんのことも、あなたのことも
全部、全部……いいわねェ?

奈々

ひぃっ!?

い、一年前よりも明らかに怖いんですけど!?
ドスの効いた声が腹に響いてくるんですけど!?
竦み上がる私。
ギリギリと、捕まれる腕が痛い。超痛い。

痛い? 当然でしょう? 痛くしてるの
でもこれは暴力じゃないでしょ? 
腕をつないでるだけだもの
ねぇ、そうよね志田?

奈々

そ、そのとおりでございますお嬢様……

指が、腕に食い込んでるんだけど……。
でもこれ、定義上の暴力行為じゃないんだよね。
あれの定義は恫喝までは認めてる。
明らかな暴力、殴る蹴る、叩くとかは全部ダメだけど。
こういう掴むとか、引っ張るとか、抓るとかそういう細かいところまでは入ってない。
日常でありえる小さな痛み付けは、除かれているのである。
クソ、速水もうルールの抜け穴見つけやがって!
痛い、腕がちぎれる!!

さぁ……種明かししてもらおうかしらぁ?
私たちがここにいる理由も、代理なら何か知ってるわよね?
うん? そうよね志田?
裏切りの代価は何時の時代も重たいの
私は根に持つわよ? 

奈々

痛い、痛い!!
腕、腕ェッ!!

うふふふふふふふ……
さぁ、久方の再会も予て、ちょっと騒ぎましょうか?
当然、お姉さんも連れていくわ
拒否権はないからね?

奈々

あ、姉貴は関係ないでしょッ!
今部屋で寝てんだからほっといてあげてよ!

う、る、さ、いっ

反論すると、腕がおかしな音を上げ始めた!
なんて握力ですかこの人!?
ギチギチという何かやばそうな音があがる。
痛い、血流止まる! 止まってる!!
青くなってきてるんだけど私の手!
嫌がる私を連れて、速水は進めていく。

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