管理者を自ら名乗った『メーティス』は、大広間に集った少年少女たちを、スクリーン越しにぐるりと見回してから、滔々と語り始めた。
管理者を自ら名乗った『メーティス』は、大広間に集った少年少女たちを、スクリーン越しにぐるりと見回してから、滔々と語り始めた。
まずは皆様が抱えているであろう疑問についてお答えします……
ここがどこなのか?
何故自分たちはここにいるのか?
皆様はその疑問を持っているはずです
まず、ここは閉鎖系都市型海洋船『パンドラ』という『船』です
『船』という単語に、一部の生徒たちがざわめき始めるが、メーティスはそれを無視して続ける。
閉鎖系都市型海洋船とは、外部からの物資補給を一切必要とせず、必要な生態系をすべて内包して完全な自給自足を目的とした、巨大なビオトープであり、都市を丸ごと閉じ込めた船のことです。
簡単に、自給自足できる一つの都市が海に浮かんでいると考えてくだされば大丈夫です……
そして、皆様がここにいる理由は、皆様がこの「パンドラ」に隔離されたからです
「隔離?」と誰かが呟いた言葉を、メーティスは画面越しに頷いて肯定した。
イエス……
皆様が住まう地球は現在、新種のウィルスによって滅亡という未曾有の危機が迫っております。
そのウィルスの名は「特定思春期拡散ウィルス」、通称Pウィルスといいます。
そんな話は聞いたこともないと、誰もが首をかしげる中、メーティスの話は続く。
Pウィルスは感染力が極めて高く、空気、接触、経口、触媒、血液など、あらゆる経路で感染します。
また致死性も高く、感染して最短で三日、最長でも一週間で死に至る、まさに人類の脅威となるウィルスです
到底信じられないようなその話に、ところどころでバカにしたような声が漏れる中、嫌な予感が頭を駆け巡っていたアキラは、手に汗がじっとりと滲む感覚に眉をしかめながら、黙ってメーティスの話を待った。
信じられない、そう思いますか?
メーティスのその問いに、誰かが「当たり前だ!」と強く叫ぶ。
しかしメーティスは特に気にした様子もなく、淡々と言葉を続けた。
残念ながら、この話は真実です。
すでに、世界保健機構(WHO)を中心に、世界各国の医療機関が協力して対策を進めていますが、今のところめぼしい成果は得られず、死者も多数出ています
話を元に戻しましょう。
この船は、そのPウィルス保菌者を隔離するために作られた、いわば収容所です
メーティスの言い回しに、一瞬不信を覚えたアキラは、直後にそれが意味するところを理解し、大きく目を見開いた。
すでに何人かはお気づきのようですね?
そう……、皆様はそのPウィルスに感染した保菌者なのです
メーティスがその言葉を放った瞬間、大広間に集まった少年少女たちの反応は二つに分かれた。
一つは、メーティスの言葉を信じず、鼻で笑うもの。
そしてもう一つ――アキラもこちらに含まれる――は、メーティスの言葉を信じ、あまりの衝撃に何もいえなくなったもの。
ともあれ、予想されたパニック状態に陥らなかったのなら、それはメーティスにとって好都合だった。
パニックに陥った人間ほど、話を聞かせるのが難しいものなどないのだから。
恐らく皆様は、こう思っているでしょう……
そんな恐ろしいウィルスに感染したのなら、もうすぐ自分たちは死んでしまうのではないか、と……
ですが、ご安心ください。
確かにPウィルスは驚異的ですが、特定の、とある年代の感染者だけは、なぜか死の危険がまったくないのです
もうお気づきですね?
そう……。ウィルスの名前の由来となったその年代こそ、ちょうど皆様の年代。
すなわち、思春期なのです
馬鹿げてる。
アキラはメーティスの話を聞いて、そう思った。
ここにいる全員が人類滅亡のウィルス感染者で、さらに思春期の人間だけ、感染しても死なないって?
そんな都合のいい話、ありえない……
あまりにも途方もない話を、アキラは信じることができなかった。
実は身代金目的の誘拐事件で、こいつの話はそのためのただのほら話でした、って言われたほうがよっぽど信じられる……
まだ真実味がある可能性をいくつか頭に思い浮かべていたアキラは、しかし直後に続けられたメーティスの話に、思考を打ち切ってスクリーンに注目した。
ありえない、そう思っている方もいらっしゃるでしょう。
ですが、これは真実なのです。
世界中の科学者や医者が、何故そうなのか、いろいろ調べていましたが、結局結論は出ませんでした。
しかし、実例として確かに思春期の感染者だけが、唯一生存しているのです。
ちょうど、皆様のように……
私の話を信じるか信じないかは皆様にお任せします。
ですが実際に、皆様はこの『パンドラ』に隔離され、外へ出ることは叶わないという現実だけは受け入れてください。
ちなみに皆様の隔離に関しては、すでに皆様のご家族の方へ日本政府から説明がされ、了承を受けております
そこで少しの間沈黙したメーティスは、さっきまでの淡々とした口調から一変、まるでテレビのバラエティ番組の司会のように、明るい声をだした。
さて、それではこれより、この『パンドラ』での生活ルールを説明します。
まずは皆様、左手首をご覧ください
突然の態度の急変に戸惑いながらも、全員が自分の左手首に注目する。
そこには、ベッドで目が覚めたときからずっと気になっていた金属製の小さな液晶付きブレスレットが嵌められている。
継ぎ目などは見当たらず、どうやって嵌めたのかも不明なそれを、不安そうに見る少年少女たちへ、メーティスから声が投げかけられた。
皆様につけられたそのブレスレットは、この『パンドラ』での生活に欠かせないものです。
皆様が目覚めた個室のドアにロックをかけたり、食堂で食事を注文するとき、その他、必要に応じて、読み取り機にブレスレットをかざしてください
また、ブレスレットは通信機能も備えていて、液晶に表示された相手と通話することができます
なお、そのブレスレットは完全防水で、さらに仮に恐竜が踏んでも壊れないよう設計されていますので、無理矢理外すことはできません
船の中は、基本的に自由に出入り可能ですが、特定の扉や、異性の個室の出入りなどはできませんのでご了承ください
この言葉に、一部の女子たちから安堵のため息が漏れ、逆に一部の男子からは舌打ちが聞こえた。
その他、病気や怪我、その他の緊急事態には、ブレスレットの液晶に向かって私の名前を呼んでください。
即座に警備ロボットが駆けつけ、状況に対処します
また、それ意外に何か疑問や要望などありましたら、ブレスレットに登録されたリストから私を選択して通話していただければ、対応させていただきます
以上で説明を終わらせていただきます。
お疲れ様でした
メーティスが、そう締めくくると同時に、スクリーンが巻き上げられる。
それと同時に、大広間の扉がゆっくりと開かれた。
恐らく、ここから先は自由に過ごせということなのだろう。
しかしその場に集った少年少女は、しばらくの間、誰一人として大広間から出ようとはしなかった。