僕はもっと強くなりたいッ!
 
 
 
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
強くなってキミを守りたいんだっ!!






だって僕はキミのことが……。


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
魔界を支配していた魔王ノーサスは、
勇者アレスとその仲間たちによって倒された。



それから約1年――


現在、魔族を統べているのは、
先代の魔王の生まれ変わりであるミューリエ。

魔界の代表としての地位に就いた彼女は、
人間界と魔界の共存を目指して
日々の執務に当たっている。

また、かつての身分制度は段階的に撤廃され、
名目上では全魔族が平等となっていた。


新しいやり方に対して、
小さな不満や反発は残っているものの、
おおむね広く受け入れられ、
混沌としていた魔界は
平穏な世界へと変化しつつある。




もちろん、細かく見てみれば
差別や混沌とした部分は
まだまだ残っているのだが……。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

トーヤ

えとえとぉ、
咳止めに効く薬草は……っと……。

 
 
僕は王城の敷地内に作られた薬草園で、
薬草の採取をしていた。
注文を受けた薬を調合するのに使うためだ。

これでも僕は一人前の薬草師として、
女王様にお仕えをしている身。
その責任と期待に応えなければならない。


魔族の中でも最下級の身分『下民』だった僕が
こうして女王様のお役に立てるなんて、
ちょっと前までは考えられなかったことだ。



これも身分制度の撤廃に踏み切った
ミューリエ女王様、
そして前魔王ノーサスを倒したアレスくん。
この2人の力が大きい。



ちなみにアレスくんは
僕の人生に希望の光を与えてくれた大恩人。

今は平界(人間界)にある故郷の村に戻って
平和に暮らしているみたい。
先月、送られてきた手紙では
元気そうな様子が綴られていたし。
 
 

トーヤ

あった!
この薬草で材料は揃ったかな……。

 
 

 
 
僕は薬草を摘んで、
それを置いてあるカゴの中へ入れよ――
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 

トーヤ

あっ……!?

 
 
僕が薬草を入れようと思った瞬間、
カゴは誰かに蹴飛ばされて遠くへ転がった。

中に入っていた薬草や種、葉などは
無残にも飛び散る。
今日は風があるせいか、
軽いものは広範囲に散乱してしまっている。


顔を上げると、そこには見知った顔が――
 
 

テッラ

おっと、悪い悪い。
足が当たっちまったよ。

トーヤ

あ……テッラさん……。

 
 
彼はテッラさん。
元の身分は『中民』で、
前魔王時代は城の門番をしていたらしい。

今は王城内の警備担当で、
たまに薬草園の見回りにもやってくる。



ちなみにかつて身分は上から特民、上民、
中民、平民、下民に分けられていて、
下の者は上の者に逆らえない世の中だった。

今も表向きは平等となったものの、
まだこの身分制度による差別は
あちこちで残っている。



その証拠にテッラさんは僕に対して……。
 
 

テッラ

悪いが自分で拾っておいてくれ。
俺は見回りで忙しい。
……それでいいよな?

トーヤ

え、えっと……それは……。

テッラ

い・い・よ・なっ?

 
 
テッラさんは剣の束に手をかけ、
僕を睨み付けてくる。
迫力があってすごく怖い。


――でも素直に頷くのはなんだか嫌だ。

だってカゴを蹴飛ばしたのはテッラさんだし、
僕が拾い集めるのは納得がいかない。



かつての僕なら何も考えず、
素直に従っていただろうけど今は違う。
僕もテッラさんも身分の上下はないんだから。



ただ、思っているコトを口に出すのは
やっぱり怖い。
力に訴えられたら勝てないもん……。


僕は魔法が使えないし、力だって弱い。
その事実は身分がなくなっても変わらない。
 
 

トーヤ

…………。

テッラ

黙ってないで何とか言えよっ!
この下民がっ!

トーヤ

ヒッ!

テッラ

下民の分際で王城での仕事なんて、
生意気なんだよっ!
クソがっ!

その発言、聞き捨てならんな。

テッラ

誰だっ!

テッラ

あっ……!?
デ、デリン様っ!

 
 
声のした方を振り向くと、
そこには王国軍総司令を務めている
デリンさんが立っていた。

彼はアレスくんと一緒に
魔王ノーサスを倒した仲間の1人で、
かつては魔王の四天王もしていた実力者だ。


出会った当初はすごく怖い人だなぁって
思っていたけど、
付き合ううちに優しい部分もあるって
分かってきた。

今では色々と面倒を見てくれてるし、
根はすごくいい人だと思う。
 
 

デリン

貴様、今の言葉は女王様の政策に
不満があると受け取れる。
それならば正々堂々、
意見を述べたらどうだ?

デリン

そのための窓口だって
用意してあるだろう。

テッラ

う……。

デリン

それともトーヤを
イジメたかっただけか?
もしそうならコイツの代わりに
俺が貴様を滅してやる。

 
 

 
 

デリン

はぁああああぁ……。

 
 

 
 
 
デリンさんの手のひらに炎が燃え上がった。
簡単そうに見えるけど、
あれを制御するのってすごく難しいんだよね。

それを造作もなくやってしまうのだから、
デリンさんってすごいと思う。
 
 

テッラ

ひぃっ!
ど、どうかお許しくださいぃっ!

デリン

謝るくらいなら、
二度とこんな真似はするな。
さもなくば
次は有無を言わさず殺すぞ?

デリン

とっとと失せろっ!

テッラ

うわぁあああああぁっ!

 
 
テッラさんは血相を変え、
慌てて走って薬草園から出ていった。

それを見届けると、
デリンさんは炎の魔法を消して息をつく。
 
 

デリン

ふんっ、他愛もない。
弱い者イジメしかできん、
ザコめ。

トーヤ

あ、あのっ、デリンさん。
ありがとうございました。

デリン

お前も少しは
抵抗する素振りくらい見せろ。
ああいう手合いは
付け上がる一方だぞ?

デリン

アレスは泣き虫のお人好しだが、
常に勇気だけは心にあった。
アイツに憧れているなら、
お前も見習ったらどうだ?

トーヤ

っ?

トーヤ

……あの、デリンさんは
今でもアレスくんのことを
意識しているんですね?

デリン

なっ!?

デリン

う、うるさいっ!
余計なことを言うと殺すぞ!

 
 
デリンさんはやや狼狽えながら、
僕を睨み付けてきた。

でもそこに敵意は感じられず、
単に照れ隠しで怒っているだけみたい。


デリンさんってアレスくんのことになると
ちょっと態度が変わるんだよなぁ。
それだけ特別な存在というか、
信頼しているってことなんだろうね。
 
 

トーヤ

アレスくんも
手紙の中でデリンさんのこと、
元気でやっているかって
気にしてました。
たまには会いたいとも
書いてありましたよ?

デリン

何っ!?
そ、そうなのかっ?

デリン

…………。

デリン

そ、その……なんだ……
また手紙を書くことがあるなら
気が向いたら
顔を出すと伝えておけ。

トーヤ

はいっ!
分かりましたっ!

デリン

じゃあな。

 
 
デリンさんはその場から去っていった。

僕はその背中を見送ったあと、
散乱した薬草などを拾い集める。



でもいくつかはテッラさんに踏まれて
ダメになっちゃったから、
その分を新たに薬草園から採取して
カゴへ入れた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

トーヤ

戻りましたぁ。

 
 
そう言いながら作業室へ入ると、
奥の机で事務作業をしていたカレンが
手を止めて僕の方へ顔を向けた。


カレンは上民出身のお嬢様で、
魔法医療を得意としている。
薬草師の僕とは仕事上でのパートナーだ。

年齢は僕より2つ上の16歳。


彼女は下民出身の僕にも
出会った時から普通に接してくれていて
すごく嬉しい。
 
 

カレン

遅かったわね。
歩きながら
居眠りでもしてたのかしら?

トーヤ

え、えっと、
ちょっと手間取っちゃって。

 
 
僕は口ごもりつつも、慌てて誤魔化した。

テッラさんとの出来事を
カレンに話すわけにはいかない。


心配をかけたくないもん。
 
 

カレン

鈍くさいわねぇ。
もっとキビキビ動きなさいよ。

トーヤ

でもこれから調合で使う薬草は、
成長具合によって薬効成分の
含有量が微妙に変わるんだよ。
だから慎重に選ばないと。

 
 
――これは本当のことだ。

でも僕だって薬草師の端くれ。
選ぶのに時間はあまりかからない。


カレンは薬草の調合までは詳しくないから、
そう言っておけば
時間がかかった理由として納得するはず。
 
 

カレン

ふーん、そうなんだ。
そんな微妙な違いなんて、
あたしは気にしないのに。

カレン

でもそういう几帳面な性格は
薬草師にとって
悪いことじゃないわ。
――70点!

トーヤ

あ、ありがとう……。

 
 
カレンはこうやって他人の行動に
点数をつけてくることがある。
独断と偏見と気分で点が変わり、基準も不明。

ちなみに70点はなかなか出ない高得点だ。
 
 

カレン

じゃ、お願いしておいた薬を
さっさと調合しちゃって。

トーヤ

うんっ!
任せておいてっ!

 
 
早速、僕は採取してきた薬草などを取り出し、
すり潰したり煎じたりした。
最終的にはそれらを適量ずつ混ぜ合わせ、
注文を受けた薬を完成させていく。


今回は咳止めと解熱薬。
最近は城内で風邪の患者が増えて、
需要が高まっているらしい。


一方、カレンは診断書の整理や
診察のスケジュール管理などをおこなっている。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 


僕らが作業をしていると、
不意に部屋にノック音が響いた。

直後、ドアが開いて誰かが入ってくる。
 
 

 
 

レイン

…………。

トーヤ

あ、レインさん……。

レイン

ちょっといいかな?

 
 
レインさんは深刻そうな表情をしていた。

いつもは元気で太陽みたいな人なのに、
今はなんだか覇気が感じられない。
少し落ち着きもない気がする。
 
 

 
 
 
次回へ続く!
 

第1幕 新たな魔界の薬草師

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