ラファエル様!

 地下牢は戦場だった。
 黒猫一匹に対して魔王軍数十名。

 しかしラファエル、なんて強さだ。
 飛び回っては火を放ち、ちぎっては投げ、ちぎっては投げ。

にゃ! (拓! はやくこの鍵を!)

 ラファエルは咥えていた鍵を僕に放り投げ、そう言った。

 ん? 拓って言った?

 聞きましたか!?

 今、初めて僕の名前を呼んでくれたんですけど。

にゃ(早くなさい! このトンヌラ!!)

はい!

 トンヌラは悪口じゃないと思うけど。

 ラファエルが敵を引き付けてくれている間に、僕は牢屋へと向かう。

拓くん!

ああ、ヒーチちゃん。助けに来たよ

うわああん。ありがとう。本当に王子様だよー

あ、え、うん……

 風呂でハアハアしていた自分を思い出し、少しだけ罪悪感を感じながら牢屋の鍵を開ける。

 それによって一気にこちらが優位な状況へと変わった。

 なぜならエルフ達もみな、魔法が使えるからだ。
下っ端の魔王軍兵士ぐらいじゃ太刀打ちできない。


 それに家を襲ったあの、強くてガラの悪い男もいないようだ。

 ラファエルはあの男を絶対に殺る、と言ってたな。
 プライド高そうなラファエルが吹っ飛ばされてたもんな。


 殺れたんだろうか。

さ、みんな早く逃げよう

 僕らは城から出て、南の森へ向かった。




 ほとんどの魔王軍兵士は倒され、追ってくるものはいなかった。


 僕らは走りを止め、息を整える。

はあはあ。やりましたねラファエル様!

にゃ!
(うわ! モンスター!!)

いや、僕です。拓雄です

にゃ(あいかわらずキモ元気そうね)

はい。この通りです。ちゃんと魔王は眠らせてきましたよ

にゃー(やっつけてはないのね。まあ脱走が目的だったからいいのだけれど)

これからどうするんですか?

にゃ(とりあえずこの森を抜ければ……)

 雷鳴とともに地響きがした。

なに!?

 来た道を振り返ると、森の木々が根こそぎ引っこ抜かれて浮いている。

にゃ(……危険)

これは魔族の特級魔法だよー!

まさか、魔王がもう!?

にゃ(そのようね……)

 遠くから魔王の声が響く。

拓雄! きーさーまー!!

ひい! 僕だけピンポイント指名!?

にゃー(仕方ないわ。拓、いけにえ豚になりなさい)

なんですかそのチャーシューみたいなの。勘弁してくださいよ

拓くんは悪くない! 逃げよう!

 ラファエルの声は聞こえてないヒーチが、僕の手を引く。

ヒーチちゃん……

 ああ優しいな。
 こんな優しい人、僕の周りにはいなかったな。


 どうせ今僕の顔が良いからだろうけど。

みんな走ろう!!

 一目散で走る。

 しかしさすがは森暮らしのエルフ、みんなどんどん先に進んでいく。

 ラファエルも今は猫姿だけに、走るも早い。
 当の僕は……

はあはあ……もう無理ぽ

 完全に取り残された。


 ああ、少しでも運動していればよかった。
 これだからデブが主人公とか無理なんだよ。

 もう魔王に捕まってチャーシューの運命だな。

 ラーメン食べたい。

がんばろ! 拓くん!

 うつむいた顔をあげると、そこにはヒーチが待っていてくれた。

ヒーチちゃん!? 早く逃げなきゃやばいよ!

何を言ってるのかな? 拓くんのおかげでここまで来れたんだから。 うちは絶対に最後まで一緒だよ!

ヒーチちゃん……

 最後のひと時。

 しあわせのひと時。

 僕はもう君と逝くよ。


 みんなうまく逃げるんだ。

 ラファエルも。
 ってもう見えないぐらい先に行ってるようだけど。


 僕にはヒーチちゃんが……。

 ああ、童貞卒業したかった。
 それだけが心残り。

ヒーチちゃん……僕は

拓くん……

 見つめ合う僕ら。

 そのまま僕は、ヒーチと口づけを交わした。
 セカンドキッス。

ヒーチちゃん!

 僕はヒーチに覆いかぶさる。


 こんな状況で、いやこんな状況だからこそ。

たーくーおー!!!!!

 そこへ木々の間から、禍々しいオーラを放つ者が現れた。

まままま、魔王様!

これはどうゆうことじゃ! あれは睡眠薬じゃろ!

丸一日は眠ってしまうんじゃなかったの!?

我ともなれば、あんなもの酒程度じゃ!!

 そうは言っても、少しフラフラしているように見える魔王。

 まだ薬が効いているのだろう。

しかもお前、我に接吻をしておいて、もう違う女としておるのか!

え、拓くんどう言うことかな?

いや、これには深い訳が……

貴様……この森ごと、すべてを吹き飛ばしてやるわ!!!

やばい、逃げるよ

 僕とヒーチは一目散で逃げた。

あとちょっとで森を抜けるよ!!

 しかし魔王は巨大な暗黒の球体を頭上に発生させている。
 ラファエルのファイアボールでさえ、比じゃないほどの。

もう、間に合わない……

 僕らは為す術もなく、ついに魔王はこちらに向けて球体を解き放ったのだった……。

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