おい、拓雄。風呂へ行くぞ

 よし。
 脱獄計画の算段は整った。

 僕は窓から見えるよう、魔法で指先に火を灯す。
 僕のできる唯一の魔法。

こら、何をしている!

は、はい!?

 うわ、バレたか。
 やばいぞ。

葉巻をふかしたいのではない! 風呂だ!

あああ! すみません! すぐ準備します!

 危ない危ない。
 今のでラファエルは気づいてくれているのだろうか。

 しかしもう信じるしかない。





 僕は魔王と離れの地下浴場へ向かう。

 隙を見て眠り薬を飲まさなければ。

どうしたのじゃ?

い、いえ!

さあ、はよう、我の服を脱がしたまえ

は、はい!

 僕はいつものように、魔王の服を脱がせていく。
 ああ、こんなご褒美も今日で終わりか。



 ……いやいや、なにを考えているんだ。
 ヒーチたちを救わなくては。

ところで魔王様、今宵は酒を用意してまいりました

おお。では風呂あがりに少し呑もうか

いえ、わが国日本では、風呂に浸かりながら晩酌をするという習慣がありまして

ほほう。それはまたオツな習慣だのう

そうなんです! ぜひ魔王様にも

だが断る!

ええ!!

我は風呂好きなんじゃが、のぼせやすい体質での。酒なんか呑みながら入ったら危険じゃわ

そんな!

そのおもてなし精神だけは買うてやろう。がははは

 やばい。
 計画が狂ってきた。


 きっとラファエルはもう、牢屋へ侵入している頃だろう。
 このままだと僕だけ置いていかれる。





 焦りながらも、いつものように魔王の背中を流し、湯船に浸かる僕。





 裸のシーンを見せられないのが残念だ。

 こうなったらもうあれしかない。

ままま、魔王様!

 魔王に向かって僕は打ち明ける。

どうした?

 魔王は濡れた髪をかき上げ、果実のような程よく張った胸を隠すことなく、こちらへ向き直る。

僕とキ、キ、キスをしてください!!!

 湯船に浮かぶ半球はグレープフルーツ。
 そう頭に言い聞かせないと鼻血が出そうである。

おお! お前もついにその気になったか。まあまあ、焦るな。今宵、抱いてやろうではないか

 湯気にほんわりと包まれた魔王は、肌を艶々と光らせている。

今、したいんです!

 魔王は少し顔を赤らめ、俯いた。

……仕方ない、一度だけじゃぞ

 そう言って魔王は僕の首に手を回し、顔を近づけてくる。

ちょっと心の準備しますので、少し待ってください!

なんじゃ……はよせい

 僕は後ろを向いて眠り薬を口に含んだ。

 そして魔王のほうを向き直り、バラ色になったその裸体を抱きしめた。

わっ! 急に強引な態度されると、我までなぜかドキドキしてしまうではないか……

 クチビルを舐めて覗かせる魔王の舌に、僕の血が脈打つのを感じる。

 僕は魔王に顔を近づけた。

んんんんん!

 ついに!!!
 はじめてのチュー!

 てか、ファーストキッスが魔王様!?

 ああ、クチビルとクチビルが!

 クチビルにデビルが触れて……
 クチデビルに!

 なにを言ってるんだ僕は!?
 訳わからなくなってきた!!!

ぷはあ。魔王様!
あざっしたー!!!

 ああ、最高だ。
 ファーストキッスはラベンダーの味なんだなあ。

お前! 激しいのう。おお、なんだかクラクラするぞ

ありあしたー!!!

 僕は充足感に浸りながら、だらしない顔で感謝を述べる。

それになんだ、この口の中に広がる味は……どこかで

 そして魔王は眠りに落ちた。

 そうだ、眠り薬を口移ししたんだった。

 よし。
 成功だ。

 すっかり忘れてたけど。


 とりあえずファーストキッスの相手を溺死させるのも嫌なので、魔王を引き上げる。

 裸で横たわる魔王。

ごくっ

 ちょっとぐらい触ってもいいかな。
 いいよね。

 据え膳食わねば男の恥って言うし。

ぐへへへ

 その時、城のほうで、爆発音が聞こえた。

ラファエル様!?

 まずいな、牢屋のほうで戦闘になっちまったんだろうか。

 魔王を呼びにくるのも時間の問題だ。
 惜しいけどこの場は逃げるしかない。

 僕は急いで服を着た。





 確か集合場所は南の森を抜けた荒野。

急ごう

 僕は温泉へ繋がる洞窟から出て、森へ向かい走る。





……。


 でも、さっきの爆発音、気になるな。

 
 牢屋へ向かうか。

 
 しかし僕が行ってもなにもできないぞ。


 どうしよう……。


 僕だけ逃げていいのか。


 ラファエル様の言葉が蘇る。

……最低

 そうですよね……。


 眠り薬はラファエル様から。

 そして発火魔法はヒーチから。


 なにより、見も知らぬ僕を温かく迎えてくれた、エルフ族のみんな。

このままじゃダメだ!

 僕は踵を返し、魔王城地下牢へと向かった。

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