5 正直な気持ち

まなと

僕は……

まなと君が精一杯勇気を出して絞り出した声は、かすれて弱々しかった。




そんな自分を鼓舞するように首を横に振って、心配そうに覗きこむお母さんに、まなと君は叫ぶ。

まなと

僕は、寂しい!

その言葉が合図となったように、目から大粒の涙がこぼれ落ちた。




お母さんは大きく目を見開いただけで、黙って、まなと君の前にしゃがむ。

お母さんを見下げながら、まなと君はこぼれ落ちる涙をぬぐおうともしない。

まなと

お父さんと、お母さんの間に何があったのかがわからなくて、二人に笑ってほしいから、でも、もうお父さんと会えないのも、全部全部……。


ここで待ってても、お父さんは絶対に来ないって、知ってるのに

震える声は、力強く、自分の思いを言葉にしていく。


背中合わせだった子猫は、いつのまにかまなと君に寄り添って、にーにーとないている。

レイン

どうせだ、全部言っちゃえって言ってる、その子。

案外強いね

レインがくすっと笑って子猫に近づき、頭をなでた。

クロニャもレインの後をつき、自分と同じぐらいの背丈の猫に体をすりよせる。

まなと

僕は、いい子にしていたいのに、それもどうやってすればいいのか分かんなくて

涙でぐちゃぐちゃのまなと君を、お母さんは優しく抱き締めた。

ごめんねまなと……そうね、まなとの気持ちも、聞かなきゃね

まなと

僕だって……考えてる!

そうね、そうよね

お母さんの声も震えていたけれど、目にぐっと力を入れて、必死に涙をこらえているのが分かった。


きっとまなと君の強さは、お母さんに似たのだろう。

一緒に考えましょう、一緒に

力強く、お母さんは言う。

まなと

お姉さん、お兄さん、本当にありがとうございました。

デートの邪魔をしちゃったこと、重ねてお詫びします

川越 晴華

だから違うってば!

まなと

いとこでしたっけ

にやりと笑うまなと君の頭を、こらと困ったようにお母さんがなでる。






そのまま、ありがとうございましたと礼をして、二人と二匹は去っていく。

にゃ!

最後に、子猫がふりかえり、とても元気な声で叫んだ。

レイン

ありがとって

レインが先輩の肩によじのぼり、私の目をじっと見つめる。

雨音 光

よかったね、一件落着

川越 晴華

本当に、よかったです

先輩も、私を見てくる。青い瞳と茶色の瞳がじっとこちらを見つめてくるのは……照れてしまいます。


目をそらして、えっと。

川越 晴華

どう、しましょう

雨音 光

散歩でもしようか、商店街だと目立つし

と、いうことで、しばらくは、先輩とならんでふらふらと歩いていた。


先輩は前を見ながら何か考えているみたいで、少しだけ、無言の時間もあった。

最初はその無言に戸惑ったけれど、先輩はけろっとした表情なので、私も気にならなくなった。

猫二匹も、しゃべらない。

ただの無言が、変に心地よく感じた。


うろうろした先に、細い道にある小さな公園を見つけ、先輩は目を輝かせた。

雨音 光

あ、公園あるよ。座る? っていうかごめん、もう体調は平気?

川越 晴華

大丈夫ですよ! 座りましょう

もしかしたら、先輩はこの公園に向かっていたのかもなあと思いながら、公園に入る。

ブランコと砂場しかないような、本当に小さな公園だ。

クロニャ

綺麗な空ですにゃあ

クロニャがぴょんと膝上に飛び乗って、まるくなった。

レインも、何も言わずに先輩の膝上に座っている。

どうやら、二人とも膝上が好きなようだ。

雨音 光

いやー、驚いた

川越 晴華

何にです?

雨音 光

何って

先輩は、空から視線をはずし、私にそれを向けた。

雨音 光

川越さんにだよ

川越 晴華

……何か、驚くことしました?

私の言葉がおもしろかったのか、はは、と先輩は歯を見せて笑う。

雨音 光

したよ。

人助けする! って言ったところから驚いたし、あんな小さな子の話しをちゃあんと聞いてあげるし、それに……ほら、子どもにも意見はあるって

川越 晴華

生意気でしたよね……すみません、無我夢中で

雨音 光

生意気じゃないよ。

なんか、目から鱗だった。

俺、反抗期もないようないい子ちゃんでさ。

だから

先輩が、レインに視線をおとす。

雨音 光

親に逆らったこともないんだ。

親に意見したことも、もしかしたらあんまりないかもなあって思ってね……いや、最近になってやっとできるようになったかな。

だから、あんな小さな子でも、意見を言うべきだっていうのは、本当に、新鮮だった。

結果として、そっちのほうがあの子のためによかったと思うし

川越 晴華

そう……ですかね

雨音 光

あの子の気持ちは晴れてたよ。猫を見ればわかる

川越 晴華

そう……なんですか?

雨音 光

守り猫は正直だからね

守り猫は正直。

そうか、と思う。

まなと君の猫も、お父さんに会いたいというまなと君の気持ちを代弁するかのように、駅の方をじっと見ていた。


だとしたら。

川越 晴華

あの、もしかしたら、猫を見れば、猫と話せれば、悩みが解決しやすくなったりしますかね

先輩が、私に視線を戻す。

私は、夢中でしゃべっていた。

川越 晴華

だとしたら、私は人を助けたいです。

人助け、したいんです……私、困ってたときに、助けてもらったことがあって。

人助けってすごいって思えて……でも下手くそで、うまくできなくて

雨音 光

下手くそじゃないよ。

今日、まなと君の気持ちをあっという間に聞き出したじゃん

川越 晴華

そう……ですかね

雨音 光

そうだよ。ねえ

風が吹く。先輩の長い前髪が、風に揺れる。

その向こうから覗く視線が、とても真剣に、私に問いかける。

雨音 光

一緒に、人助けする?

川越 晴華

――え?

雨音 光

猫見ができる俺は、この能力を人を助けることに使ってる。

それが、決まりでもある

先輩が微笑んだ。

雨音 光

川越さんを助けたのも、俺だけの力じゃない。

レインの力でもあるんだよ

川越 晴華

え、そうなんですか?

雨音 光

そう。

ひっかけてた足、押された感じしなかった?

そういえば、あのとき、風が足を押したと思っていたけれど……あれは、レインが押してくれてたんだ。

雨音 光

柵をひょいと飛び越えて、川越さんの足を押して、そのまま川越さんの上を通過してこちらがわに着地。

見事だったんだよ

川越 晴華

そうだったの……ありがとね、レイン

レイン

……いつものことですよ

レインは、顔を埋めて尻尾を二回ふった。

照れているみたいだ。

雨音 光

一人でやると、限界がある。

今日みたいに、気がつけないこともある。


もし、川越さんがよければ、手伝ってほしい。

もちろん、嫌なら断ってね

先輩が、心配そうにこちらを見る。

そんなに心配そうにしなくても。

川越 晴華

断る理由なんて、ないです!

雨音 光

やった

先輩は、にかっと笑った。

初めて見る笑顔だ。

雨音 光

嬉しい

ブランコから降り、先輩は、大きな手を差し出した。

雨音 光

よろしく、川越さん

私の差し出した手は、先輩の手にすっぽり収まってしまった。


ごつごつした、男の人の手。

抱き締められたことを、ふっと思い出してしまう。

川越 晴華

わっ!

雨音 光

ん?

川越 晴華

いやっ! えっと!

立ち上がって、ぎゅっと手を握った。

川越 晴華

光栄です! 

よろしくお願いします!

にゃー、と足元から二匹の猫の声がした。

レイン

僕、膝上の僕らのことを忘れて立ち上がるのはどうかと思うんだけど

クロニャ

私もレインに賛成だにゃあ

不満そうにこちらをにらむ二匹を見て、私と先輩は同時にふきだした。

その夜、これは先輩に伝えておかなくちゃ、と思ったことがあり、夜中にならないうちにと先輩に連絡をすることにした。

晴華

先輩、私、気になる人がいるんです!

にゃいんで送信!

雨音光

……うん?

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