ああ、綺麗な月ですね、ラファエル様

 下ばかり向いて歩いてきた僕の人生。
 こんな綺麗な月をみたのはいつぶりだろう。
 遠い目になり感慨にふける。

ちょっと。う○こを漏らしたような顔をして一体どうしたの?



……僕は諸事情により異世界に転送され、天使であるラファエルと旅をしている。

 一応ラファエル様と呼ぶ許可は頂いたのだが、この天使様、実に酷い。

 罵倒の神様、いや天使様だ。

しかしこんな森の中を歩いていて大丈夫なんでしょうか? 野犬とか熊とか

大丈夫よ。いざとなれば猫の姿で切り抜けましょう

それ、僕できないんですけど

一応集落の近くに転送するよう設定したので、朝までにはどこかへ着くはずよ





 そうして僕らは、何時間歩いただろうか。
 デブにはつらく、ひいひい言いながらラファエルについていく僕。




 夜も明ける頃、それは起こった。

 


ガサガサガサ

なにっ!?

 草陰で何かが動くのを目にした。

何かいるわね

ラララ、ラファエルさまは、ぼぼぼくの後ろへ!

にゃ(わかったわ)

 そう言ってラファエルは猫に変身し、僕の後ろに。

 というか草むらに逃げていった。

ちょっ、にげ

ひいいいい!

 これは熊でもイノシシでもない。
 絶対あれだ。

 モンスターだ。

 てことはもう異世界転送は間違いない。
 しかも俺TUEEEしてない。

うわあああ、たすけてええええ

 僕はモンスターに背を向け、一目散に逃げる。

 だが、そいつはドスンドスンと追いかけてきた。

やばいやばい! 追いつかれる!

 その時だった。

 急にモンスターが雄たけびをあげ、倒れこむ。

 矢が飛んできてモンスターに刺さったのだ。



やべーっす! やべーっす!

 気が動転して右往左往する。

 今度は僕の足元、地面にズシャっと矢が刺さる。

やばいやばいやばいやばい!

 へにゃりこむ僕。
 恐怖で漏らしそう。

 そこへ女性の声が聞こえてくる。

大丈夫かな!? 今行くからじっとしてて!

 木の上から発せられた声の主が、ぴょいぴょいと飛び移りながら僕のもとへやってくる。

はわわわわ、今度はなに、今度はなに!

 うずくまって両手で頭を抱える僕。

ごめんねー! 動き回ると余計に魔物が集まってくるから

あわあわわわ

うちの名前はヒーチ。もう大丈夫だよー

 僕は頭を起こし声の主を見る。

あああ、ありがとうございます

 優しい笑顔で思わず見とれてしまう。
 しかしよく見るとこの耳は。

 エルフ耳!!

 まじか、人外アリですか。
 なんとファンタジーな世界。
 わくてか。

えっと、あんまり見つめないでくれるかな……

ああ! ごめんなさい! つい! 不快な思いをさせてごめんなさい!

ううん、あまりにもカッコいいから……照れる

あわわわ、これでも人間なんです! すみません! 生きててすみません!

 ん?
 かっこいい?
 だれが?

 いや、ありえない。


 思い出せ、僕の人生を。


 そうだ、中学生のとき。

 廊下で自分に挨拶してくれたのかと勘違いしてバイバイと返したら、後ろの人に声かけてただけで、お前じゃねーよキモヲタ野郎と引かれたトラウマを。

 それから僕は人と関わるのを止めた。



にゃー(無事だったのね)

あ、ラファエル様

 僕を置いて逃げた天使。

にゃー(モンスターのエサにでもなれば少しは世界に貢献できたろうに)

 最低な天使だ。
 そら神様も頭悩ませてるだろうな。

 僕は両手で黒猫を抱き上げる。

いてて!

 思いっきり噛まれた。
 しかも、汚いものを噛んだとばかりにペッペッペと唾を吐く仕草をしている。
 ああ、やはりラファエル様だ。

あはは、君の猫? やんちゃだねー

……ええ、まあ

 こんな可愛い子と話したことないから緊張するなあ。

てか、なんでこんなとこに丸腰でいるのかな?

ええと、なんて言いますか……ここがどこかもわからないんです

うそ!? 記憶喪失ってやつかな!?

あー、そう、そんな感じです。
ここはどこ、わたしはだあれ?

それは大変だよー! とにかくこんなところにいちゃ危ないから、うちへ来なよ!

 うは、こんな可愛い子の家に行くの?
 なにするの?
 なにをどうするの?
 アレをナニするの?

ひ、一人暮らしですか?

いてて

 なんだよ、下心ぐらいあるもん、妄想させてくださいよ。

家族みんなで住んでるよ! お母さんイケメン好きだからきっと大歓迎だよー!








……そうして僕らはヒーチと名乗る少女に連れられ、エルフの村へと着いたのだった。












pagetop