小さなトラブルはあったが、リハーサルは何事もなく順調に終わった。ライブはすでに始まっていて、最初の出演バンドが演奏を始めている。燈莉達の出番はまだ先なので、ドリンクを片手にステージから届く音に耳を傾けていた。
 一曲目が終わり、ボーカルがバンドの自己紹介を始めると、目を瞑り音を聴くことに集中していた瑠華は、独り言のように呟いた。

瑠華

このバンドのボーカル、歌がうまいわね

 透き通るようなクリアな声色だが、人の耳にインパクトを与える倍音成分を持つ声。そして芯がありビブラートの周期も心地よい。その歌声は聴いた人にうまいと言わせる要素は十分にあった。聖夜もその実力にやや興奮している。

聖夜

ほんまにうまいわ。しかもめっちゃ可愛いやんあの子。絶対に天は二物を与えずっていうのはうそっぱちやで

燈莉

まああいつが歌がうまいのは認めるけど、俺はちょっと苦手

 燈莉は苦笑いを浮かべている。

瑠華

大丈夫よ。正直言うと燈莉は明らかに実力では負けているわ。でも一生懸命がんばれば……ね

 燈莉の肩を叩きながら、珍しくフォローの言葉をかける瑠華。気を使っての発言だったのだが、燈莉が苦手と言ったのは、また別の理由からだった。

燈莉

違うんだ。あいつの歌はすごいよ。元々知り合いだし。というかブッキングしてたバンドにあいつがいたとは……はあ

瑠華

へえ、知り合いなんだ

 瑠華は言葉の端に何かしらの意味も込めながらも、至って冷静に言った。対して聖夜は顔に気になると書いた紙が張り付いているくらい、分かりやすい表情をしている。 

聖夜

ど、ど、どんな関係だったんだね燈莉君。少しおじさんに話してみなさい

燈莉

聖夜。なんか少しキャラクターが破綻してるぞ。あいつは昔からの知り合い。ただそれだけだよ。俺ちょっと外の風に当たってくる

 燈莉は手に持っていたドリンクのカップをテーブルに置き、外に出て行った。

聖夜

のっぴきならぬ事情でもあるのですかのう。瑠華殿

 聖夜はまるで顎に髭が生えた老人のように、顎の髭をもしゃもしゃする動作をしている。

瑠華

どうしたの聖夜。なんだか本当に少しおかしいわよ。燈莉がただの知り合いって言っていたのだからそれだけじゃないの?

聖夜

ほんまに瑠華は強がりさんやなあ

 次の曲が始まった。二人はまたステージの方に向き直り、彼女の歌を聴く体制に入った。心地よい歌声で非の打ち所のない素晴らしさ。嫉妬しているのはその才能なのか、それ以外の感情より生まれてくるものなのかが分からず、もやもやとした思いで二人はその場に佇んでいた。

 ステージの袖から奥に行ったところにある控え室で、出番を控えた燈莉達がいた。何度経験してもライブ前の緊張感は変わらない。そんな空気を吹き飛ばしたのは、思いもよらない人物だった。

ティモ

とぉぉぉうぅぅぅりぃぃぃ!

 燈莉に向かって両手を前に伸ばしおもいっきり突っ込んできたのは、先程話題になった圧倒的な歌唱力を持つボーカリスト。ふわりと舞った銀髪を煌かせながら、透き通るような白い肌をした両方の腕で、しっかりと燈莉にしがみつき胸板に頬擦りをする。

ティモ

久しぶり、燈莉。会いたかったよー! 全然連絡くれないから寂しくて死んじゃうかと思った

 燈莉は必死に引き剥がそうとするが、どんなに力を入れてもくっついて離れない。そんな状況をメンバー一同がジト目で見ている。

燈莉

こらっ! 暑苦しいから止めろよ

都流樹

燈莉よ。女っ気のまったくないお前が、そんな可愛い子のハートを打ち抜いていたとはな。この生粋のロールキャベツ男子め

 都流樹が冗談っぽく冷やかすが、雲行きは燈莉にとって良い状態ではない。

ティモ

ねえねえ、どうだった私のバンド。いい感じにまとまってるでしょ?

燈莉

よかったよ。相変わらず歌もうまかった。だからとりあえず離れろよ

 さすがに周囲の空気に気がついた銀髪の少女は、燈莉から離れてバンドメンバー全員が視界に入る位置に立つ。

ティモ

みなさん初めまして。今日のライブ一番手でさせていただきましたキャメロットというバンドのボーカルをしているティモと申します。よろしくお願いします

 彼女は見た目や言動に対して、しっかりと礼儀正しく挨拶をした。

瑠華

よろしく。さっきのあなたの歌、とても素晴らしかったわ

 瑠華に褒められてティモは赤面しながら両手で顔を隠して恥ずかしそうにしている。

瑠華

で、燈莉。この子とはずいぶんと仲が良いようね

 鋭い眼光で燈莉を貫く瑠華。

聖夜

うちも気になるなあ、二人の関係。ただの知り合いとは言わせへんで

 聖夜も瑠華の追従して言葉を重ねる。
 こんな時は真っ先にいじりにくると思われた天羽は、頬を朱に染めながら口をぱくぱくさせている。彼女は男女の関係などには疎かった。

燈莉

だからさっきも言っただろ。ただの知り合いだって

ティモ

ただの知り合い? 酷いよ……私達の関係ってそんな薄っぺらいものだったの?

 ティモは瞳に涙を溜めて、声を震わせながら言った。

燈莉

おいティモ。そういうの気持ち悪いからほんとに止めろよ

 そう言うと、ソファに座っていた都流樹が立ち上がり、燈莉との距離を詰める。

都流樹

燈莉。今のはさすがに言いすぎだろ。この子泣いてるぞ

燈莉

いいんですよ都流樹さん。こいつにはこれくらいお灸を据えてやらないと

都流樹

お前ちょっときつ過ぎるわ。女の子相手にそれはない

 都流樹の声には若干の怒りが含まれていた。しかし普段の燈莉はここまで異性にきつく当たることがないので、同時に不自然さを感じていた。
 聖夜もなれなれしいティモの行動に気になるところがあったが、燈莉の言葉に悲しむ彼女を責めることはできなかった。

聖夜

ちょっと燈莉。どういう仲なんかはわからんけど、ティモちゃん可哀想やわ

 燈莉にもみんなに言われる理由は分かっていた。好感を持ってくれている女の子に酷い対応をしている。 傍から見れば間違いなくそう捉えるらえられることだろう。だからこの状況に陥っている理由を伝えなければならない。

燈莉

俺の説明不足だったよ。ティモは健気な女の子に見えるけどそうじゃないんだ

聖夜

どういうこと? ほんまは悪賢い子とかなん?

 うまく伝えることのできない燈莉は、最もわかりやすい言葉を選んで発した。

燈莉

ティモは、男の娘なんだよ

 全員が驚愕を顔で表現している。燈莉の発言により、時が止まった。

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