エピローグ

 誰もいない夜の河川敷の土手で、青葉は一人、無言で佇んでいた。

 外に出ていれば、月明かりは変わらず平等に降り注ぐ。地球上のちっぽけな命の一つでしかない彼女にもスポットライトは当たっていた。
 懐からオルゴールを取り出し、ぜんまいを巻いて、指をそっと離す。

 流れる曲はいつもと変わらず『荒城の月』。しばらく、川のせせらぎと共に黙って曲を聞き流した。その間、不思議なことに、頭の中には雑念が一切生まれなかった。

 ぜんまいが止まり、曲が全て終わると、青葉はオルゴールを高く宙に放り投げた。

 右手を一閃させ、電光石火の如く速さで懐からベレッタを抜き、発砲。

 十六年の人生を共にした手垢だらけのオルゴールは、九ミリパラベラム弾の一発で粉々に四散して、底が見えない川の藻屑となって消え失せた。

気は済んだか?

 自分以外に誰もいない筈なのに、どこからともなく訊ねてくる声があった。

 いま一度、周囲を見渡してみる。

 やはり、ここには自分以外、誰もいなかった。

貴陽青葉

ああ

 とりあえず答えておいて、青葉は銃をジャケットの懐に仕舞った。

 姿なき声が忠告してくる。

お前は過去と決別したつもりかもしれないが、人間誰しも過去からは逃れられない。物理的な一発でさえ、過去を消し去るには殺傷力が常に不足している

貴陽青葉

だとしても、お前が思うような私には絶対ならない

入間宰三

だったら、その心がけを決して忘れないことだ

 姿なき声は、この言葉を最後に途絶えてしまった。

 もう、耳障りな音楽と声は聞こえない。

貴陽青葉

忘れないさ。嫌でも思い出すからな

 川の水面に映った月を眺めると、青葉は折りを見て、この河川敷を後にした。


『群青の探偵』編
終わり

『群青の探偵』編/エピローグ

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