――桜舞い散る、新たな季節。
――桜舞い散る、新たな季節。
……っ!
君……新入生?
魅入られた人に、俺は声をかけられ。
ふふ
その人が近づくほど、胸の鼓動が激しくなっていき。
ねえ、まだサークルは決まっていないの?
あ、はい……まだ、ですけど
緊張しながら返せた言葉は、そんなものしかなく。
だから、嬉しそうにほころぶその人の笑顔が、とてもまぶしくて。
じゃあ……
射抜かれた笑顔と、眼鏡のフレームにばかり、気がいっていて。
眼鏡、かけよう
……ん?
最初、その人の言っている意味が、よくわからなかったわけです。
捕獲! 拘束! 最後に装着!
言っている意味が分からない!
背中を捕まれ、すごい力で引きずられている俺。
たどり着いた先は、とある学内の一室。
あらあら、新入生さん来てくれたの? すごいわね~
やばいっすね、やばいっすよ、俺が最後の新人だと想ってたからマジテンションあがるっすわ!
言っていることは終末だな。その通りだが
そこには見知らぬ顔が三つ。
落ち着いた雰囲気から、上級生だろうか。
(全員、眼鏡をかけてる……)
珍しいことではない。眼鏡なんて、外に出て見かけない日はないくらいだ。
だが、部屋の様子とあわせ、ただならぬ雰囲気を俺は感じた。
(なんだ、この部屋は……?)
ぱっと見は、サークルっぽい部屋の雰囲気がある。
本棚に詰まった本や、パソコンに筆記具、菓子に飲み物。
ちょっと気だるげな空気が、私物化したサークル活動のイメージを浮かばせる。
ところで、その子は?
眼鏡かけたい顔してるでしょ、この子!
いやいやいや!
嫌よ嫌よも好きの内~
俺の背中から手を離し、嬉しそうにくるくると回りながら言う先輩の顔。
ぴたりと回転を止め、先輩は近場にあった透明の箱へ視線を向ける。
さてさて、どの子がよく似合うかな~?
――その、透明のウィンドウケースには、びっしり収まった眼鏡がずらりと並んでいる。
あの、なにを見ているんですか
眼鏡
めがねよね~
メガネっすね
グラッスィだな
同じですよね、全部同じ眼鏡ですよね!?
俺は想わず絶叫し、あたりの人達に突っ込む。
だがしかし、相手はまるで応えた様子もなく、各々が眼鏡をなおす仕草をした。
なんだよ。なんのチームなんですか。
当たり前のことを聞かれて、当たり前のことを返されたわ~
いやいや落ち着いて、まだ彼はこの子達の素晴らしさに気づいてないだけなんだから
女性二人の会話からは、なんだか俺が悪者のイメージ。
口を出さずにはいられず、俺は部屋のなかへ近づいて言ってしまう。
ここはいったいなんなんです? どうして俺、こんなところに連れてこられたんですか?
先ほどのウィンドウに収められた眼鏡のほか、マネキン人形に収められた眼鏡も視界に入る。
他にも、本棚にも眼鏡の文字があるし、視力検査に使うような表も壁に貼られていた。
『眼鏡は神へ至る道』
『少年少女よ、眼鏡を抱け』
……これは、もしかして。
あらあら、嫌がる新入生を無理矢理連れてきたの? それはいけないわ~
おっとりしていそうな女性が、俺を連れてきた先輩を注意している。
(おぉ、まともな意見。本はともかく、話は通じそう……)
その女性が持っている本の表紙も、また眼鏡が大きく載っているのが気にはなったが。
だが、俺の期待はあっさりと裏切られることになる。
だめよ~。まずは、眼鏡のテンプルに手をかけたら、恐怖で震えるようにしないと
え
もし勝手に眼鏡を外したら、殺されるんじゃないか? って、そう想えるくらいに調教してから連れてこないと~。
訴えられてからじゃ遅いのよ~?
おっとりした女性の言葉に、先輩はパンと両手を叩く。
そうか、さすが鏡子ちゃん! 頭いいわね
うなずく愛ちゃんも可愛いわ~
……警察って110番でいいんだっけ
すっとスマホをとりだした俺の手元。
だが、ぱしんとした軽い痛みがあった後。
ゲッツ!
なっ……!
俺の手から、スマホが奪われていた!
おい、返せ!
あぁ、返すさ……ある一つの条件を、満たしてくれればな!
ターバンに髭という、学内には似つかわしくない男の真剣な顔。
条件……それは、いったい?
律儀に聞いてしまった俺に、おそらく年上だろう男は答える。
『先輩……眼鏡、貸してください』って甘い声で答えたら――
ぐぎり。
――ダシャアッ!?
すさまじい悲鳴が響いた。
大の男の手首を捻りあげる、先輩の細腕。
なるほど、俺の身体も引きずられるわけだ……と、妙に感心する。
ばかなこと言ってないで返しなさいよ
あぁ、ひどい!
すいっと先輩は男の手から、俺のスマホを奪い取り。
そのまま軽いスイングで、こちらへスマホを投げ返してくれた。
おぉ、っと……
受け止めて、スマホと先輩の間を交互に見る。
どうしたの?
あっさり返してくれるとは想わなくて、俺は反応に困る。
……いや、すみません。おかしいけど、ありがとうございます
じゃあスマホ取り返してあげたから、眼鏡かけてくれる?
いや奪われたのここに来たせいなんですけど
だってこの会に入るなら、眼鏡かけてもらわないと
入りませんよ! というか、なんですかこのサークルは!?
俺の叫びに、4人が顔を見合わせる。
ひそひそと、顔を寄せてなにかを話し合っている。
……が。
ぱっと見でわからないなんて、大丈夫かしら~
俺、後輩を育てる自信なくなっちまいましたよ……
育ててもいないし始まってもいないがな
大丈夫大丈夫なんとかなるよ!
割とひそひそしていなかった。
あの、帰っていいですか
もしかすると、ここで逃げるべきだったんだろうか。
心の片隅で想いながら、俺は問いかけてしまった。
集まっていた4人が離れ、俺を引きずってきた先輩が、どやっ、とした自信顔で笑みを浮かべる。
なにかを期待してしまいそうになる、そんな気迫。
――桜並木で俺が感じた、高揚感。それを、想い出させてくれる笑顔だった。