――桜舞い散る、新たな季節。

天宮 純(あまみや じゅん)

……っ!

眼橋 愛(がんきょう あい)

君……新入生?

 魅入られた人に、俺は声をかけられ。

眼橋 愛(がんきょう あい)

ふふ

 その人が近づくほど、胸の鼓動が激しくなっていき。

眼橋 愛(がんきょう あい)

ねえ、まだサークルは決まっていないの?

天宮 純(あまみや じゅん)

あ、はい……まだ、ですけど

 緊張しながら返せた言葉は、そんなものしかなく。
 だから、嬉しそうにほころぶその人の笑顔が、とてもまぶしくて。

眼橋 愛(がんきょう あい)

じゃあ……

 射抜かれた笑顔と、眼鏡のフレームにばかり、気がいっていて。

眼橋 愛(がんきょう あい)

眼鏡、かけよう

天宮 純(あまみや じゅん)

……ん?

 最初、その人の言っている意味が、よくわからなかったわけです。

眼橋 愛(がんきょう あい)

捕獲! 拘束! 最後に装着!

天宮 純(あまみや じゅん)

言っている意味が分からない!

 背中を捕まれ、すごい力で引きずられている俺。
 たどり着いた先は、とある学内の一室。

丸渕 鏡子(まるぶち きょうこ)

あらあら、新入生さん来てくれたの? すごいわね~

舞上 進(まいうえ すすむ)

やばいっすね、やばいっすよ、俺が最後の新人だと想ってたからマジテンションあがるっすわ!

鏡 映介(かがみ えいすけ)

言っていることは終末だな。その通りだが

 そこには見知らぬ顔が三つ。
 落ち着いた雰囲気から、上級生だろうか。

天宮 純(あまみや じゅん)

(全員、眼鏡をかけてる……)

 珍しいことではない。眼鏡なんて、外に出て見かけない日はないくらいだ。
 だが、部屋の様子とあわせ、ただならぬ雰囲気を俺は感じた。

天宮 純(あまみや じゅん)

(なんだ、この部屋は……?)

 ぱっと見は、サークルっぽい部屋の雰囲気がある。
 本棚に詰まった本や、パソコンに筆記具、菓子に飲み物。
 ちょっと気だるげな空気が、私物化したサークル活動のイメージを浮かばせる。

鏡 映介(かがみ えいすけ)

ところで、その子は?

眼橋 愛(がんきょう あい)

眼鏡かけたい顔してるでしょ、この子!

天宮 純(あまみや じゅん)

いやいやいや!

眼橋 愛(がんきょう あい)

嫌よ嫌よも好きの内~

 俺の背中から手を離し、嬉しそうにくるくると回りながら言う先輩の顔。
 ぴたりと回転を止め、先輩は近場にあった透明の箱へ視線を向ける。

眼橋 愛(がんきょう あい)

さてさて、どの子がよく似合うかな~?

 ――その、透明のウィンドウケースには、びっしり収まった眼鏡がずらりと並んでいる。

天宮 純(あまみや じゅん)

あの、なにを見ているんですか

眼橋 愛(がんきょう あい)

眼鏡

丸渕 鏡子(まるぶち きょうこ)

めがねよね~

舞上 進(まいうえ すすむ)

メガネっすね

鏡 映介(かがみ えいすけ)

グラッスィだな

天宮 純(あまみや じゅん)

同じですよね、全部同じ眼鏡ですよね!?

 俺は想わず絶叫し、あたりの人達に突っ込む。
 だがしかし、相手はまるで応えた様子もなく、各々が眼鏡をなおす仕草をした。
 なんだよ。なんのチームなんですか。

丸渕 鏡子(まるぶち きょうこ)

当たり前のことを聞かれて、当たり前のことを返されたわ~

眼橋 愛(がんきょう あい)

いやいや落ち着いて、まだ彼はこの子達の素晴らしさに気づいてないだけなんだから

 女性二人の会話からは、なんだか俺が悪者のイメージ。
 口を出さずにはいられず、俺は部屋のなかへ近づいて言ってしまう。

天宮 純(あまみや じゅん)

ここはいったいなんなんです? どうして俺、こんなところに連れてこられたんですか?

 先ほどのウィンドウに収められた眼鏡のほか、マネキン人形に収められた眼鏡も視界に入る。
 他にも、本棚にも眼鏡の文字があるし、視力検査に使うような表も壁に貼られていた。

『眼鏡は神へ至る道』

『少年少女よ、眼鏡を抱け』

 ……これは、もしかして。

丸渕 鏡子(まるぶち きょうこ)

あらあら、嫌がる新入生を無理矢理連れてきたの? それはいけないわ~

 おっとりしていそうな女性が、俺を連れてきた先輩を注意している。

天宮 純(あまみや じゅん)

(おぉ、まともな意見。本はともかく、話は通じそう……)

 その女性が持っている本の表紙も、また眼鏡が大きく載っているのが気にはなったが。
 だが、俺の期待はあっさりと裏切られることになる。

丸渕 鏡子(まるぶち きょうこ)

だめよ~。まずは、眼鏡のテンプルに手をかけたら、恐怖で震えるようにしないと

天宮 純(あまみや じゅん)

丸渕 鏡子(まるぶち きょうこ)

もし勝手に眼鏡を外したら、殺されるんじゃないか? って、そう想えるくらいに調教してから連れてこないと~。
訴えられてからじゃ遅いのよ~?

 おっとりした女性の言葉に、先輩はパンと両手を叩く。

眼橋 愛(がんきょう あい)

そうか、さすが鏡子ちゃん! 頭いいわね

丸渕 鏡子(まるぶち きょうこ)

うなずく愛ちゃんも可愛いわ~

天宮 純(あまみや じゅん)

……警察って110番でいいんだっけ

 すっとスマホをとりだした俺の手元。


 だが、ぱしんとした軽い痛みがあった後。

舞上 進(まいうえ すすむ)

ゲッツ!

天宮 純(あまみや じゅん)

なっ……!

 俺の手から、スマホが奪われていた!

天宮 純(あまみや じゅん)

おい、返せ!

舞上 進(まいうえ すすむ)

あぁ、返すさ……ある一つの条件を、満たしてくれればな!

 ターバンに髭という、学内には似つかわしくない男の真剣な顔。

天宮 純(あまみや じゅん)

条件……それは、いったい?

 律儀に聞いてしまった俺に、おそらく年上だろう男は答える。

舞上 進(まいうえ すすむ)

『先輩……眼鏡、貸してください』って甘い声で答えたら――

 ぐぎり。

舞上 進(まいうえ すすむ)

――ダシャアッ!?

 すさまじい悲鳴が響いた。
 大の男の手首を捻りあげる、先輩の細腕。

 なるほど、俺の身体も引きずられるわけだ……と、妙に感心する。

眼橋 愛(がんきょう あい)

ばかなこと言ってないで返しなさいよ

舞上 進(まいうえ すすむ)

あぁ、ひどい!

 すいっと先輩は男の手から、俺のスマホを奪い取り。

 そのまま軽いスイングで、こちらへスマホを投げ返してくれた。

天宮 純(あまみや じゅん)

おぉ、っと……

 受け止めて、スマホと先輩の間を交互に見る。

眼橋 愛(がんきょう あい)

どうしたの?

 あっさり返してくれるとは想わなくて、俺は反応に困る。

天宮 純(あまみや じゅん)

……いや、すみません。おかしいけど、ありがとうございます

眼橋 愛(がんきょう あい)

じゃあスマホ取り返してあげたから、眼鏡かけてくれる?

天宮 純(あまみや じゅん)

いや奪われたのここに来たせいなんですけど

眼橋 愛(がんきょう あい)

だってこの会に入るなら、眼鏡かけてもらわないと

天宮 純(あまみや じゅん)

入りませんよ! というか、なんですかこのサークルは!?

 俺の叫びに、4人が顔を見合わせる。
 ひそひそと、顔を寄せてなにかを話し合っている。
 ……が。

丸渕 鏡子(まるぶち きょうこ)

ぱっと見でわからないなんて、大丈夫かしら~

舞上 進(まいうえ すすむ)

俺、後輩を育てる自信なくなっちまいましたよ……

鏡 映介(かがみ えいすけ)

育ててもいないし始まってもいないがな

眼橋 愛(がんきょう あい)

大丈夫大丈夫なんとかなるよ!

 割とひそひそしていなかった。

天宮 純(あまみや じゅん)

あの、帰っていいですか

 もしかすると、ここで逃げるべきだったんだろうか。
 心の片隅で想いながら、俺は問いかけてしまった。
 集まっていた4人が離れ、俺を引きずってきた先輩が、どやっ、とした自信顔で笑みを浮かべる。
 なにかを期待してしまいそうになる、そんな気迫。

 ――桜並木で俺が感じた、高揚感。それを、想い出させてくれる笑顔だった。

まずはかけろ、恋はそれからだ - 01

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