返事をすると社は向陽の手を取って、すぐ近くにあった印刷室へ彼女を連れ込む。
すると、社は鍵がきちんと閉まったかと入念にチェックした。
あの向陽さん、ちょっと今……少し話したいんだけど……
はい何でしょう?
返事をすると社は向陽の手を取って、すぐ近くにあった印刷室へ彼女を連れ込む。
すると、社は鍵がきちんと閉まったかと入念にチェックした。
この流れはまるで、イタズラの紙に書いてあった通りの……これから彼が
〝女子生徒へ性的暴行を振るう〟
のではと思わせる展開だ。
因みに反対側のドアは元々開かない仕組みになっている。
先生? どうかしましたか?
……もしかして、誰にも聞かれたくない話……とか?
そう向陽が冗談っぽく笑うと、社は長くため息を吐き、まずは眼鏡を外した。
折り畳んで、胸ポケットへ裸のまま入れる。
……さて
はい
社の声のトーンが下がる。
目つきも急に悪くなる。
作っていた表情筋を崩したような、無表情だ。
オマエ、一年の向陽……って言ったな?
はい! 向陽眞桜(まお)です!
1年A組です!
本当に先週入学したばっかりか?
もちろんです!
じゃあどうして、昨日の放課後、オレがコーヒーを買いに行った所を見たんだ?
オレはいつも誰にもばれないで帰ってくるってのに……誰かに見られてると思ったら……
二重人格などではない。
簡単に言えば、社優仁は大変な〝猫かぶり〟なのだ。
外では人当たり良く、物腰柔らかい優男を装っているが、元の社はこういう人間。
どうして、って……そんなの当たり前じゃないですか! だって先生ですから!
……は?
あたし、この学校に来たの、先生を追ってなんですよ!
ニコッと、目の前にあるのは純粋な少女の笑顔。
社の記憶には全く無いが、どうやら彼女とはどこかで会ったようだ。
そして彼女は社に何かしらの感情を抱き、志望校を社の勤め先の学校に合わせ……。
ちょっと待て、それはおかしくないか?
はい?
まず、オマエはどうして俺が高校教員で、その勤め先までも把握出来ているんだ?
調べたのか?
はい、調べました!
そうか。じゃあ次、俺がこの学校に来たのは去年の秋からだ。今日までに半年も無いのに、その転勤まで知ってたのか? それとも偶然か?
とんでもない!
調べて調整して、この学校に入ったんです!
わかった。では最後に、……前の学校はにクズばかりのごみ溜めと言ってもいい所だった。
偏差値だってドベだ、偏差値という言葉を使いこなせる奴すらあそこにはいなかったろう……。
だがこの学校はあの掃き溜めとは違い、偏差値でも20は差がある。
俺の転勤が決まってから俺を追いかけ回してたなら話は別だが……どうだ?
学力の方は問題なかったのか?
はい大丈夫です!
学力を二十上げるなんて、先生の為なら造作もありません!
ニコッと、変わらぬ真っ直ぐな、可愛らしい笑顔。
……
そこまでの向陽の返答を聞き、社はあることを思い出して聞いてみることにした。
二年前から、オレの周りを嗅ぎまわってる奴が一人いたんだ
先生を、ですか!? 許せませんね!
そうなんだよ。やたら視線は感じるし、住んでるマンションの隣の住民が突然いなくなったと思ったらすぐに新しい奴が入ってくるし……しかもそれが中学生のガキだとかいうからクソ生意気だと思ってたんだよ
中学生がマンションに一人暮らしなんて……!
親は何を考えてるんでしょう!
それから家にいても誰かに見られてる気がしてな。
調べてみたら、至る所から小型カメラとマイクが出て来てな……
誰かが不法侵入して設置したんでしょうか!?
プライバシーの侵害です!
……オマエさっきからそれ、本気で言ってる?
?
本気ですよ?
…………
話を続けよう。
だがな、そんだけ四六時中視線を感じてたらな、流石のオレでも慣れて……慣れてから気付いたんだよ
気付いた……何をですか!?
これは重度なストーカーだが違う所がある。
恐らくそのストーカー自身のポリシーなのかは知らないが……一貫してることがあった。それは……
……それは?
ごくりと喉を鳴らして待っていると、目いっぱいのタメがあってから、社は答えた。
絶対に、オレの邪魔はしない
誰と通話しても盗聴され、どこに出掛けても視線を感じ、暇つぶしに女に声を掛けてホテルに行っても誰かにつけられ……。
ソイツは絶対に自分を見ている。
ストーカーだ。
だが絶対に、こちらには干渉してこない。特に、
自分が不快だと思うようなことは、絶対にしない。
あれ、全部オマエか。
……向陽
はい!
即答だった。
とんだ迷惑な十代女子に目を付けられたものだ……と呆れてため息を漏らしていると、向陽は目を輝かせてこちらを見上げていた。
あたし、先生のことは全て知りたいんです!
でもまだ温いと思ってるんですよ
温い……ね
はい。先生が他の人に話せないようなことを沢山しているのは知ってますよ!
全て映像と音声で残ってますけど、誰にも見せてませんし誰かに見せる気もありません。
もちろん先生が『消せ』と言うならこのボタンで木っ端微塵です!
手のひらサイズの小さなボタンがついた機械。
アンテナが立っているのが怪しい。
先生はあのコーヒーしか飲まないんですよね?
先生の家には箱でありますし、眼鏡を掛けている時は極力飲まないようにしてるのはイメージ保持の為ですから。
あんなに大好きな物を我慢してまでなんて……先生は本当に完璧主義者というか……もうスゴすぎて……
……
本当はですね!
昨日だってお夕飯作ったり、溜まってる洗濯物だってやってあげたいなって思ってたんですよ!
先生だって、片付けたいけどハウスクリーニング雇うと色々厄介ですから駄目なんですよねぇ……あ!
でも、あたしはそんな勝手にやったりしませんよ?
先生そういうの気持ち悪いって思うじゃないですか。
だから絶対しません。
先生の許可が下りればしますけど……
あ、あとですね!
先生とお付き合いのある人達の情報は全てあたしのマル秘ノートに記録してますから、裏切者とかの情報いりますか?
必要だったらいつでも言ってください!
でも言われるまではあたしは何も言いませんし、しません。あたしのせいで先生の人生の一秒でも無駄にさせるなんて駄目ですから
……あ、今は例外です。
先生が話があるって言ってたので、ついでです。
あ、時間大丈夫ですか?
そろそろ連絡定期確認の時間ですよね?
そこで一段落した。
顔色一つ変えることなく、向陽の長台詞を聞いていた社はしばらく間を置いて……頷く。
ストーカー、情報通、それにオレのネット情報を把握してるってことは……そういうことか。……ハハ、ならさ、向陽
はい!
さっきのイタズラの紙、アレの本当の『変態教師』って誰か知ってるか?
はい、知ってますよ!
一年の数学担当の高畑(たかはた)先生です!
今日職員室へ一番に到着し、あの紙の第一発見者である数学教師の高畑。
あの紙を本人が書いたか、それとも第三者が書いたかまでは今の段階ではわからないが……本人もさぞ動揺したことだろう。
女子生徒に対するセクハラがこの学校内であるとバレてしまったのだから……。
因みに高畑先生からセクハラを受けてるのはあたしです!
……
えへへと頭をかいているが、微塵も可愛くなかった。
あたしが我慢してれば、先生へ被害は及びませんからね!
任せて下さいと無い胸を張る向陽だが、フムと社は頷いて時計を見た。
そして、楽しいことを思い付いたようにニヤリと笑う。
よし、向陽
はい!
オレのボランティアに参加しろ
……?
はい!
現代文担当教師の社優仁は、ボランティア部の副顧問である。
続く...
やばい、これは読むの止まらなくなってきそうw