鬼ごっこ ルール

・ゲーム時間は三十分

・ベランダ、屋上の使用は禁止

・消火器などの備品や、商品の使用は禁止

・ゲーム中はデパートの外に出ないこと

αデパートの明かりは全て消灯され、各々に懐中電灯とGPS機能付きの腕時計が配られた。何でも、この腕時計には毒針が仕込まれているらしく、ゲーム中にデパートから出たり、腕時計を外そうとしたりすると自動的に飛び出す仕組みになっているらしい。

俺は腕時計を付けながら、とりあえず一階の隅――エスカレーターの前まで来た。エスカレーターは動いておらず、後ろと右側は壁で、眼前の視界は見えて五メートルほどだろうか、意外と暗い。

ジョーク

皆様、準備はよろしいでしょうか?

館内放送だろう、ジョークの声は閑静なデパート内によく響く。

ジョーク

――それでは、ゲームスタートでございます

監視カメラで状況を見ていると言ったから、恐らく返事をせずとも全員が準備が出来ているのを確認したのだろう。開始が宣言された。

――と、同時に。

何か、音がした。響いてきた感じから上の階だと思うが――。

黒谷陽炎

今のが鬼とは限らないよな……

そう考えて、周囲を確認する。懐中電灯を点けるか悩んだが、ここは使うことにした。鬼に場所がバレる可能性もあるが、ばったり出遭うよりはマシなはずだ。

――まあ、出遭ったら最後、らしいけど……。

懐中電灯の明かりに照らされ、少し視界が開ける。

どうやらここは、ケーキ売り場のようだった。当たり前だがショーウィンドウにケーキは無く、商品名の書かれた札があるだけ。

黒谷陽炎

この状況下でお腹は減らないよなぁ……

通り抜けざまそんなことを考えて、ゆっくりと耳を澄ませながら歩を進めていく。

――そして、一階の中央部だろう場所に来た時、唐突に悲鳴が聞こえてきた。

黒谷陽炎

まさか――?!

既に誰かが殺されたのだろうか? 今の声からして、宝条絢香だと思うが――。

黒谷陽炎

どうする……?

俺は自問自答を繰り返した。様子を見にいけば、それだけ鬼と出くわすリスクは高まる。何なら死にに行くようなものだ。

黒谷陽炎

――でも

せっかく知り合った縁。それを蔑ろにはしたくない。こんな状況だけど、逆にこんな状況だからこそ――。

――それに、うまくいけば鬼に見つかることなく鬼を視認できるかもしれない。

黒谷陽炎

……よし

俺は決意を固め、来た道を引き返した。止まったエスカレーターを駆け上がり、その後はゆっくりと慎重に歩いていく。

黒谷陽炎

…………ん?

と、数メートル先に懐中電灯の光が見えた。急いで懐中電灯を切り、柱の陰に隠れる。

――果たして。出てきたのは、宝条学、斎藤輝、宝条絢香の三人だった。宝条絢香に関しては、少し息切れしているように見える。それに……。

黒谷陽炎

泣いてる……?

なんで? と思ったが、その答えはすぐにわかった。

斎藤輝

あれ? 黒谷君じゃん

黒谷陽炎

えっと、悲鳴が聞こえてきたんだけど……

宝条学

あぁ、そのことか……

宝条絢香

あ、あの……えっと……

斎藤輝

絢香ちゃんが段差で躓いてさ、それで死体に躓いたのかと思っちゃったみたいで……

宝条絢香

なんで言っちゃうの?!

黒谷陽炎

そうだったんだ……

人騒がせな話だが、よくよく考えればこれは命懸けのゲーム、そう思ったっておかしくないのかもしれない。

宝条絢香は斎藤輝に泣きながら文句を言っていたが、やがて俺の方を向くと、涙を拭って呟くように言った。

宝条絢香

わ、笑わないでくださいね……

黒谷陽炎

うん、笑わないよ

無事ならそれでいい。

宝条絢香はホッとしたような表情になって、小さく頭を下げた。

斎藤輝

黒谷君はこれからどうするの?

話は変わって。

黒谷陽炎

とりあえず三階に上がろうかなって

宝条学

そうか。
俺たちは一階に行くつもりなんだが……

黒谷陽炎

どうかしたのか?

斎藤輝

う~ん……

妙に歯切れが悪い。

俺は自然と宝条絢香の方を見た。――と同時に、彼女の方から話し始めた。

宝条絢香

……嫌な予感がするんです

黒谷陽炎

嫌な予感……?

宝条絢香

はい……。行っちゃいけないような、そんな気がずっとしてて……

女の勘みたいなものだろうか。宝条絢香は力説する様に、必死に二人に訴えている。

しかし、二人を止めることは出来なかった。結局、三人は一階へと降りて行ってしまった。

黒谷陽炎

大丈夫だよな……

胸中に少しの不安を残しながらも、俺も三階へ向けてエスカレーターを上っていく。

――と、上がってすぐの場所に宮野秋雪がいた。

宮野秋雪

あ、おじさん

黒谷陽炎

俺はまだ高三だ。おじさんじゃない

宮野秋雪

何しに来たの?

黒谷陽炎

いや、鬼でも見つかるかなって思ってさ……

宮野秋雪

……馬鹿?

ストレートに罵倒された……。

宮野秋雪は呆れた表情で続ける。

宮野秋雪

鬼はここにはいないし、それにおじさんのしてることは自殺行為だよ?

黒谷陽炎

そ、そうなんだけどさ……

宮野秋雪の言うことは正論だ。間違ってない。

俺はたじろぎながらも、宮野秋雪の発言の中で気になった事を尋ねてみた。

黒谷陽炎

『鬼はここにはいない』って、なんで断定できるんだよ?

それに返ってきた答えは、至ってシンプルなものだった。

宮野秋雪

鬼は一階にいるからだよ

黒谷陽炎

……は?

宮野秋雪

鬼ごっこ開始と同時に聞こえてきたあの音は、館内放送のスピーカーから流されたフェイクだよ。上層階にいる人たちを下層階に誘導するためのね

宮野秋雪は淡々と説明した。まるで、それは絶対なのだと、そう言うように。

宮野秋雪

確証はないけど、峰吉守って人が殺されてないから多分そうだよ

黒谷陽炎

なんで峰吉さんで判断できるんだよ?

宮野秋雪

だってあの人、一番に死にそうじゃん

そういうこと言っちゃうのかよ……。

俺は呆れたというか何というか、それでもそのことを否定することが出来なかった。宮野秋雪はふんと鼻を鳴らす。

宮野秋雪

それよりいいの? あの三人、一階に行ったんじゃなかった?

黒谷陽炎

……え?

あの三人……。

黒谷陽炎

――っ!

宮野秋雪

あーあ。終わったね

黒谷陽炎

くそっ!

宮野秋雪の言っていることが正しいかはわからない。

ただ――事実である可能性がある。

宮野秋雪

どこ行くの?

黒谷陽炎

今ならまだ間に合うかもしれないだろ?!

俺は上がってきたエスカレーターを一気に下った。足音とか気にせずに、一階に向かって走る。

宮野秋雪

……無駄だよ、もう……

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