ジョーク

それでは、ルールの説明をさせていただきます。

全員の自己紹介が終わり、続いてジョークによるルール説明が始まった。



――のだが。

ジョーク

ルールは至って簡単。三十分の間、鬼から逃げ切ることだけでございます

黒谷陽炎

……え?

草原志乃

……それだけ?

予想していたよりは、すごくあっさりしていた。どこにでもある普通の鬼ごっこのルールだ。

拍子抜けした俺たちに、ジョークはきょとんとした後、再び笑顔を作って付け加えた。

ジョーク

物足りませんか? しかし、他に言うことがあるとすれば、ベランダと屋上は使用禁止、消火器など備品の使用も禁止……ぐらいのものになりますが……

まあ、確かに俺たちが勝手に複雑だと考えていただけだしな……。

俺は気持ちを切り替え、気になったことを訊いてみることにした。それは、ジョークと池山龍生とのやりとりで答えが出なかったためだ。

黒谷陽炎

質問なんだけど……。拒否権とかってあるのか?

――と、その質問に答えたのは、ジョークではなかった。

池山龍生

あるに決まっているだろう。僕は参加しないと言ったはずだ

黒谷陽炎

……はぁ……

俺はジョークに訊いたんだけどな……。

その心情に答えるように、ジョークは咳払いして間に入った。その表情は少し困ったような笑みを浮かべている。

ジョーク

池山様、申し訳ございませんが、この鬼ごっこは絶対参加となっております。……黒谷様の質問に回答するなら、拒否権はない……といったところでございましょうか

そうジョークが答えた瞬間、池山龍生は今までとは打って変わって大きく声を荒げた。

池山龍生

ふざけるなっ!

宝条絢香

――っ?!

草原志乃

――っ?!

突然のことに驚いたのか、宝条絢香と草原志乃は肩を震わせ、俺の背中へと隠れた。二人が収まるほど幅は無いのだが……。

ちなみに、それ以外の面子は特に臆した様子は無かった。予想でもしていたのだろうか、いつかこうなると。

――そして当人の池山龍生はといえば、ジョークをひたすら怒鳴りつけていた。

池山龍生

言っておくが、僕は明日忙しいんだ! こんなことにかまけている時間など無いっ!

ジョーク

そう言われましても、ルールですので……

池山龍生

知るかっ、帰らせてもらう!

ジョークの言葉をそう一蹴して、池山龍生は踵を返した。デパートとは反対方向――広場の出口を目指して歩き出す。

黒谷陽炎

…………

このまま帰してしまうのだろうか……。――そう思った、次の瞬間だった。

ジョーク

――このまま帰られれば、待つのは『死』ですが、それでよろしいですか?

そう放った声の主は、間違いなくジョークだった。今までと変わらない――そしてさっきの困ったような笑みとは違う、不敵な笑みを浮かべた。

池山龍生

……どういうことだ?

池山龍生は、まるで俺たちの気持ちを代弁するかのように、そう訊ねた。

それに対するジョークの答えは、至ってシンプルなものだった。

ジョーク

どういうことも何も、『死』は『死』。
これこそが、この鬼ごっこの肝なのでございます。

そう前置くようにして、ジョークは続けて、ゾッとするような満面の笑顔を浮かべた。

ジョーク

この鬼ごっこは、鬼に捕まれば『死ぬ』のでございます。もちろん、参加しないとなれば、同じく『死んで』いただくしかありません

――最初、何を言っているのかさっぱりわからなかった。言っていることは至って解りやすいのに、脳がそれを理解しようとしない。

――と、その時。

ジョーク

少し、皆様方にご自分の状況を理解していただきましょう

黒谷陽炎

…………は?

斎藤輝

おいおい何だこれ……!

俺たちは三秒となく、銃を持った屈強そうな男たちに囲まれてしまった。宝条絢香と草原志乃は変わらず俺の後ろにいるが、正直盾になれる自身は無い。

銃に囲まれたこの状況と、さっきのジョークの言葉に対し疑問を飛ばす前に、向こうから答えが出た。

ジョーク

皆様方には、これから命を懸けた鬼ごっこをしていただきます。いや、池山様が急かさなければ、順を追って説明するなずだったのですが……

草原志乃

ちょっ……これ、冗談ですよね?!

ジョーク

いえ、全て事実でございますが?

草原志乃

いやいや、そんなわけ……

俺の後ろで必死に首を振る草原志乃。

――しかし、やがてそれは、ありえないと言いたくもなる現実を、徐々に理解していった。

草原志乃

……嘘……ですよね……?

誰に問うているのか、はたまた自分に向けているのか、呟く様な声量の小さな言葉に、返ってくる言葉は無かった。

俺は震える草原志乃と宝条絢香をかばうようにしながら、ジョークへと尋ねた。声は震えに震えているが、気にしている場合じゃない。

黒谷陽炎

死ぬって、つまり鬼に殺されるってことか……?

ジョーク

はい。鬼に見つかったら最後、それが人生の終わりだと思っていただければ

黒谷陽炎

は、はは……

笑い事じゃない。これは現実だ。――それでも、乾いた笑いは漏れ、身体は震える一方だった。

――鬼ごっこに参加するか、否か。生きるか死ぬかの選択の後は、また生きるか死ぬかのサバイバルだ。

黒谷陽炎

なんだよ……これ……

もうどうでもいいと、投げやりになりかけた、その矢先――。

雨宮由紀

――参加するわ

雨宮由紀が、声を上げた。

斎藤輝

雨宮ちゃん? 今、なんて……

雨宮由紀

参加すると言ったんです。そうしないと、確実に殺されるから

雨宮由紀のその声には、全く震えがなかった。その立ち姿も、堂々としている。この事態を、彼女は冷静に分析していた。

雨宮由紀

あなたたちも参加を選ぶべきです。そうすれば確実な『死』は避けることが出来る

斎藤輝

そ、そうかもしんねぇけどよ……

雨宮由紀の言っていることは確かに正しい。

だけど、それを簡単に選べるほど、俺たちは強くは無かった。

ジョーク

どうされますか? わたくし共としても、早く始めてしまいたいのですが

黒谷陽炎

…………

そして、考えても納得できる答えは出ない。

でも、それでも――。

黒谷陽炎

――参加する。三十分間、鬼から逃げ続ければいいんだろ

わけわかんないけど、今は決断するしかない。俺は勇気を振り絞り、深呼吸した。身体の震えは完全には収まらなかったものの、少しマシになった。

――そして。

斎藤輝

よしっ! オレも参加する!

草原志乃

わ、私もっ! こうなったら自棄です!

宮野秋雪

どうせ逃げられないし、僕も参加する

雪野文恵

ま、仕方ないわね

峰吉守

よ、よっしゃ! やってやる!

生死の選択という究極の状況下で、それぞれが答えを出していった。そして誰もが、参加の意思を告げていく。

宝条学

これはもう、やるしかないみたいだな

宝条学も参加を示し、それによって――。

宝条絢香

わ、私もっ!

宝条絢香も震える声で、そう宣言した。

――残るは。

ジョーク

さて、どうされますか? 池山様

池山龍生を残すのみとなった。全員の視線が池山龍生へと集まり、場が静まり返る。

ジョーク

池山様、これでお返事をいただけないようでしたら――

池山龍生

わかった! やればいいんだろう!

ジョークの宣告を遮って放たれたのは、参加表明だった。ジョークは嬉しそうに笑い、銃を持った男たちに合図を送る。男たちは出てきた時と同じような素早さで、闇へと消えていった。

ジョーク

ありがとうございます。無理強いをしたようで申し訳ないのですが、ご容赦ください

ジョークの一言一句に、腹が立つ。

それでも、今は抑えて。

ジョーク

――それでは、命懸けの鬼ごっこを始めましょうか

黒谷陽炎

あぁ、絶対に逃げきってやる……!

その怒りを、鬼ごっこにぶつけることにした。

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