全員の自己紹介が終わり、続いてジョークによるルール説明が始まった。
――のだが。
それでは、ルールの説明をさせていただきます。
全員の自己紹介が終わり、続いてジョークによるルール説明が始まった。
――のだが。
ルールは至って簡単。三十分の間、鬼から逃げ切ることだけでございます
……え?
……それだけ?
予想していたよりは、すごくあっさりしていた。どこにでもある普通の鬼ごっこのルールだ。
拍子抜けした俺たちに、ジョークはきょとんとした後、再び笑顔を作って付け加えた。
物足りませんか? しかし、他に言うことがあるとすれば、ベランダと屋上は使用禁止、消火器など備品の使用も禁止……ぐらいのものになりますが……
まあ、確かに俺たちが勝手に複雑だと考えていただけだしな……。
俺は気持ちを切り替え、気になったことを訊いてみることにした。それは、ジョークと池山龍生とのやりとりで答えが出なかったためだ。
質問なんだけど……。拒否権とかってあるのか?
――と、その質問に答えたのは、ジョークではなかった。
あるに決まっているだろう。僕は参加しないと言ったはずだ
……はぁ……
俺はジョークに訊いたんだけどな……。
その心情に答えるように、ジョークは咳払いして間に入った。その表情は少し困ったような笑みを浮かべている。
池山様、申し訳ございませんが、この鬼ごっこは絶対参加となっております。……黒谷様の質問に回答するなら、拒否権はない……といったところでございましょうか
そうジョークが答えた瞬間、池山龍生は今までとは打って変わって大きく声を荒げた。
ふざけるなっ!
――っ?!
――っ?!
突然のことに驚いたのか、宝条絢香と草原志乃は肩を震わせ、俺の背中へと隠れた。二人が収まるほど幅は無いのだが……。
ちなみに、それ以外の面子は特に臆した様子は無かった。予想でもしていたのだろうか、いつかこうなると。
――そして当人の池山龍生はといえば、ジョークをひたすら怒鳴りつけていた。
言っておくが、僕は明日忙しいんだ! こんなことにかまけている時間など無いっ!
そう言われましても、ルールですので……
知るかっ、帰らせてもらう!
ジョークの言葉をそう一蹴して、池山龍生は踵を返した。デパートとは反対方向――広場の出口を目指して歩き出す。
…………
このまま帰してしまうのだろうか……。――そう思った、次の瞬間だった。
――このまま帰られれば、待つのは『死』ですが、それでよろしいですか?
そう放った声の主は、間違いなくジョークだった。今までと変わらない――そしてさっきの困ったような笑みとは違う、不敵な笑みを浮かべた。
……どういうことだ?
池山龍生は、まるで俺たちの気持ちを代弁するかのように、そう訊ねた。
それに対するジョークの答えは、至ってシンプルなものだった。
どういうことも何も、『死』は『死』。
これこそが、この鬼ごっこの肝なのでございます。
そう前置くようにして、ジョークは続けて、ゾッとするような満面の笑顔を浮かべた。
この鬼ごっこは、鬼に捕まれば『死ぬ』のでございます。もちろん、参加しないとなれば、同じく『死んで』いただくしかありません
――最初、何を言っているのかさっぱりわからなかった。言っていることは至って解りやすいのに、脳がそれを理解しようとしない。
――と、その時。
少し、皆様方にご自分の状況を理解していただきましょう
…………は?
おいおい何だこれ……!
俺たちは三秒となく、銃を持った屈強そうな男たちに囲まれてしまった。宝条絢香と草原志乃は変わらず俺の後ろにいるが、正直盾になれる自身は無い。
銃に囲まれたこの状況と、さっきのジョークの言葉に対し疑問を飛ばす前に、向こうから答えが出た。
皆様方には、これから命を懸けた鬼ごっこをしていただきます。いや、池山様が急かさなければ、順を追って説明するなずだったのですが……
ちょっ……これ、冗談ですよね?!
いえ、全て事実でございますが?
いやいや、そんなわけ……
俺の後ろで必死に首を振る草原志乃。
――しかし、やがてそれは、ありえないと言いたくもなる現実を、徐々に理解していった。
……嘘……ですよね……?
誰に問うているのか、はたまた自分に向けているのか、呟く様な声量の小さな言葉に、返ってくる言葉は無かった。
俺は震える草原志乃と宝条絢香をかばうようにしながら、ジョークへと尋ねた。声は震えに震えているが、気にしている場合じゃない。
死ぬって、つまり鬼に殺されるってことか……?
はい。鬼に見つかったら最後、それが人生の終わりだと思っていただければ
は、はは……
笑い事じゃない。これは現実だ。――それでも、乾いた笑いは漏れ、身体は震える一方だった。
――鬼ごっこに参加するか、否か。生きるか死ぬかの選択の後は、また生きるか死ぬかのサバイバルだ。
なんだよ……これ……
もうどうでもいいと、投げやりになりかけた、その矢先――。
――参加するわ
雨宮由紀が、声を上げた。
雨宮ちゃん? 今、なんて……
参加すると言ったんです。そうしないと、確実に殺されるから
雨宮由紀のその声には、全く震えがなかった。その立ち姿も、堂々としている。この事態を、彼女は冷静に分析していた。
あなたたちも参加を選ぶべきです。そうすれば確実な『死』は避けることが出来る
そ、そうかもしんねぇけどよ……
雨宮由紀の言っていることは確かに正しい。
だけど、それを簡単に選べるほど、俺たちは強くは無かった。
どうされますか? わたくし共としても、早く始めてしまいたいのですが
…………
そして、考えても納得できる答えは出ない。
でも、それでも――。
――参加する。三十分間、鬼から逃げ続ければいいんだろ
わけわかんないけど、今は決断するしかない。俺は勇気を振り絞り、深呼吸した。身体の震えは完全には収まらなかったものの、少しマシになった。
――そして。
よしっ! オレも参加する!
わ、私もっ! こうなったら自棄です!
どうせ逃げられないし、僕も参加する
ま、仕方ないわね
よ、よっしゃ! やってやる!
生死の選択という究極の状況下で、それぞれが答えを出していった。そして誰もが、参加の意思を告げていく。
これはもう、やるしかないみたいだな
宝条学も参加を示し、それによって――。
わ、私もっ!
宝条絢香も震える声で、そう宣言した。
――残るは。
さて、どうされますか? 池山様
池山龍生を残すのみとなった。全員の視線が池山龍生へと集まり、場が静まり返る。
池山様、これでお返事をいただけないようでしたら――
わかった! やればいいんだろう!
ジョークの宣告を遮って放たれたのは、参加表明だった。ジョークは嬉しそうに笑い、銃を持った男たちに合図を送る。男たちは出てきた時と同じような素早さで、闇へと消えていった。
ありがとうございます。無理強いをしたようで申し訳ないのですが、ご容赦ください
ジョークの一言一句に、腹が立つ。
それでも、今は抑えて。
――それでは、命懸けの鬼ごっこを始めましょうか
あぁ、絶対に逃げきってやる……!
その怒りを、鬼ごっこにぶつけることにした。