それから、僕たちは会話をしなくなった。
それから、僕たちは会話をしなくなった。
でも二人とも、意地を張るようにいつもと同じ場所に立っていた。
たまに視線が合うと、ツン、と彼女は視線をそらした。
日を重ねるにつれて、僕の中で後悔の念が強くなっていった。彼女とやりとりが出来ないのがつらかった。けれど、どうせ彼女には好きな人がいるんだ、と思うとどうすることもできなかった。
ごめん
ただその一言だけでよかったのに。僕は、言えなかった。
それは日を重ねるほどに、どんどん言いにくくなっていって。
ある日、彼女が定期を落とした。
それは、彼女が作ってくれたきっかけだったんだろう。僕の考えすぎでなければ、彼女も仲直りを望んでくれていたんだと、そう思う。
あとは、どっちが先に折れて声をかけるか、だけだったんだと思う。
そのきっかけを彼女が作ってくれたんだ。
だけどそのとき、僕はためらってしまった。
本当に偶然落としただけで、もう話しかけて欲しくないと思っていたら……
落としたぞ
そんなくだらない逡巡をしているうちに、彼女の後ろのドアから乗ってきた高校生が定期を拾って彼女に渡した。
以前、隣に座っていた彼だ。
!?
彼女はちょっと驚いたような困ったような顔をして、
ありがとう
と笑顔で返すと、そのまま二人で話し始めた。
改めて見たその男子は、男の僕でも、素直にかっこいいな、って思ってしまう好青年って感じで、彼女と並んでいる姿はとても様になっていた。
三分が終わるまで彼女はこちらを一切見ずに、彼と話し続け、
電車が動き始めたときにほんの一瞬だけこっちを見て、ツン、とそっぽを向くと彼の服の裾をちょんと掴んで引っ張って座席へと移動した。
それがトドメだった。
翌日から、僕はもう話しかけようっていう気持ちすら失ってしまっていて、それでも未練がましくいつもの場所で、同じようにドアの前に立つ彼女の方を見ていた。
彼女はこちらをチラリとも見てくれなくなった。そして僕がどうにも出来ず、日を重ねるうちに、彼女に
彼が話しかける頻度が増していった。
おはよう
宿題やった?
多分、僕がしていたのと同じような何でもない会話を、二人はしていたんだと思う。
次第に親密になっていくそんな二人の姿を見ていられなくて。
僕は、電車の時間を変えた。
最近どうした? なんか元気ねえじゃん
そう……か?
ある日、前にカノジョとの関係を冷やかした佐々木が、僕のところへくるとそう言った。
カノジョと喧嘩したか?
違う。喧嘩ではない。それにそもそもカノジョじゃない。あの子は今頃は多分、彼のカノジョにでもなっている。
なんだよ。もともとカノジョじゃないし、今はイケメンのカノジョだってか?
な……!
やれやれ、と佐々木は肩をすくめて見せた。
まぁなんつーか、俺も見たわ……まぁ、ありゃ勝ち目ねえわなぁ
だったら最初っからそんなこと聞くんじゃねえ、と思うが、それを言う気力もない。
見た目も圧倒的に負けてるし、イケメンと話してるカノジョさんは楽しそうだったし、お前が凹んであきらめるのもわからなかねーよ
けどよ、と佐々木は言った。
いいのかそれで?
…………
このままでいいのか?
…………
俺は、お前とカノジョの関係がどんなかだったなんてなーんも知らねえし、あのイケメンとその子の関係も知らねえけどさ……このままだったら、本当に、あのイケメンにその子とられちゃうぜ?
とるとか、とられるとか、物じゃないんだから、そういう言い方は——
んな言葉遊びはどうでもいいんだよ。本当に好きな相手なら、ビビってねえできちんと気持ち伝えてこいよ
……うるさいな
僕は、真正面から見て暑苦しいことを言ってくる佐々木から目をそらした。
わかったよ、余計なこと言ってわるかった
はぁ、とため息をついてあきれたようにそう言うと、佐々木は去っていった。
その後。佐々木のいった言葉が、僕の中でずっとぐるぐる渦を巻いていた。
これでいいのか、って? いいわけないだろ……でも、しょうがないんだ
バカな僕はそうやって意地を張って諦めて、ずっとあの電車に乗らなかった。
けど、彼女への思いは日ごとに増していき、ついに押さえきれなくなって。
終業式の日、僕は、特急待ちをするあの電車に乗った。