――暗闇を切り裂く光が、好きだった。
 なにもない場所から、光は形を作りだしてくれる。
 そして、ステージの光は、また違う輝きを生み出してくれる。
 わたしは、暗闇と光の競演は、嫌いじゃなかった。
 光と、音と、熱気。
 想い集まるステージの中で、わたしは、みんなと夢を作っていた。
 光に彩られるわたしを見て、応援してくれている人達。
 一緒に、輝く光の舞台で、舞い踊るメンバー達。
 かつて、夢を送られる側だったわたしが、今度は一緒に作れるんだって、そう感じられるようになって。
 そしてまた、新しい舞台へのチャンスを、支えてくれている人達から与えられて。
 わたしの心は、世界は、しっかりとした光が見えていた。
 だから、眩しい一瞬の輝きを、みんなとこれからもずっと作っていけるって。
 ……わたしは、そう、信じていたんだ。

おはようございます!

 眼を開くと、聞こえてきたのは、明るくはっきりとした声。
 女の子かな、と想像しながら開けた瞳に、白い光がぼんやりと入り込む。

お、おはよう……

 ぼんやりとした頭で答えながら、まだ視界も意識も追いついていない。
 でも、かけた側の声は、わたしとは対照的にはっきりとしたもの。

はい、おはようございます!

 明るい返答は、耳に心地よく響く。
 でも、その声の響きに覚えはなかった。友達や、メンバーや、事務所の人のものじゃないと想う。
 ゆっくり、わたしは眼を開いて、正面を見る。
 おそらく声の元だと想う方向を見れば、薄い灯りと、その光に照らされる人の影。
 明るい笑顔を浮かべる少女の姿が、ぼんやりとした光に照らされて立っていた。
 悪意が全くなさそうな表情の少女は、わたしを見てにこにこと微笑んでいる。

えっと……

 わたしはぼんやりと呟き、口を閉じた。
 やっぱり、眼の前の子は、記憶にない。見覚えのない、会ったことのない子のはずだった。
 ――いったい、誰だろう? ファンの子なのだろうか?

……灯り、なの?

 上手い言葉が浮かばなくて、印象的だった光のことを聞いてしまう。

 少女の手元で揺らめく光は、強そうなものには見えないけれど。
 ――細い指先で揺らめく光は、どうしてか、とっても暖かく見えるわけで。

はい、スーさんの光ですよ~

 少女の視線を追って、少女の手元にある光を見る。
 よくは見えないけれど、スマホや、懐中電灯ではなさそうだった。
 じゃあ……なんだろうか? 見覚えはあるんだけれど、今一つ想い出せない。
 ただその光のおかげで、わたしと彼女の姿が見えているようだけれど。
 ――どうして、周囲はこんなに暗いんだろう。なんで、灯りが一つしか、点いていないんだろう。
 答えを知っていると想うのに、うまく頭が働かない。
 わたし達を照らす光のように、ぼんやりした頭と視界。
 今の現状に、まだ追いついていない。――追いつかない。

だるい……重い……

 身体が硬く、うまく動いていない気がしてしまう。
 練習量をしすぎた時でも、こんなにひどいダルさは、味わったことがない。
 まるで、別の誰かの重さも、背負ってしまったような違和感。

どうして、こんなに……ぁ!

 言ってから、素で話していることに気づく。
 いけないいけない、今日は大切なステージがある。
 スイッチは、事前に切り替えないといけない。
 わたしは、わたしを待ってくれている人達のために、なっていなきゃいけないんだ。
 プライヴェートは、限られた場で、最低限に。
 特に、これからわたしが向かうのは、わたしだけのステージ。
 だから、みんなからわたしに期待されている、役割を一緒にしたい……ん……だ……。

……け、ど……

 わたしは、少しずつはっきりしてきた瞳で、見る。
 しっかりするほどわかる周囲の光景に、言葉を失ってしまう。
 見えるのは、少女の光が作る、わたしと彼女の形。
 わたし達を照らしている、光の世界。
 それは、間違いじゃない。でも、周囲の世界は、その光を間違いだって言っているように、勘違いしてしまいそう。
 眼を凝らして、じっと周囲を見る。しっかりと、見つめる。嘘でしょう、と見抜きたいために。

 ――でも、少女が照らす光の他には……眼に映るものは、何一つなかった。

……幕が、下りてるのかしら

 色んな可能性を考えて、呟く。
 ここにあるのは、まるで暗幕を下げたような暗闇……と、想ったのだけれど。
 この暗闇は、そんなものじゃない。
 そんな、高揚を隠した、暗さじゃない。
 舞台の暗さは、静謐だけれど、流れがある。
 熱と息を交わすための、それを演出するための、一時のもの。
 けれど、眼の前に広がる、これは……。

光なんて……ないみたい

 眼の前にあるのは、絶対的な黒色――暗闇だけだった。
 呟いて、知らず、わたしは自分の内心へと問いかけていた。

 ――この暗闇を前に、わたしは、どうやって輝けばいいんだろう。

 わたしは、眼の前の光景に愕然とし、手が震えるのを感じた。
 口が渇き、叫びだそうとして、でも息をのむ。声が、震えて、出せる気がしない。
 このままこの暗闇の中で、考えも手放してしまいそうな……そんな、冷たさがわたしの心に忍び寄ってきた時だった。

かわいい服ですね、ひらひらされてます~!

 明るく暖かい、陽光のような声が、すっと差し込んできたのは。

え?

 顔を上げ、声の方向へと眼を動かす。
 そこには、さっきと同じように明るい笑顔を浮かべた、少女の姿があった。

服って……あぁ、衣装のこと?

 少女に言われ、わたしは自分の姿に眼を移す。
 白を基調とした、大人しく清楚な、清らかな印象を与えるステージ衣装。
 ――今日、大切なステージの開幕を飾るはずだった、装い。
 日常生活で着るには特徴的すぎるこの服は、でも、わたしにはとても大切なものだった。

これは……ステージのための、衣装よ

 わたしは、自分の身体と衣装を包むように、片手で肩を抱いた。
 自分の身体と、憧れの形が、自分のものだと確認するように。

すてーじ……の、服ですか?

 わたしの言葉を聞いた少女は、不思議そうな顔で問い返してきた。
 そうか、わたしがなにをしているのか、言ってあげないといけないかな。コスプレや、他のイベントでも、こうした衣装って着るものね。

わたし、アイドルやってたから。今日は、そのステージがあったのよ

……?

 少女の不思議そうな顔は、でも、全然変わる様子はなかった。

どうしたの?

あいどる、ってなんですか?

……はい?

 わたしは想わず、間の抜けた声をしてしまった。
 だって、そうじゃない?
 好き嫌いや興味は別として、アイドルを知らない人間が――いるものなの?

あなた、アイドルを見たことが、ないの?

はい、申し訳ありませんが……全然、聞いたこともないのです

 わたしは、彼女の言うことが信じられなくて、違う質問をしてみた。

えっと、わたし達のグループを知らない、っていうことじゃなくて?

 世間的に見れば、わたし達のグループは、まだまだマイナーな存在だ。
 テレビ放送やネット中継なんかは、ほんのわずかな時間をローカル局でかけてもらうくらい。
 それでもわたし達にとってはすごいことなんだけれど、世間的に見て知名度があるかと言えば、全然ない方だと想う。
 だから、アイドルというわたし達を知らない可能性を想って、聞いてみたのだけれど。
 少女は、眼を伏せて、申し訳なさそうに答えた。

ごめんなさい、今までお会いしたことはないと想いますし……やっぱり、あいどる、という言葉はわからないのです

そ、そうなんだ……

 わたしは、内心で考える。

はい。あいどるって、なんですか?

 少女が無邪気に問いかけてきた言葉に、わたしはすぐに答えられなかった。
 ――アイドルとは、なんだろうか。
 改めて問いかけられれば、わかっていなければいけないはずなのに、上手く言葉にできない質問だった。

アイドル、かぁ

 ため息混じりにそう呟いてしまったことを、少女は丁寧にすくってくれる。

はい。よろしければ、アイドルさんに関して、教えてもらえると嬉しいです

アイドルさん……

 そんなふうに言われたのは初めてで、頬が少し、赤くなるのがわかった。
 満面の笑みを浮かべてそう言う少女は、曇りのない瞳をわたしにまっすぐ向けてくる。そんな真っ直ぐさが、照れてしまった原因なのだけれど。
 その瞳は、ファンの人達のものとも、支えてくれた人達のものとも、同じグループのみんなとも、どこか違っていて――。
 でも、嫌な瞳じゃなくて、どちらかといえば、好感を持てるものだった。
 恥ずかしさをはぐらかすように、わたしも、想ったことを口に出すことにした。

いい瞳をしてるのね、あなた

はえ? リンの瞳、なにかおかしいですか?

とってもキレイだって、想うよ

 嘘じゃない気持ちで、わたしは少女にそう言った。

そ、そんな……リンは、自分の顔もよく知らないんですから、そんなことありませんよ~

照れなくてもいいじゃない

 頬を染めて、恥ずかしがる少女の姿に、わたしのいたずら心が刺激される。
 あぁ、本当に――こんなに暗闇が、周囲を覆っていなければ。

はわわ、わわわ……あのあの、アイドルさんに関して、ですよ~

 彼女とゆっくり、話してみたいかなって、想えるんだけれど。

ごめんね。アイドルって、なにかだったよね

 改めて考えて、わたしの頭のなかに、ある風景が浮かぶ。
 グループのみんなと共に頑張り、マネージャーや事務所の方達とこれからの予定を打ち合わせ、ファンの人たちの期待に応える。
 今日、これからステージで行う予定だった、今のわたしの日々。
 わたしのなかに自然に浮かんだ風景を、言葉にして、わたしは伝えることにした。

ファンの人や、応援してくれる人、大切な人に――夢や希望を与えて、一緒に輝くステージを作る

 一人では、ステージは作れない。それは、お互いに想い合って、初めて成立する、夢の舞台。

……そんな、一瞬を作る、職業かな

 だから、わたしも頑張れる――そう想って、少女に答えた。

ほええ……

 驚いたような少女の表情に、わたしは、言葉を付け加える。
 今の話だと、ちょっとぼやけていて、イメージができないかなと心配になったからだ。

具体的には、セッティングされたステージで歌や踊りをしたり、ファンの人達と交流を持ったり、一緒に楽しい空間を作る努力をしたり……かな?

 今日、この場はわたし一人だけれど、いつもメンバーたちと心がけていることがある。
 わたし達は、わたし達が想うだけでは、ステージに立つことはできない。
 彼女にも、それはわかって欲しかったから、具体的な説明は後になってしまったけれど。

どう、かな。なんとなく、つかんでくれた……かな?

 自分でも、少し曖昧な答えだとはわかっていたけれど、伝えたいことをまず言ってしまうのが、わたしらしいと言われたことがある。
 なので、素直にそれに従うことにしたのだけれど。

アイドルさんの笑顔が、素敵なことがわかりました!

 ……少女の答えは、わたしの答え以上に、伝えたいことを言うものだった。

と、突然ね

今、とても良い笑顔をされていたので、嬉しくなりました!

 少女の笑顔の方が、よっぽど満開なので、わたしは苦笑してしまう。

アイドルさんの笑顔は、いろいろな人の想いで、キレイなんですね

……

 だから、少女の素直すぎる言葉に、わたしは答えに詰まってしまった。
 ――そうは言っても、抱えきれないものも、あるもので。

そうね。みんなに、感謝しているわ

 ファンの人も色々いるし、事務所内にも派閥はある。
 親しいメンバーや事務所の人とだって、意見の違いでぶつかることもある。
 みんなに好かれるなんてことは、日常生活ですらあるはずがないんだから、当然のことなんだけれど。

でも、大変そうでもありますね。たくさんの人とお話するのも

 少女は、わたしの心を呼んだわけじゃないんだろうけれど、声を抑えて言葉をかけてくれる。

もちろん、楽しいことばかりじゃなかったけれど

 そういった話題は、いつもなら、明るい笑顔で流したり、過剰に語ったりして深入りしたりはしないのだけれど。

色々、あるわね

 周囲とのズレ、親との話し合い、事務所での実力差、他事務所のグループとの競争、求められている表現が達成できない……少し想い出すだけでも、大変だった記憶が、すぐに浮かぶ。
 浮かぶけれど――わたしは、彼女の素直さに負けないような響きで、まっすぐに答えた。

でも、嫌じゃないわ

 わたしは、微笑みを浮かべながら、それらの記憶を想い返すことができる。

わたしは、みんなの笑顔を見るのが好きなの。だから、アイドルをやっている、のかもね

 わたし達に向かって、微笑みを浮かべ、応援してくれている人達がいる。
 それだけで、重い身体や、張りつめそうな心の中に、輝きを持っていることができるから。
 少女が問いかけた、アイドル、っていう言葉に対しての、わたしができる答え。

みんな、そうだと想う。でなきゃ、あんなに笑ったり泣いたり、できないものね

……みんな、ですか?

あぁ、ごめんなさい

 つい、わたしはグループのことを話していることに気づいた。
 少女は、アイドルも知らないし、わたし達のことも知らないのだ。
 手を開いて、親指だけを曲げ、彼女へ向けながら言った。

わたし以外にも、四人一緒にやっている子達がいて

 個人ではなくグループで活動するのは、珍しいことではない。
 今では、48人グループや、それらの大人数グループがまとまったりするのも普通に行われている。
 わたし達のグループは、それらからすれば少ないのかもしれないけれど。

全員で、五人――グループだったの

 自信を持って、大切だと想える、メンバー達だった。

ほぇぇ……

五人で作る、グループは……『エターニティ』っていう名前なの

 自信を持って、わたしは、自分たちのグループ名を言葉にした。
 『永遠』という響きに、最初は気恥ずかしさを持っていたのも事実なのだけれど。

ずっと、続けられそうなくらい……ステキな、グループよ

 その響きが、逆にわたし達を引っ張ってくれている。
 最近は、そんな気さえしてきていた。

素敵な響きのお名前ですね

ありがとう

アイドルさん以外の方も、アイドルさんなんですか?

そうよ。みんな、アイドルね

 まるで、アイドルという人種でもあるかのような少女の言い方に、少し苦笑してしまう。
 緊張感が和らいできたのか、今までの記憶をぽつりぽつりと想い出してくる。

みんな、一生懸命で……いろいろ、意見がぶつかったりもしたけれど

 ステージに向けて、ずっと、張りつめてきた。
 見えていなかったものや、あえて見ても考えていなかったものが、胸の中に一気に溢れだしてくる。
 みんなとのステージの他に、わたしだけで、しなきゃいけなかったこと。
 辛くて、押しつぶされそうになったことも、一度じゃない。

大切な、姉妹みたいな……みんな……

 さりげなく、休める場所を確保してくれたり。
 ステージの導線も、わたしに負荷が低いような位置にしてくれたり。
 なにより、些細な悩みやグチを、明るくも真剣に聞いてくれたり。
 メンバーは、一番わたしを支えてくれた、大切な四人。
 ――でも、メンバーのみんなだけじゃない。
 事務所の人や、家族や、友達や。
 ネット上で応援をくれたり、疑問に答えてくれた、ファンの人達。

 わたしがこの衣装を着て、ステージに立つ力となってくれた大切な人達は……今……どこに、いるの?

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