ある日の昼休み。弁当を広げていると、隣のクラスで同じ部活の佐々木が駆け込んできて喚き立てた。まずあの子が、いつの誰かなのかとかをきっちり言うべきだと思ったけど、まぁ十中八九電車で会う彼女のことだろう。
おい、あの子誰だ!? まさか、カノジョ!?
ある日の昼休み。弁当を広げていると、隣のクラスで同じ部活の佐々木が駆け込んできて喚き立てた。まずあの子が、いつの誰かなのかとかをきっちり言うべきだと思ったけど、まぁ十中八九電車で会う彼女のことだろう。
……違う。ちょっとした知り合いというか
言葉を濁す僕を見て、佐々木は、はぁ? と不機嫌そうな顔をした。
えー違うのか? めちゃくちゃ笑顔で、お互いに見つめ合ってクスクス笑って話して、バイバ〜イなんて手まで振っちゃってたけど、違うのか?
そこまで見てたのかよ!
見てた見てた。ちなみにほぼ毎日見てた
まさかあのやりとりを友達に見られてるなんて思わなくて、非常にいたたまれない気持ちになる。
なんで今まで黙ってたんだこいつ……でも
……カノジョに見えた?
見えた。つーか、他にどう見ろと?
そっか。と僕はつぶやいた。見えたのか、カノジョに。
うわぁなんだそのにやけ面! くそ! リア充爆発しろ!
背中を叩いて去っていった佐々木の背を見つつ、僕はむふふ、とにやけた。
次の日、僕はそのことを彼女に伝えた。
カノジョとまちがえられたよ
いつもの会話の流れで、そういえばさ、なんて前振りをして『何でもない』『気にしてない』ふりをして、そう書いた。手が震えて、文字がいつも以上に汚くなった。
その言葉に彼女がどう反応するかで、様子を伺おう、みたいなことを考えていた訳なんだけど……
ダメだ、これは! 瞬間的に、事前に用意していたいい訳を書こうとする。しかし、
わたしも
と、自分を指した彼女はニコッと笑って、
ともだちが、かれし? って
そう書いた彼女の顔はちょっと照れたように赤くなっていた。
多分その言葉を読んだときの僕の顔は相当にやけていたと思う。
少しばかり調子に乗った僕はそこでもう一歩踏み込んだ。
すきなひと、いる?
彼女はちょっと悩むように頬に指を当てて、それから、
気になってる人は
そう書いて、はにかんだ。
あなたは?
キミ
とは書けなかった。
正直なところ、僕にはこれまで恋愛経験なんて無くて、彼女に対して抱いているこの気持ちを『好き』と呼んでいいのかすらわからなかった。
それに、出会ってから二週間程度だ。しかも朝三分、ガラス越しにやりとりするだけ。そのやりとりだけじゃ彼女のことはほとんどわからないのと同じだし、そんな状態で『好きだ』というと、見かけで判断されたんじゃないか、って思われてしまう気がして。
だから僕は、
キミと同じ
精一杯の勇気を振り絞ってそう書いた……どこが頑張ったかわかりにくいかもしれないけど、あえていうなら『キミ』という言葉を入れたところです。
キミ、と書いたときの彼女の反応を見てなんかどうにか出来たらいいなというか、その二文字の時点で早とちりした彼女が、『わたしも!』とか言ってくれたらいいなとか、そんな希望を乗せためちゃくちゃへたれな、けれど精一杯の僕のがんばり。
え、と目を丸くして最初おどろいたようにした彼女は、続く文字を見て、だまされた、と、ちょっとぷくっと頬を膨らませたように見えたけど……ぐ、と。
両手の拳を握ってファイティングポーズを構えた。
頑張ろう
みたいなことだろうか。
そこで三分が経過して、電車が動き出し、僕たちはお互いになんとなく照れた空気感のまま、バイバイと手を振って別れた。
彼女の反応を見た結果から言うと、かなり希望的観測が混ざっているけれど、脈アリ、ではないかな……もしかしたらそうかも……そう、だったらいいな。
結局のところよくわからなかったけど。
それでも僕の頬は自然とにやけていて、ガラスに映る僕の顔は非常に危ない人だった。
そんな風に、僕にとって毎日の楽しみを超えて、生き甲斐とまでなっていた朝のその三分は、しかし、あっけなく終わりを告げた。