何だよそれ。
じいちゃんが人間じゃなかったって?

 海里くんは笑ったけど、私の懸念を笑い飛ばせるほどの明るさはそこになかった。

そう、なんじゃないかな。
おじいちゃんが天狗で、私もその血を引いてて、だから、ああいう夢を見る。
夢のお蔭で、普通では考えられないやり方で海里くんを救うこともできた……

天狗なんてマジでいるの?

わかんない。
でもそれっぽくない?
この団扇と、私が見る不思議な夢と、それからうちのおじいちゃん

まあ、じいちゃんに関しては人間じゃないって言われても納得できるな。
でものどかさんは、そんなふうには見えないよ

私だってそう思うけどさ。
傍目には普通の美人女子大生だもんね

うん。のどかさんはきれいだ

えっ……ま、まあ、当然だけどね

 冗談のつもりで言ったことを真顔で拾われて、内心焦った。
 海里くんはこちらの動揺など知らず、嘘のない口調で続ける。

だからって言うんじゃないけど、やっぱり根拠は薄いと思うな。
むしろ俺は、これもじいちゃんの悪戯なんじゃないかって気がする

私達がこれを発見することを見越して、生前に仕込んどいたって言うの?

 いくらあの祖父とは言えそこまで手の込んだ悪戯をするだろうか。この引き出しだって私が夢に見るまでは、ここに住んでいる海里くんさえ気づかなかったというのに、そこにヤツデの葉っぱを隠しておいて誰かをびっくりさせようなんて、そっちの方が途方もない。
 それにその仮説が本当だとしたら、祖父は結末を見届けないままこの世を去ったことになる。

だとしたら、おじいちゃんかわいそう。
せっかくの悪戯を今の今まで誰にも気づかれなかったなんて

じいちゃんのことだし、草葉の陰からのどかさんのこと見てると思うよ。
今も『しめしめ引っかかった』って喜んでんじゃない?

まさか……

 私は恐る恐る仏壇に上げられた祖父の遺影を横目で窺う。
 祖父はいい顔で笑っている。特に何も言ってはこなかったけど、確かに悪戯に引っかかった孫を愉快そうに見ているようでもあった。

のどかさんが不安になる気持ちもわかるけどさ。
俺はどんな理由でものどかさんが俺の夢見てくれるってだけで嬉しいし、その為の能力だって思っとけばいいよ

 そこまで言うと海里くんは照れたように口元を緩ませた。

案外と、遠距離恋愛用の超能力が身に着いたってだけかもしれないよ

 確かにこの予知夢は、遠距離恋愛をする全ての女の子にとって割と便利な能力かもしれない。遠方の彼の日常生活を垣間見て安心もできるだろうし、万が一の時には浮気だって見抜ける。私としてもそういう結論の方がロマンチックだよな、とは思う。
 ただそう思うには、このヤツデの葉団扇はあまりにも存在感がありすぎる。

じゃあこの団扇は?
やっぱりおじいちゃんの悪戯?

やりそうな人、他にいないしな。
つくづく質の悪い悪戯するよな、じいちゃんも

 その直後、彼の手が葉団扇へ伸び、葉柄に巻かれた布の部分を指で掴むように持ち上げた。
 もちろん慌てて止めた。

ちょっと待った海里くん!
それ触っちゃ駄目!

……何で?

だって天狗の葉団扇だよ?
昔話によれば一扇ぎしたら風がびゅうって吹く奴だから!

え……、マジで信じてんの、のどかさん

わかんないじゃん!
何が起きるかわかんないんだから迂闊に触るのまずいよ!

 外れたことのない予知夢を見続けてきたからわかる。
 常識だけで判断しちゃいけない。何が起こるか、本当にわからない。

のどかさんがそう言うなら……

 海里くんは釈然としない様子だったけど、葉団扇を慎重な手つきで戻していた。そのまま蓋を閉め、引き出しの中へと戻す。

これ、見なかったふりしとく?

それしかないでしょ。
何かあったらまた夢に見るよ、きっと

 そう答えつつ、すっかり予知夢に頼る気でいる自分に気づいて複雑な気持ちになった。
 夢に従えば何かわかると思ったのに、かえって混乱しただけだった。
 一体どういうことなんだろう。
 もやもやしたまま仏壇に線香を上げ、手を合わせた。

 写真の中のおじいちゃんは、相変わらず不敵に笑んでいた。

 そんなわけでせっかくの再訪にもかかわらず、特に収穫もなかった。そしてもやもやした気持ちも、伯母さんが腕を振るったごちそうの数々ですっかり吹っ飛んでしまった。
 また海里くんが『適当に言っといて』くれたお蔭で伯父さんも伯母さんもえらい歓待ぶりで、こっちが恥ずかしくなるほどだった。
 とは言えそれが楽しくもあったし、久々に顔を合わせた海里くんとは積もる話もあったりして、その晩は仏壇の隠しアイテムのことは忘れ、大騒ぎして過ごしたんだけど――。

 自分で口にした通り、海里くんの家に泊まったその日の晩も夢を見た。

 私と海里くんはあのヤツデの葉っぱが入った箱を手に、山の急な斜面に積まれた長い石段を上っていた。

 石段を上がり切った先にあるのは立派な鳥居と小さな神社だ。
 そこを選んだのは『あそこなら、ちょっとやそっとの風じゃ吹き飛ばないよ』と海里くんが言ったからだった。そう、私達はあのヤツデの葉団扇を試すつもりでいた。

 神社の境内には人影一つなく、私達二人きりだった。空の澄んだ秋晴れの日で、日中はまだ風一つなかった。
 海里くんは箱の蓋を開け、中から葉団扇を取り出すと、私に手渡してくれた。

 そして私はその葉団扇を――。

 そこで、目が覚めた。

何でまた中途半端なところで……

 瞼を開けて、自宅とは違う天井を目にした瞬間、私は思わずぼやいてしまう。
 一昨日、昨日と随分尻切れトンボな夢ばかり見る。まるで本当に、予知夢に誘導されているみたいだ。それに従うのが正しいのかどうかはわからないけど、起きてきた海里くんも私がどんな夢を見たかを知りたがるだろうし、そうなったら夢の通りにすることになるだろう。

のどかさん、昨日の件だけどさ

 その朝、海里くんは私よりも早く起きていて、私が居間へ入っていくと駆け寄ってきた。
 伯父さんはまだ寝ていて居間にはおらず、伯母さんも台所に立っている。その隙を見計らうようなタイミングで言われた。

やっぱ一度、確かめてみない? 本物なのかどうかを

……急にまた何で?

 私はとっさに聞き返した。
 脳裏には昨夜見たばかりの夢の内容が浮かんでいた。私達は葉団扇を試すつもりであの箱を持って、神社へと続く長い石段を上っていた。なぜ神社を選んだかと言えば――そう、海里くんがそこがいいと言ったからだ。
 つまり今朝、海里くんがこうして葉団扇について切り出してきたのも夢の通りということになる。

せっかく来てもらったのに、のどかさんをもやもやした気持ちのまま帰すのも嫌だなと思って。
いっそ試して、何もなかったって確かめてからの方が……

 そしてそこまで続けたところで、私が身構えているのに気がついたんだろう。ぎょっとしたように目を剥いた。

ってかどしたの、のどかさん

ううん。話続けて

俺はそこまですごいもんだと思ってないけど、万が一ってこともあるし、外で試す方がのどかさんは安心だろ。
ちょっと歩くけどいい場所があってさ。
ほら、向こうの方にちょっと小高くなってる山みたいなとこあるじゃん

 海里くんは縁側へ出て、少し遠くに見える小さな山を指差した。一緒に縁側へ出た私は、眩しい朝日を片手で遮りながらそちらを見やる。
 やっぱりあの山だ。夢に出てきたのと同じく、山の斜面に長い石段があるのが見えた。

あそこなら、ちょっとやそっとの風じゃ吹き飛ばないよ

 夢で聞いたのと同じ台詞を、海里くんが口にする。

いつだったかでっかい台風が来た時も、ちっちゃい神社なのにびくともしなかったんだよ。
あそこにはマジで神様がいるって言う人もいるけど、どうなんだろうな

 エスパー、天狗と来て次は神様か。
 それらが全部本当にいるとしたらこの世は結構何でもありなのかもしれない。
 私は説明を終えた海里くんに向かって頷いた。

わかった、行こうよ。
実は私、夢でも見たんだ

マジで!?
夢でも試したんだろ、どうだった?

それが結果までは見られなくてさ。
山の石段上って神社に行ったとこで終わってた

そっか……まるで、試してみろって言わんばかりの夢だな

まあね。
実際、そうするしかないよ

 さっき海里くんが言った通り、私だってはっきりさせたいと思っているし、もやもやを残したままで帰りたくはない。連休明けたら夏休みが終わるという大事な時期にこんな田舎へ足を運んだのだから、やっぱり何らかの収穫が欲しい。
 となるとやはり、我々はあの葉団扇を試してみるしかないわけだ。

 朝食をいただいた後、私と海里くんは葉団扇を家から持ち出し、神社を目指した。

 しばらく歩いた後に辿り着いた件の山はこんもりとした緑で覆われていて、その合間に切れ目を入れたみたいに急勾配の石段が設けられている。
 夢で見た通り、秋晴れの少し暑い日だった。空は高く澄みきっていて、羽毛のような巻雲が浮かんでいる。

この石段、ちょうど百段あるんだ。
数えてみる?

めんどいから、結構っす……

 海里くんの無邪気な言葉にはかぶりを振りつつ、まずは石段を上る。
 風のない日で、石段に落ちた木々の影はぴくりとも動かない。まだ蝉が鳴いている以外は驚くほど静かだった。漂う空気は新鮮な緑の匂いがした。

 百段目まで上りきると、すぐのところに大きな鳥居が建っていた。
 鳥居からは石畳敷きの短い参道が伸びていて、目と鼻の先にある小さな拝殿へ続いていた。拝殿は古い木造で、海里くんが言うほど丈夫そうには見えない。
 ここも蝉の声以外は静かなもので、私達以外に人の気配もなかった。

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