一ヶ月ぶりだというのに、田舎町の風景は既に懐かしい感じがした。
 ただでさえ秋の大型連休初日、電車の混みようは半端なく特急ではずっと立ちっ放しだった。途中で乗り換えた一両編成の電車はローカル線らしい各駅停車で、もっと急げるであろうところをやたらのんびり走るので乗っているだけでくたびれた。

 荷物を引っ提げてよろよろと駅を出れば、待ち構えていた海里くんがこちらに向かって大きく手を振ってきた。

のどかさーんっ!

 その笑顔を見ただけで、旅の疲れがたちどころに消えてしまうから不思議なものだ。私は顔を引き締めようとしたけど上手くいかず、にやにやしながら彼の傍まで歩いていく。

久し振り。
元気そうだね、海里くん

毎日見てるんだから、元気なのはよく知ってるだろ

 そう言って、海里くんは私の手から旅行鞄をもぎ取った。

あっ、いいよいいよ。
この鞄重いからさ

重いから俺が持つよ。
ここからうちまで結構歩くしさ

悪いからいいよ、気遣うなって

気を遣うとかじゃなくて、持ちたいんだよ。
その辺の男心は酌んでほしいな

君が男心を語りますか……。
高校生には早すぎじゃない?

早いも何も俺、昔からずっと男なんだけど。
のどかさんこそわかってないよな、そういうの

はあ

のどかさんにはいいとこ見せたいってことだよ。
頼むから鞄、持たせといて

 私は呆然としながら、目の前に立つ一ヶ月ぶりの従弟殿を改めて眺めた。

 先月、この駅で別れて以来の直に見る海里くんだ。
 たった一ヶ月で何が変わるものかと思っていたけど、確かに少し変わっていた。生前の祖父に似た顔立ちにはまだあどけなさが残っていたけど、そこに浮かぶ表情には自信のようなものが覗き、少し男らしくなったように見える。
 身長は一昨年の段階で既に抜かれていたけど、今の顔で見下ろされると年齢のアドバンテージさえ見失いそうになる。

のどかさんも元気そうでよかった。
やつれてたらどうしようかと思った

まあね。
何だかんだ、悪い夢は見てないしね

じゃ、ぼちぼち行こうよ。
家でうちの親も待ってるし

 海里くんに促され、私は人のいない駅を後にした。

 外はもう夕暮れ時で、頭上には秋らしい鮮やかな夕空が広がっていた。
 まだひぐらしが鳴いている田舎道を歩いていると、嫌でもあの日の悪夢を思い出してしまう。

 今回の夢にはいったいどんな意味があるんだろう。まるで誘導でもするみたいに結末は――箱の中身は見せてくれなかったけど、あの箱には何が入っているんだろうか。

海里くんは、どう思う?

もちろん嬉しいよ。
こんなに早くのどかさんと会えると思ってなかったからさ

そうじゃなくて。夢の話だよ夢の

のどかさんは俺に会えて嬉しくないの?

嬉しいけど。
会えるにしても、こんな形になるってのは予想外だったよ

 どうせだったらもっと違う形で会いたかった、とは思う。こんなふうに何かのついでじゃなくて。
 もっとも、海里くんはあんまり気にしていないみたいだ。私の隣を歩きながら上機嫌でにこにこしている。

のどかさんの予知夢がじいちゃんの仕業なんだったら、じいちゃんが早く会えるようにって気を利かせてくれたのかもしれない

な、何言ってんだか。
大体、海里くんはそうは思わないんでしょ?
私自身の力だろうって言ってたじゃん

だったら、のどかさんが俺に会いたくてそういう夢を見たってことかもな

 それが事実なら私の予知夢も全く思わせぶりで迷惑なものだ。
 とは言え海里くんが楽天的なことばかり口にするのも、きっと私を気遣ってのことなんだとわかっている。

 今回の来訪の理由について、伯父さん伯母さんに正直なところは言えない。
 向こうだって夢に見たからなんて言われても困惑するだろうし、私もまだ上手く説明できる気がしていなかった。

 それで海里くんには『適当に言っといて』とお願いしていたんだけど、一体どういう言い方をしたのか、私を出迎えてくれた伯父さんは海里くんに負けず劣らず上機嫌だった。

よく来たな、のんちゃん!
今日は奮発してごちそう出すから、遠慮しないでくつろいでけよ!

あ、ありがとうございます……。
すみません、度々伺っちゃって

 気圧されつつお礼を言った私は、説明を求めようと海里くんに視線を向ける。
 すると海里くんはにこにこしながら、なぜか意味ありげに目を逸らした。

のんちゃん、海里をよろしく頼むよ。
まだまだ頼りない子だけど、のんちゃんに釣り合うようにって頑張ってるようだし、親としても反対するつもりはないからな。
思えば海里は小さな頃からのんちゃん、のんちゃんって後をついて回ってばかりだったからな……その二人がと思うと、感慨深いよ

 伯父さんがしみじみと感慨に浸り始めたので、こっちは恥ずかしくてしょうがなかった。海里くんには後程詳しい説明もしくは弁明を求めようと思う。

 しかしひとまずは例のものだ。
 私は仏壇に線香を上げたいと申し出、海里くんと共に仏間へ向かった。

さすがにちょっと、緊張する

そうだね。
箱の中身、何だと思う?

全然わかんない。
開けたらじいちゃんの写真とかだったらむかつくな

あーありそう。
一張羅でめっちゃ決めてるおじいちゃんの写真とかね

遺影だってあれだもんな。友達がうちに来て見てく度に笑うんだよ

 仏壇に上がっている祖父の遺影は素晴らしくいい笑顔である。
 もちろんその笑みはカメラに向けたものなのだろうけど、私や海里くんをはじめとする子孫一同に向けて笑んでいるのではないかと時々思えてならない。


 仏間に立ち入った我々はその遺影に目をやり、祖父の笑顔を一瞥してから仏壇の前に膝をつく。
 夢で見た通り、仏壇の下にある引き出しには海里くんが先に手を伸ばした。彼は祖父とは対照的に厳粛な面持ちで、しかしためらわずに引き出しを開けた。

 引き出しの中には――夢で見た通りだ。古びて黄ばんだ紙の箱が収められていた。この箱に合わせて引き出しを誂えたみたいに薄く平べったい形をしていて、海里くんがそれを引き出しから取り出した時、線香の匂いに混じって古い紙の匂いがした。

開けるよ、のどかさん

いいよ

 私が頷くと、彼はうって変わって慎重な手つきで箱の蓋を開ける。
 夢はここで終わってしまっていたけど、現実はもちろん終わらなかった。私と海里くんは箱の中身を見た。

 中にしまわれていたのは青々とした艶のある、手のひらの形によく似た、扇みたいに大きな葉っぱだった。

……何だ、これ。葉っぱ?

ヤツデの葉だよ

ヤツデ? これってそういう名前なのか

『天狗の葉団扇』とも言うね

 説明を添えながら、私は箱の中のヤツデの葉をじっと見つめた。
 いや、目を逸らせなかったという方が正しいかもしれない。

 この箱はずっと引き出しの中にあって、箱自体は古びて黄ばんでいるというのに、この葉っぱはまるでもぎ立てみたいに青々としている。表面には艶もあり、枯れたり傷んだりしている様子は窺えない。そして葉柄の部分には持ちやすくするみたいに赤い布がぐるぐる巻きつけられており、まさに団扇のような形をしていた。

天狗の、団扇?
何でそんなもんがここに……

 海里くんの言葉は途中で立ち消えた。何か、急にひらめいたことでもあったようだった。

 私もそうだ。どうして私が予知夢を見るのか、その理由に行き着いたことはこれまでなかった。祖父のせいとするにも超能力とするにも根拠は乏しく、行ってしまえば他に思いつく理由もないからそう言ってきたまでだった。
 だけど、もし――。

おじいちゃんが、天狗だったとか?

 およそ突拍子もない推論だと、自分でも思う。
 でも口にしてしまうと、それが事実であればすんなりと納得のいく点がいくつもあった。
 風変わりで人を担ぐのが好きだった祖父、その祖父の遺影がある仏壇に隠されていた天狗の葉団扇、そして私が見る日々精度を増していく予知夢――それはもしかすると。

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