そろそろ日が沈む時間帯、レーヴェンシュタイン王国の辺境の街、デアイドルから北に進んだところにある魔物巣食う森林の中で、中年冒険者ヴォルフラムがそう言った。
おい、もうそろそろいいんじゃねぇか?
そろそろ日が沈む時間帯、レーヴェンシュタイン王国の辺境の街、デアイドルから北に進んだところにある魔物巣食う森林の中で、中年冒険者ヴォルフラムがそう言った。
そうじゃなぁ。もう十分狩ったことだし……これで今日の酒代くらいにはなりそうじゃ。
ヴォルフラムの声に応じたのは、彼が一応のリーダーを務めるのパーティの一員であり、熟練の魔術師であるジュゼッペ=カッサーノ老である。
趣味は酒と女というのだから、どれほど終わっている爺さんかはすぐにわかるのだが、しかしその実力は確かだ。
魔術の腕もさることながら、その知識も経験も飛び抜けている。
まぁ、そうであるにも関わらず、こんな辺境の街で冒険者などやっていることを考えればその美点すらも大したことないのかもしれないが。
そもそも、ヴォルフラムのこの爺さんのことはよく知らない。
長年付き合っているわけではなく、三年ほどまでになぜか意気投合してパーティを組むことになったにすぎないからだ。
そして、もう一人もそれは同じだった。
ジュゼッペの爺さんは酒のことしか考えていないのか……
呆れたように言うだけ、まだ彼には良識があるのかもしれない。
ジュゼッペと同じく、三年前にヴォルフラムとパーティを組むようになった巨漢の戦士、フランク=ヴェルジュ。
いかなる武具も器用に扱うその技量は大したものだが、やはり人格的な問題があるのだろう。
ヴォルフラムとジュゼッペと同じく、辺境の街で適当に暮らす冒険者の一人だ。
それは、フランクがジュゼッペの広げた魔法の袋の中身を覗いた後に首を振りながら出てきたセリフからもわかる。
これでは三日持たんぞ……もう少し狩ろう。俺たちの酒のために。
お前の酒量が一番多いんじゃねぇか! ったく……だが、確かにその通りだな。酒代がなくなる度に遠出するのもめんどくせぇ。一気に人稼ぎだ!
結局のところ、似た者同士なのである。
特に人生に目標のない、その日暮らしで生きている三人。
ただ、うまい酒が飲めればそれで満足。
あとは適度に魔物相手に戦って体を動かしていれば健康にもいい、とその程度の心持で生きている。
どうしようもない、と言われればその通りだし、また、欲張りすぎず満ち足りることを知っている、と言えばまたその通りとも言える三人だった。
これほどまでに人生への取り組み方が似ている三人ではあったが、実際はこの三人の付き合いは意外なほど短い。
パーティを組み始めて三年ほどしか経っておらず、そしてそれ以前のそれぞれが何をしていたかも知らない。
その程度のものだ。
けれど、三人ともお互いの過去を知ろうとも効こうともしてこなかった。
それは冒険者には脛に傷を持つものが多くない、ということもさることながら、他人には触れてほしくないことがあるということをそれぞれがよく知っていたからに他ならない。
他人の事情には立ち入らない。
そんな心がけが、この三人が三年の間、関係を変えずにやってこれた最大の理由なのかもしれなかった。
うおりゃあ!!
ぶ、びっ!
ヴォルフラムが裂帛の気合いを込めて大剣を振ると、豚頭の魔物、オークの首を一刀両断され、血を撒き散らしながら地面に倒れ落ちる。
間違いなく、熟練の冒険者の業であり、駆け出しではこうはいかない。
オークの皮はあまり高値では売れんが……つまみ代くらいにはなるじゃろ。一応な……
オークを解体しながら、ぶつぶつとそんなことを言う、ジュゼッペ。
それに呆れつつも、やはり同意する、フランク。
本当に酒のことばかりだな……爺さん。まぁ、つまみは重要だが……
お前ら……まぁ、いい。それよりも、この辺りの魔物はもう寄ってこねぇな? 場所を移した方が良さそうだぜ。
二人の会話に呆れつつも、目的はヴォルフラムも同じだった。
しかし、魔物というのは強力な敵がいる場所を避ける傾向があり、同じ場所で狩りを続けると徐々にその周辺から魔物が減少することがある。
ヴォルフラムたちが、この周辺でずっと狩りをしていたからだろう。
魔物は減り、徐々に効率が悪くなってきていた。
その言葉にはジュゼッペもフランクも同意のようで、
レンズ湖の方に行ってみるか? あのあたりなら、大物が取れるだろう? 魚も捕れるし、後で酒場に売ればそれこそいいつまみを作ってくれる。
悪くないのう。湖ならわしの魔術が活躍できる。主らがほとんど狩ってしまうから、ちょっと体がなまってたんじゃ。
ジュゼッペは魔術師であるところ、剣で一撃した方が魔力の節約になるからと今日はあまり活躍の場がなかった。
しかし、湖となると必然的に彼の仕事は増える。
足場を作ったり、雷撃系の魔術で攻めたりと、することはたくさんあるのだ。
いくら老人とはいっても、彼も冒険者である。
血が滾り、戦いたくなることも少なくないのだった。
うし、じゃあ、レンズ湖畔に向かうか……そういやぁ、あの辺について最近なんか聞いたような気がするんだが……?
決めたはいいが、それと同時に何か思い出したらしいヴォルフラムがそう言った。
すると、フランクが、
あぁ、何かおかしな幻影が見えるという噂だろう? 俺も聞いたぞ。だが、あれは若い娘のものということだったし……言っては何だが、酔っぱらいの話だ。噂としての価値はゼロだ。
要は酒場の与太話、ということだ。
そしてそんなものは挙げれば枚挙にいとまがない。
つまりは気にするだけ無駄だとフランクは言いたかったわけだが、これに反応したのはジュゼッペだった。
なに、若い娘じゃと!? ヴォルフラム、フランク! 早く向かうぞ!
そう言って、老人にあるまじき速度で走り出したジュゼッペを見ながら、顔を見合わせるヴォルフラムとフランク。
……まぁ、あの年で元気があるのはいいことか。
たまにあの爺さんが俺たちの中で一番若いんじゃないかと思うときがあるよ
そうして、二人はジュゼッペを追いかけて歩き出す。
一人先行しているジュゼッペであるが、その実力に疑うところは何一つない二人である。
それで問題ない。
妙な信頼に結ばれた三人だった。
この三人に、まさかおかしな運命が降りかかることになるとは、このときの三人は誰も考えていなかった。