酒場の店主、ルイスの台詞に、そう反応した赤い帽子の少女。
どうやら、ルイスの名前を呼んだのは無意識だったらしい。
連れの少女たちが呆れた顔で、言う。
あ……や、やべっ
酒場の店主、ルイスの台詞に、そう反応した赤い帽子の少女。
どうやら、ルイスの名前を呼んだのは無意識だったらしい。
連れの少女たちが呆れた顔で、言う。
……ヴォル、あんたはどうしていつもそう、不注意なんだ……?
自分で正体は隠すと言っておった癖に自分からバラすとはのう……馬鹿とはこのことじゃ。まぁ、いつまで続くものかと思ってはいたがの
二人とも、慌てる赤い帽子の少女をじと目で見ながらも、仕方ないという雰囲気なのが、この少女のうかつさがいつものものであることを示していた。
ただ、店主ルイスにとって重要なのは、そのことではない。
そうではなく、少女のルイスの呼び方のみならず、このどことなく力の抜けるやり取りにも、強烈な見覚えがあることに気づいた。
おいおい……まさか、あんたたちまで……フランクに、ジュゼッペ爺さん!?
完全に気づいたようじゃな……
当たり前……なことはないか。この見た目だしな。ルイスは少し勘が鋭すぎた。もっと鈍い奴の前で試してからここに来るべきだったな
二人の台詞は、まさにルイスが気づいたことが正しいと認めたものだった。
予想が当たったことに、驚きと戸惑いを感じながら、ルイスはつづけた。
やっぱり……お前らなのか。ジュゼッペ爺さん……フランク……それに、ヴォルフラム……
へへ……おう、ルイス。なんでかこんなことになっちまった。
笑いながらそんな返答をするヴォルフラムに、ルイスは何とも言えない頭で考える。
これはどういうことなのだ、と。
ちなみに、フランクやジュゼッペ、というのは中年冒険者ヴォルフラムとパーティを組んでいた同じく冒険者である二人の名前である。
言動からして、青い服を纏った少しクールな少女の方がフランクであり、兎耳を生やした長髪の少女の方がジュゼッペなのだろう、と予測できる。
しかしその見た目はどう見ても本来のものとはかけ離れていた。
本来、フランクの方は、無口で不愛想な大男であるが、よく見てみると髪は月のような銀色をしており、また瞳も海のような深い青色をしていて、全体として非常に整っている男だった。
ありとあらゆる武具の扱いに精通しており、得物を選ばないことから“器用貧乏のフランク”と呼ばれている熟練の冒険者である。
あんなに華奢で、小柄な少女のはずがないのだ。
ジュゼッペの方は、枯れた体を怪しげなローブで覆った、いかにも魔術師然とした老人であり、酒場に来ればウェイトレスの尻を触ることに心血を注いでいたエロ爺であったが、その実力は十分にベテランと呼ぶに足りるものだった。
魔力量の問題で、派手な魔術は使えないが、その豊富な経験と深い思索はそれを補うに余りあると言われていたほどだ。
当然、兎耳など生えていないし、亜麻色の長髪というよりは真っ白な長いあごひげを生やして、いつもそれを伸ばしている老人のはずだった。
同じく、あんな、少女であるはずがない。
当然、ヴォルフラムだってそうだ。
本来の彼はすでに四十を超えていて、黒目黒髪のまさに荒くれ冒険者そのものという容姿をしていたはずなのだ。
なのに、今、彼はもっとも小柄な少女の形をしている。
不思議にもほどがあった。
ちなみに、フランクとジュゼッペの二人は、冒険者としての実力はヴォルフラムと並んで一流、というよりかは、二流から三流程度だっただろう。
本当に実力のある冒険者は、こんな辺境の街の酒場にたむろしたりしないで、たとえば王都などの大都市で活躍しているものだ。
ここにいる時点で、ベテランと言っても実力のほどは知れていた。
けれど、そうはいっても、ベテランはベテランである。
中年や老齢に差し掛かるまで、冒険者として生き抜いてきた、というのはそれだけで尊敬に値する実績であり、そう簡単には死なないという証明でもある。
引き際を心得ているからだ。
それなのに、ヴォルフラムを初め、フランクもジュゼッペもここ数日、完全な行方不明だったのである。
彼らを知る街の者は皆、今度ばかりは運が彼らに背を向けたのだと、どこぞの迷宮か森の中で屍をさらしているのだろうと、そう少し寂しげな気持ちで予測していた。
それなのに、である。
ルイスの目の前には、そんな三人のおっさん冒険者たちに言動がよく似た、三人の見目麗しい少女がいるのだ。
驚くな、という方が無理な話だった。
……三人とも、一体、何があった……?
驚きに何も出てこない口を精一杯開いて、呻くような声で尋ねるルイスに、ヴォルフラムが言う。
あー、まぁ……話せば、長くなるんだけどよ……
そうして、ヴォルフラムが語りだしたのは、驚くべき話だった。