冒険者たちで賑わう酒場に、新たに入って来た客が席に着くと同時に、店主は怪訝な顔でそう尋ねた。
どんな者であろうと、店に入ってくれば客は客だ。
注文を聞かないわけにはいかない、という判断だった。
それにしても不思議な客だった。
……いや、客たち、か。
……注文は?
冒険者たちで賑わう酒場に、新たに入って来た客が席に着くと同時に、店主は怪訝な顔でそう尋ねた。
どんな者であろうと、店に入ってくれば客は客だ。
注文を聞かないわけにはいかない、という判断だった。
それにしても不思議な客だった。
……いや、客たち、か。
え? あ、ええと……な、何にする……かな?
……なんでもいい。とにかく、一息つければ……
おうおう、わしもなんでもいいぞ! 酒もってこい! 酒!
……わかった。酒だな?
入って来た客、つまりは若い娘たちの思いもよらない注文に、店主の男は一瞬顔をひきつらせたが、しかし、やはり客は客である。
表情筋にあらん限りの力を籠めて頷き、酒場奥に戻って三人分の酒をグラスに注ぎ始めた。
少女三人の注文である。
やはり、エールなどの苦味の強い安酒よりは、甘さのある果実酒などの方がいいだろうと気を遣った。
値段も懐にあまり痛くはないものを選ぶ店主の心づかいはまさに熟練の業と言ってもよかった。
……普段であれば。
……おまちどう。
不愛想な店主の言葉と共に、三人の娘たちのテーブルに透明なグラスに注がれた見るからに甘そうな果実酒が、ことり、と置かれた。
何も不思議なことはない光景である。
いくらここが荒くれ者の冒険者御用達の店とは言っても、女性客が全くいないというわけでもない。
街で働き、少し金をためた若い娘が少しだけ酒を舐めにここに来る、ということもある。
そういうときのために、こう言ったきれいなグラス、というのも用意されていて、今回の三人娘もやはりその口であろう、と店主は思っていた。
それなのに。
なんだこりゃ……?
見ればわかるだろう。果実酒だ。主に若い娘が好む、甘めの酒だな。まぁ、酒精は意外と高いが……
俺が聞いてるのはそんなこっちゃねぇ! なんでエールが出てこねぇって話をだな……!
……お主、色々忘れておらぬか? わしらの今の格好をよく見てみぃ。まさに……若い娘、じゃろうが。
……そうだった。くそ……
どうやら、自分の運んできた果実酒のせいで、妙な会話が行われている。
店主は即座にそう理解して、素直に謝った。
……悪い。若い娘だったから、てっきり果実酒を注文されたのかと思ったんだ。エールの方が良かったんだな?
あぁ……まぁ、そうだ。いや、はっきりと注文しなかった俺たちも悪かった。この酒はもらう。ただ次はエールで頼むぜ。
店主の早とちりの理由を理解し、即座にそう言った少女の判断力に、店主は少し驚く。
エールを頼む若い娘、というのも珍しいが全くいないわけではない。
そしてそういう時、店主は同じように素直に謝ることにしている。
しかし、こういう場合、このくらいの少女であれば、なぜ子供に出すような酒を自分たちに出すのか、とか怒り出すのが普通だからだ。
本来であれば子供に出すも何もないはずなのだが、彼女たちにはプライドがあるらしく、大人の飲む酒はエール、と決めていることが間間あるのだ。
しかし、今回の少女は、そういうおかしな気負いとは無縁で、ただ好きな酒が初めに出てこなくて残念、という感じである。
長く酒場の店主をやっていて、初めての出来事で、新鮮だった。
しかし驚きは、それだけで終わることはなかった。
むしろ最大の衝撃は、その直後に襲ってきた。
しかしよぉ、ルイス。俺たちに果実酒はねぇぜ!
エールをもって来ようと、カウンターに戻る店主に、後ろからそんな声が駆けられた。
ルイス、というのは店主の名前であるが、あまり名乗ることはない。
常連でもほとんどから店主、マスター、で通っている。
親しげにその名前を呼ぶのは常連の中でも限られた人間だけだ。
ただ、だからと言って名前を知っているというだけで驚く必要はない。
何も隠しているわけではなく、誰かに聞けばわかることだからだ。
それなのに、店主ルイスが驚いた理由。
それは、親しげに話しかけるその少女の名前の呼び方に、聞き覚えがあったからだ。
全体として明るく、楽観的な響きでありながら、その奥に何処か気だるげで、世の中すべてを呪ってそうな倦怠が隠れている、そんな声。
それは少女には似つかわしくない響きだ。
けれどルイスにはもはや、その声は、本来のその声の持ち主のものにしか聞こえなかった。
お前は……ヴォルフラム!?
ルイスの口から出た名前。
それはこのルイスが営む酒場の常連であり、しかも熟練と言われる冒険者である、ここ数日間行方不明である中年男性の名前であった。