LEDの蛍光灯が明るく照らす狭い部屋の中で、一人の少年が小さくうめき声を漏らしながら目を覚ました。
その少年――住吉アキラは、ゆっくりと体を起こし、目に飛び込んできた光景に思わず目を見張った。
うっ……
LEDの蛍光灯が明るく照らす狭い部屋の中で、一人の少年が小さくうめき声を漏らしながら目を覚ました。
その少年――住吉アキラは、ゆっくりと体を起こし、目に飛び込んできた光景に思わず目を見張った。
ここは……どこだよ……?
そこは、普段アキラが過ごしている自分の部屋とはまったく違っていた。
別に、彼が普段、何十帖もある広々とした部屋で過ごしているわけではない。むしろ、今いる、この見知らぬ部屋と広さで言えばほぼ同じくらいだ。
けれど、それ以外の何もかもが違っていた。
クローゼットの位置も、ベッドも、そこに敷かれた布団も、小学生のころから愛用していた勉強机もすべて。
何よりも決定的に違っていたのが「窓」だ。
普段、アキラ少年が自室として過ごしている部屋は、南向きに大きな窓があり、年中暖かな日差しを部屋に取り込んでいた。
だというのに、今彼がいるこの部屋には、窓は一つもなかった。
自分の部屋にあったような大きな窓は愚か、採光用のものや、換気用のものなど、およそ「窓」と呼べるものが一つもなかったのだ。
それでいて息苦しくないのは、天井に換気扇が付いていて、それが静かに稼動しているからだし、部屋の中の温度が快適なのは、天井の中央に業務用のエアコンが設置されているからだろう。
なぜか酷く痛む頭を抱えながらぼんやりと部屋を眺め回していたアキラは、ふと自分が何故ここにいるのかという疑問を抱いた。
そうして自分の身に何が起こったのか、思い返そうとする。
しかし、
…………
だめだ……思い出せない……
頭にまるで靄が掛かっているかのように、前日までの行動がまるで思い出せなかった。
だからといって、記憶喪失かといえばそうではなくて、自分の名前や年齢、家族構成、交友関係といったものは瞬時に思い出せる。
ただ、ここ数日の自分の行動だけが、あまりにも曖昧模糊としているだけだった。
その事実に不安を覚えながら、アキラはふと自分の左手首にブレスレットが嵌められていることに気づいた。
金属でできたそれには、小さなモニタのようなものが取り付けられていて、いくら仔細に眺めていても継ぎ目のようなものは見当たらない。
気がついたら、わけの分からないものを装着されていたことに気持ち悪さを覚えたアキラは、当然それを外そうと引っ張ったりしてみたものの、手首から抜け落ちないようにするためか、ぴったりのサイズのそれは、まったく抜ける気配を見せなかった。
どうなってるんだよ……
くそっ!
悪態をつき、必死に不安を誤魔化していると、部屋に設置されたモニタが軽い音を立てて起動した。
見たこともないロゴを一瞬表示させたモニタは、すぐに別の表示に切り替わった。
おはよう。
間もなく君たちが抱いているであろう疑問に対する説明を行う。
そこにあるドアから外に出て、案内に従って「大広間」へ集合すること
なんだよ、これ……
いきなり表示された上から目線の指示を、アキラは訝しく思いながらしばし見つめていたが、モニタに表示されたその文章は待てど暮らせど一向に変化する様子を見せない。
それからしばらく、じっとモニタを睨みつけていたアキラだったが、やがてこうしていても仕方ないと思いなおしてベッドからゆっくりと降りると、そのままふかふかの絨毯の上を歩いて、部屋に唯一設けられたドアに手を掛けた。
ゲームとかであるみたいに、開かないなんてことないよな?
不安を滲ませながら、ゆっくりとドアノブに掛ける手に力をこめていくと、アキラの心配など無用なことだというように、あっさりとドアは開いた。
そのことに内心ほっとしつつ、一歩部屋の外へと踏み出したアキラは、直後に広がった光景に目を見張る。
そこはまるで、ホテルや旅館のように細長い廊下が伸びていて、アキラがいる部屋の隣や前にも、小さなネームプレートが取り付けられたドアがずらりと並んでいた。
いきなり何かに襲われたりとか、そういうことはないよな?
ゲームや漫画ではよくあることに警戒しつつ、慎重に廊下の様子を確かめたアキラは、とりあえず今すぐ何かがあるわけでないことが分かると、ほっと胸を撫で下ろして廊下へ出た。
案内があるってさっき書いてあったけど……
きょろきょろと視線を動かしながら適当に歩き、感覚を狂わせるように配置された扉が途切れ、現れた十字路に差し掛かったときだった。
自分の周りを警戒しすぎて、逆に横にすぐ来ていた人物に気付かず、アキラは思いっきりその人物とぶつかってしまった。
うわっ!?
きゃっ!?
可愛らしい悲鳴を上げた少女の名は、佐江島ショウコ。
アキラとは幼馴染で、彼らが通う学校でも同じクラスに所属している。
ちなみに二人は彼氏彼女という関係ではないが、幼いころから良好な関係を保ち続けている。
それはともかくとして、ぶつかったことで打ち付けた尻をさするショウコに手を差し伸べて立ち上がらせたアキラは、埃をたたくショウコに訊ねた。
ショウコもここにいたんだ……?
え……?
あ、うん……。
ついさっき目が覚めて、画面に大広間に行けって指示が出たから向かおうとしてたんだ……
そしたらアッキーといきなりぶつかってびっくりしちゃったよ
アッキー言うなし……
幼いころからずっと言われ続けてきたあだ名に肩を落としながらツッコみ、そんなことよりも、と思考を改める。
とりあえず、ここでぼうっとしてても仕方ないし、一緒に大広間に行こうぜ
そういって差し出したアキラの手を、ショウコはうれしそうに微笑みながら握り返した。
そうして、そのまま手をつなぎながら歩いていると、しばらくして、ショウコがどこかくすぐったそうに笑った。
ふふふ……
…………?
どうかしたのか?
いきなり笑い出した幼馴染に、アキラは怪訝な顔を向けながら問いかける。
ううん……
ただ、アッキーと一緒にこうやって手をつないで歩くなんて、どれくらいぶりかなって思ったら、なんだか懐かしくなっちゃったから……
そういえば、とアキラも少し思いを馳せる。
確か、幼稚園のころは毎日手をつないで通って、帰る時も一緒に帰ってたよな……
そうそう……
確かあのころのアッキーはピーマンが苦手で、お弁当にピーマンが入ってると、いつも私になきついてきてたよね……
昔の恥ずかしいエピソードを幼馴染から語られ、思わず口を噤んだアキラは、慌てて話題を変える。
そ……その後、小学校の途中まではいつも一緒に遊んでた気がするけど……
いつの間にか、お互い一緒に遊ぶことが恥ずかしくなっちゃったんだよね……
それに、中学に入ってからは部活もあって忙しくなっちゃったし……
そう考えると、確かにずいぶんと久しぶりだよな……
こうやって二人で並んで歩くのは……
しかも、こうやって手をつないでね♪
まるでいたずらっ子のように笑うショウコに、アキラは気恥ずかしさで思わず顔を背け、直後に飛び込んできた光景に、目を見張った。
ショウコ……
これ……見てみろよ……
急に態度を変えたアキラに、ショウコは一瞬首を傾げてから、言われたとおりに視線を向け、アキラと同じように目を見開いた。
彼らの視線の先には巨大な扉があり、その中央にかけられたプレートに、その存在を主張するかのように大きく文字が刻まれていた。
―大広間―
ごくり、とのどを鳴らしたアキラは、ショウコに目を向けてうなずいてから、ゆっくりとノブに手をかけて回す。
抵抗なく、あっさりとノブは回り、わずかな軋みをあげて扉が開かれた。
そして、その先に現れたのは、まるでSF映画に出てくるような近未来的なつくりをした大きな部屋で、恐らく二人よりも先に辿り着いたのだろう、何人もの男女が、あるいはソファに身を沈め、あるいは不安そうな顔で固まって状況を話し合う、そんな光景だった。
アキラもショウコも、そんな彼らには見覚えがあった。
というよりも、ほぼ毎日顔を合わせている二人のクラスメイトたちだった。
先に来ていたクラスメイトたちは、二人の姿を認めた途端、どこか安心するような、それでいていっそう不安をにじませたような顔をして、二人を中に引っ張り込んだ。
いったい何がどうなって……
私もよくわからない……
二人が困惑する間にも、何人かの男女が扉から入ってきては、クラスメイトたちの姿を見かけ、安心したような顔をしながら近寄っていく。
そうして気がつけば、アキラとショウコ、二人が所属するクラス全員が大広間に勢ぞろいしていた。
いったいこれからどうなるのか、不安そうな声があちこちから漏れ聞こえ、それにつられるようにアキラとショウコも不安になりながら状況を見守っていると、やがて広間の中央に巨大なスクリーンが下りてきた。
にわかに騒がしくなる中、スクリーンはわずかにノイズを走らせた後、中央に巨大なはてなマークを表示させた。
同時に、どこかからか声が聞こえてきた。
皆様、初めまして……
私はこの「パンドラ」の管理者をしております、「メーティス」と申します。
男とも女ともわからない機械音声で自己紹介をした「メーティス」は、さらに騒がしくなる少年少女たちを無視するように、言葉を続ける。
ただいまより、皆様がおかれた状況を説明させて頂きます。
しっかりと聞いてください
そうして「メーティス」から語られた内容は、その場にいた全員を恐怖させた。