秘技子犬剣

村で生きるには、その村に居場所が必要だ。

閉鎖されたコミュニティの端には、矛盾が見え隠れする。

この村では生け贄を捧げるしきたりがあるらしいが、その神木前に現れたのは神ではなく村人であった。

共同体という何者かに都合のいい組織は、いつしかその組織を守るために嘘をつく。

集団としての役割を演じるが故に、個々の心の闇は深い。

未開なことだ。

神隠しなど呼び名は変われど、はみ出した村人を処分する方法は、どの村でも持っているものだ。

いま、ゆうしゃたちが遭遇している出来事は、そのような単なる利己的な物なのかもしれなかった。

ゆうしゃたちが遠くから追跡する荷車は、朝方に洞窟へ入った。入ったのは二人のうち一人だ。

もう片方の男は外に残り、たき木に火をつけた。

腰を下ろしてはいるが、剣は地面に立て警戒しているようだ。

ゆうしゃたちが、男に近寄ってくと、気がついた男は立ち上がった。

それは以前生け贄の話をきいた店主であった。

店主

つけられていたのですね
人が悪い

カスミ

いつぞやの店主よ

これは、どういうことか
聞かせてもらおう

ひより

そうよ
どういうことか説明して

店主

ひよりさんの彼氏から
生け贄の交換を
持ちかけられた
といえばわかりますか

カスミ

やはり、身内の発言は
信用に値しないな

それであんたらが
取りに来たと言うことは

神とかでたらめなんだろ

店主

神さまのいる恵まれた
土地もありますが
この村には神はいないんです

でも村には神は
必要ということです

ひより

それって

楽園で過ごせるとか
おいしい食べ物とかも
嘘ってこと?

どうしてそういう
ことするの?

店主

あなたみたいな人が
来たじゃないですか

ひより

そうね

ひよりはため息をついた。

それは、自分に対するものだったのか、村のしきたりに対するものだったのか、そのどちらだったのかもしれない。

何を思ったか不用意にひよりが店主に近づこうとすると、あわてて店主は剣を構えた。

カスミ

危険だ
武器を持ってる

カスミはひよりをかばうようにして剣を抜いた

店主

命が惜しければ
立ち去れ

店主が突き出した剣が、風に揺られる木の葉のように定まっていない。

手が震えているのだ。

カスミ

手が震えているようだが?

店主

こっ、これは
北方に伝わる子犬剣だ

とっさに出た言い分けだった。

カスミ

生まれたてのか?

店主

そっ、そうだ!

震えることで敵を油断させ
攻撃を有利にするのだ

店主は焦ってカスミの言葉を受け、思ったままの言葉を口に出した。

たぶん慌てた店主本人も何を言っているか分かっていないだろう。

もう、意味不明だ。

カスミ

おまえさん
そんなに慌てるなよ

取って食おうって
言うわけじゃないんだから

それを聞いた店主がさらに混乱した。

店主

おれ、食われちゃうんですか?

カスミ

どうしてそうなる

だいたい生じゃ食えないだろ

店主

焼いて食うんですか!

店主は本気でそう思っているのだ。

だが、カスミもノリが良い方だから、ここまで来ればもうどこまでも悪ふざけだ。

否定などしない。

カスミ

わかっちゃいないなぁ

煮て食うんだよ。

店主

あわわわわ

カスミ

なっ、わけあるか!

言葉の出ない店主頭に、カスミは剣で軽く突っ込みを入れた。

店主は、あまりにもあっけなくその場にへたりと倒れて動かなくなった。

カスミ

ありゃりゃ

もしもし?

シャーロット

動かないですね

厳しい戦いであった。

カスミは剣を納めた。

ウィステリア

カスミにそういう
趣向があったのですね

私は、いりませんよ

ゆうしゃ

食あたりしませんか?

シャーロット

ゆうしゃさまなら
大丈夫ですよ

ひより

やっぱり
生なんでしょうか

カスミ

おいおい
何だよ、この雰囲気

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