物理攻撃

ひやりとした冷たさが、空気を伝わって感じてくる。

ここは何所なのだろうか。

目を開けると、石の壁で囲まれたなか、入り口付近の松明に明かりがつけられていた。

入り口が一つ、それ以外は出口はなさそうだ。その入り口も鉄格子で固く閉じられているようで出られそうにはなかった。

目を覚ました時、彼女は牢屋の中にとらわれているようだった。

ウィステリア

いつの間にか
寝ていたようね

ウィステリアが鉄格子を手で擦り押してみたが、それは頑丈でびくともしそうになかった。

ウィステリア

あたりまえよね
檻ですもの

ウィステリアは、記憶を整理することにした。

ひよりの彼氏の用意した樽に入ったことは覚えていた。その後、樽の中に入ったとたん、眠たくなったのを思い出した。

睡眠薬か何か入っていたのだろうか。結果、彼を信じるべきではなかったのだろう。

その白く整った顔を、見えない禍々しい重たい空気が覆った。目はシグナルレッドで奥には残忍なものが見え隠れする。

彼女も魔法使いなのだ、やる気になれば、ここからでも制裁をかけられるのだ。ただ、その変化はほんの一瞬の間だけであった。

今更、後悔しても何の解決にもならないとウィステリアは、さっと気持ちを切り替えたのだ。

ともかく、ここから出ないことには何も始まらなかった。

ウィステリアが、耳を澄ますと遠くで宴会のような騒がしい声が聞こえた。

この様子だと監視も居ないようだし、いまなら魔法を使ってもばれそうもなかった。

ウィステリア

しかたないわねぇ

っと言って、小さな杖を取り出した。

ウィステリア

私の本当の実力を
見せてあげるわ

胸の前でふった杖に周りから光が集まり始めた。

ウィステリア

古き聖杯の裏に書かれし
封じられし王よ

ウィステリアの紋章の元
その水をわれに

ペロポニアぎぃいぢぢぢっ

と途中で舌を噛んだ。

すると先ほどまで杖にあつまっていた光は杖を離れ、ゆっくりと地面にむかって落ち始めた。

ウィステリア

やばっ

ウィステリアは慌てて部屋の端に駆け込んだ次の瞬間、光は地面に触れたとたんに眩い光を発し軽い爆発を起こした。

次いで、破片がウィステリアにふってきた。

ウィステリア

もぅ、自爆とか
痛いわねぇ

詠唱ってどうも
苦手なのよね

こうなったら力業しかなかった

ウィステリアは、先ほど飛んできた破片の中から拳大の石を選んで手に取った。

これならば、本気で殴れば壁ぐらい、ぶち抜けないこともないと、ウィステリアは手に取った石を見つめた。

無理なのは分かっていた、でももしかしたらとウィステリアは石を前に突き出して構えて素振りをしてみた。

ウィステリア

やあっ!

ちょっとは様になっていた。ウィステリアの声が石壁に響き渡った。

そのウィステリアを鉄格子の向こうから覗くものがいた。

カスミ

ウィステリア

なにしてるんだ?

ウィステリア

え、あっう?

ウィステリアはとっさに石を後ろに隠した。

カスミ

さすが魔法使いだな

ウィステリアお得意の
物理攻撃か?

ウィステリア

ちっ、ちがうわよ

こっ、これは
ちゅっ、ちょっと
せっ、青春の気分を味わうために

白球に誓ってたのよ。

カスミ

デットボールの練習か?

ウィステリア

そうそう

これをぶつけて
試合を決めるのよ

カスミ

別の意味で
決まりそうだな

乱闘には混ぜろよな

ウィステリア

これだから
血の気を多い人は

とウィステリアはちょっと大げさにため息をついた。
もちろん、冗談だ。口元が笑っていた。

カスミ

おまえが言うかよ

とカスミが笑って返した。

ウィステリア

ところで

いつまで私を
こんなところに
入れておくの?

カスミ

たまには良いんじゃね?

ウィステリア

吹っ飛ばすわよ

カスミ

おおっ、こわっ

といったが、どういうわけか、それにはウィステリアはつきあわなかった。

ウィステリア

どこかに鍵が
あるはずだから
お願いするわ

カスミは鍵を探しに広間に戻ることにした。

食べかすの散らかった机の上、まだ新しい木箱の中など、くまなく探してみたが、鍵らしい物は見つけることはできなかった。

そのかわり、ある物がカスミの目にとまった。

カスミ

これは、たしか
ヤツメ銀貨

ヤツメとは、西の果ての商人の名で、彼らが扱うのは霊のたぐいだ。

冒険者家業ゆえ、その忌まわしき商人の話を耳にすることもあったのだ。

カスミ

まいったね

その独り言に答えたのは、いないはずのウィステリアだった。

ウィステリア

それにしても、食べ散らかしたわね

カスミ

これはこれは
お早い脱出で

それで
どうやって
出てきたのかな?

その質問に、ウィステリアがひよりの方を向いた。

カスミがなるほどという顔をして納得した。

ひより

ちょっと

カスミ

ちょっと?

ひより

ちょっと
細かったから?

カスミ

ほぅ
とんでもない馬鹿力

まいったわ

とことん
うちのパーティ
近接しか居ないな

ゆうしゃ

困りましたね

シャーロット

こまったこまった

ウィステリア

やっぁ!

突然、ウィステリアは気合いをだした。

憎まれ口を叩いたカスミのすぐ横を、こぶし大の石が掠めて飛んでいった。

カスミ

あぶねえなぁ

なんだよまったく

ウィステリア

ボールが
飛んでいきたいって
言ってたから

シャーロット

カスミさん
好かれてるぅ

カスミ

石にか?
それとも
ウィステリアにか?

そこに後ろからのそっと、ゆうしゃが顔を覗かせた。

ゆうしゃの頭には、遠目から見て分かるほどのたんこぶができていた。

ゆうしゃ

どちらでも
良いですが

石に好かれたのは
ぼくですよ

カスミ

おお、でっけえ
たんこぶ

ゆうしゃは
良く変な物に
好かれてるな

シャーロット

ん?

どういう
意味ですか

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