傷薬
傷薬
商人が直立で完全に拘束されたのを確認してから、ウィステリアは商人の死角となる後ろへゆっくりと歩いて回った。
思っていたとおり。まっさきに逃がしましたね
その声に焦りは見られない。意味のない空元気という訳ではないようだ。
だが、その言葉の意味することが、ウィステリアには幾分飲み込めずにいた。
?
商人は続けた。
あなたの依頼人の口から
思いもしない
名前を聞きまして
ゆうしゃが狙い?
察しが良いようで
ゆうしゃは、いつも
狙われてますから
魂を捕獲するだけなら、
先ほどのハンカチで
事足ります
ここに出向く
必要などありません
本物かどうか
確認に来たと
そうなりますね
ゆうしゃに
頼み事がありまして
偽物よ!
先ほど狙われてると
いいましたよね
今更遅いです
あなたの依頼人も
あなたも
なかなか強情なようで
それって
火を放ったのは
あなたってこと?
さて、記憶にございません
ただ、近くのランプが
倒れた気はします
ウィステリアの方からは、彼の顔は見えないが口元は笑っているようであった。
依頼人が居なかったら
お金が入って
こないじゃない
だったらどうします?
ここで殴りますか?
何の解決にもなりませんよ
それとも
私の話だけでも
聞きますか?
話だけ?
シャーロットとひよりを倒されて、今更何を話すことがあるというのだ。
ウィステリアの心は穏やかではない。握り拳に力がこもった。
そして、ウィステリアは怒りにまかせて、商人の後頭部をはたいた。
次の瞬間、周りに、コーンっという、中身が空洞のような音が響いた。
えっ?
ばれてしまいましたか
どういうこと!?
すると商人の頭がコトリ、コトリとゆっくりと回り始めた。
それは、人間ではなく生気のない何か、もう機械のような物であった。
このとき、商人の顔がゆっくりと彼女に向いてきたが、逃げる時間があるにもかかわらず、驚きのあまり動くことをウィステリアはわすれていた。
商人の口が動いて口の中から何かが飛んできた。
咄嗟にウィステリアはその何かを避けたが、勢い余り尻餅をついた。
次の何かがあれば危なかっただろうが、次は飛んでこなかった。
ほう、よく避けましたね
ウィステリアは商人を無視でもするように、それには答えず無言で立ち上がると、お尻についた土をほろい、ため息をついた。
この私につばを
吐きかけるとは
いい度胸ね
毒矢だが
そんなことウィステリアには関係ないことだった。
素早く商人に近寄ると、髪をわしづかみにして、そのまま首を引き抜いた。
そして地面に無造作に置いた。
思った通り
やっぱり人形ね
簡単に抜けちゃった
なっ、何をするつもりだ!?
ウィステリアは、どこからともなく双眼鏡を取り出した
方角、南南西
距離2キロ
目標、村長の家
やっ、やめろ
ウィステリアはかまわずに首だけの人形に粉をかけ、呪文を唱え始めた。
それは、移動系の初歩的な呪文であった。
空から顔だけの人形が
飛んできたら
どうなるでしょうね
あとは、村人次第
頭は浮遊すると目的地へ向かって空を移動し始めた。
そこに、タイミングよくカスミが戻ってきた。
あれ、もうおわっちゃの?
商人は?
あっち
ウィステリアが村の方を指さしたが、そこはもう何もない点であった。
ところで
ゆうしゃさまは?
危ないから
向こうで待って
もらってるよ
でも、一人にして
良いのかしら
それはどういうことなのだろうか。
カスミには、ゆうしゃに危険があるとは思えなかった。
安全なところに置いてきたつもりだ。
どういうことだ?
そうね
たぶん
ウィステリアが説明するまでもなく、その憂慮していたことがすでに起こったようで、先ほど命を失ったはずのシャーロットとひよりの声が聞こえてきた。
あれ、わたくし
死んだはずですよね?
ゆうしゃが、勝手にシャーロットとひよりを生き返らせたのだ。
その代償は、ゆうしゃ本人の命なのだ。
ゆうしゃさまを
止めても無駄でしょうし
遅いか早いかですから
カスミ
気を落とさないで
おまえの傷薬は
焼酎ですか