カラッと晴れた秋の朝。




薄着をした肌に、


やや冷たい朝の空気は


日々刺々しさを増していく。











































両手にいっぱいの荷物を持った少年は


近代的な門構えの一軒家の前に立った。


片手の荷物を地面へおろし


なれない呼び鈴を押す那由汰。



























































しかし、一向に返事がない。


もう一度呼び鈴を押す。









































































やはり返事がない。


しびれを切らした那由汰は


玄関の扉を開けて、挨拶をする。

那由汰

こんにちわー…



すると、家の奥から


エプロン姿の中年男性が顔を出した。

瀧林教授

お、那由汰君か。久しぶりだね。

那由汰

久し振りです、瀧林先生。

瀧林教授

ここで先生はやめてくれよ。家にいる時は一人の父親さ。

那由汰

じゃあ、久しぶりです、紗希ねぇちゃんのお父さん

瀧林教授

紗希なら今、寸杜《すんと》用のおむすびを握ってるよ。

那由汰

紗希ねぇちゃんのお父さんは何でエプロン姿なんですか?

瀧林教授

ああ、これね。



紗希の父はエプロンの裾をつまみながら、


こっ恥ずかしそうに答える。

瀧林教授

いやー、紗希がおむすびを握れないって嘆いているから、一緒に手伝ってたんだ。

那由汰

紗希ねぇちゃんの弱み発見だな…。

瀧林教授

恥ずかしながら、妻に先立たれて以来、僕が女の子らしい事を紗希になかなか教えてやれなくてなぁ…。

那由汰

…。
寸杜むすびなら僕が手伝います。

瀧林教授

お、助かるよ!
私も実は苦手でね。
寸杜むすびは難しくてねぇ……。

瀧林教授

実は青年部の手伝いで面白いものを見つけたから、ちょっとその調査をしたくてね。

那由汰

先生はお仕事に集中してください。
また今度研究成果を聞かせてください。

瀧林教授

ありがとう、那由汰君。
ぜひ君にも教えたいことがあるんだ。
まとまった時間が取れる時に来てくれ。

那由汰

ありがとうございます、先生。
楽しみにしています!


そう言うと、那由汰は


両手の荷物を玄関脇に置き、靴を脱いだ。

























祭支度























* * *

















台所では紗希が炊いた古々米を相手に


悪戦苦闘していた。



紗希

…こうやって、こうやって、こうして…
…あぁ、また崩れた…。
もーやだぁ!

那由汰

まったく…不器用だなぁ、紗希ねぇちゃんは。

紗希

な、那由汰!?いつの間に!?

那由汰

すこし前から。

那由汰

ちょっと貸して、紗希ねぇちゃん。

紗希

何よ!那由汰にできるの!?

那由汰

ほら、寸杜用の小さいおむすびは指全部を使おうとすると無理なんだ。

重要なのは両手の中指と人差し指の腹で握ることなんだ。

紗希

む…。

那由汰

みててごらん。



那由汰は慣れた手つきで、



一寸ちょっとのおむすびを



次々と作っていく。

紗希

むむむー…。

紗希

ちょっと代わって!

那由汰

無理すんなって、紗希ねぇちゃん。
俺は小さい頃からやってるんだから。

2〜3年前にこの島に来た紗希ねぇちゃんとは違うの!

紗希

やらせて!
こうやって、こうして…
ぐ…。


体全体に力がこもりすぎる紗希は、


寸杜むすびを握っているうちに


何処かへと飛ばしてしまった。

紗希

な…なんでぇ…



がっくりとうなだれる紗希。


そんな紗希に那由汰は優しく声をかける。

那由汰

もっと気楽にやりなよ。駄目そうだったらあとは全部俺が握るからさ。

紗希

…おねがい…します。

那由汰

うん。


と、答えると


那由汰は寸杜むすびを握り始めた。

紗希

あの〜……。

那由汰

どうしたの、紗希ねえちゃん。


次々とできあがる寸杜むすびの山を見ながら


紗希は聞いた。

紗希

今日は私が迎えに行く約束じゃなかったかしら?

那由汰

紗希ねえちゃん、時計見てた?



言われて時計の方を振り返る紗希。

紗希

……ぐ……。
いつの間にこんな時間に……。

那由汰

紗希ねえちゃん待ってたら
明日まで来ない気がしたから
迎えに来た。

紗希

うう……。スミマセン……。

那由汰

あと、3個かな。



と言いながら、


残る古々米を見る那由汰。




紗希

……ねぇ。
那由汰のうちの寸杜むすびは
全部那由汰が握ったの?

那由汰

うん。一昨年からばぁちゃんが台所に立つのも辛くなってきたから、俺がやってる。

紗希

…そう…なんだ。

那由汰

はい、できあがり。

紗希

…ありがとうございます。
この御礼は如何ようにすれば良いでしょう…?



バツの悪そうにへりくだる紗希。




那由汰は少し考えた後、

那由汰

そうだ、紗希ねぇちゃん。
頭屋《とうや》の手伝いをしてくれない?



と切り出した。

紗希

…頭屋…って何?

那由汰

まぁ、神主とか巫女さんみたいなものさ。専任でやってるわけじゃないから、神主って言わないだけで。

那由汰

…あとは…ちょっと装束が変わっているくらいだけど、紗希ねぇちゃんならきっと似合うよ。


紗希は那由汰の言葉に


ピクリと反応するものの、


表情を曇らせたまま

紗希

…私めに務まるのでしょうか?
この不器用な私に…。


と返す。




自信という名の背骨を


ポッキリと折られた少女は


なかなかいつもの調子に戻れない。





そんな紗希の様子を見た那由汰は


いたずらっぽく語りかける。

那由汰

もともと、荷物を持ってもらうつもりだったけど、紗希ねぇちゃんが使う装束を紗希ねぇちゃんに持ってもらうなら、心が傷まないよね。



ぬ、と紗希の心の奥底の


姉御肌が首をもたげる。

紗希

…ちょっと、調子に乗ってきてないかしら?那由汰さん。



那由汰は少しにやけながら

那由汰

バレた?

と返す。

紗希

こぉらぁぁぁ!!!
那由汰あぁ!!

那由汰

じゃあ、よろしく頼むよ、紗希ねぇちゃん。


すっかり那由汰のペースに


乗せられた紗希は、


もはや自分の不器用さなどは


どうでも良かった。





ただ、この時間を存分に楽しむ事が


一番だと感じたから。















* * *













同日、病院の一室。

…08時23分、御臨終です。

花江

和哉ぁ!かずやぁぁ!!!!

…おい、嘘だろ…

雄二

か…かずや?

先生、嘘だと言ってくれよ!いま、鼻のあたりがピクッと動いた気がしたぞ!

……




青年は肺炎を拗らせて他界した。




村祭の寸杜《すんと》が始まる


2時間程前の事である。


つづく

pagetop