お嬢様、お時間でございます。

壮麗だが冷たさを感じさせる屋敷の一角で獣頭人身に白いスーツを着込んだ、男と思しきモノの声が響く。
その対象は白いケープを着た少女だ。

また時間なのねデーミック。

はい。楽しい殺戮の刻でございますよ。

殺戮の刻とは物騒な言葉だが、少女は眉をピクリとも動かさない。

面倒くさいわ……それにまたあの無暗に陽気な位階の鐘の音の乱打を聞くんだと思うと憂鬱。

位階の鐘の音とは、他者を殺すことで存在の位階が上昇したことを知らせる福音のようなものだ。
普通の存在には。

それで、今日は何を殺せばいいの?

お嬢様には容易い相手ですよ。
魔竜です。

鐘の音頭痛確定だわ。
酷くないデーミック。
位階の上がった私の血を楽しむのは貴方なのだから。
もう少し気遣ってくれていいと思うの。

まぁそうおっしゃらずに。
位階だけが取り柄のお嬢様の衣食住の面倒を見ているのは私ですので。
その恩返しということで。

知っているデーミック。
生活必需品より嗜好品の方が世の中で高価らしいわよ。

では私の生活必需品であるお嬢様の血は格安でよろしいですね。
いやぁ、助かります。

本当に、ああいえばこういうのね。
可愛げのない犬ね、デーミック。

私、可愛げを売りにする犬ではございませんので。
さ、お勤めを果たしてくださいませ。
お嬢様。

はぁ。解ったわよ。
じゃあちょっと行ってくるわ。
たぶん殺し終わったら鐘の音の頭痛で動けないからあとは好きになさい。

ありがたき幸せ。
お嬢様の血は美味ですからね。
幼い時分から病で弱らせた芋虫から初めて地道に位階をあげていただいた甲斐があったというものです。

笑顔で部屋から出ていく少女を見送るデーミックは実に楽しそうだ。
そう、それこそ芋虫のような弱い存在だった少女を魔竜も容易く屠る怪物に育て上げたのは彼なのだ。
たとえその狙いが高い位階の人間の美味なる生き血だとしても、その恩は少女にとって変わらない。
そして今日も強き者が一つ消え、少女に天からの頭痛が襲い来るのだった。

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