照明が落とされた暗い部屋の中で、モニタに無数に流れる数字やアルファベットの羅列をじっと眺めていた男が、頭を抱えるように項垂れた。

ちくしょう……
また失敗か……

盛大にため息をつきながら、彼は「もしかしたら」という僅かな期待と共に、再びモニタに目を向ける。
しかし何度みても、そこには彼にとって無情な一言しか表示されていなかった。

EXPERIMENT IS FAILED

実験は失敗しました。
英語でそう表示された文字を見て、重々しくため息をついた彼は、やがて諦めたように手元の資料に何事かを書き込み、助手が入れてくれたコーヒーを一気に煽った。
そうして疲れた目を揉み解しながら、次の実験に必要なデータをパソコンに打ち込もうとしたときだった。

控えめのノックと共に、コーヒーを入れてくれた助手が顔を覗かせてきた。

先生……
お客様がお見えになりました……

そこでようやく、そういえば今日は来客の予定があったと思い出した彼は、軽く頷いて助手に「お客様」を連れてくるように言う。
そして、助手がその「お客様」を迎えに行っている間に、彼は自分の身なりを軽く整えた。
これからやってくる「お客様」は、彼にとって大事な雇用主であり、彼が行っている実験に必要な莫大な費用を提供してくれているスポンサーでもある政府の役人だ。
それゆえに、失礼に当たらないように身なりを整えた彼の元へ、程なくして助手に連れられて、例の「お客様」がやってきた。

わざわざこんなところまでおいでいただいて申し訳ありません。

役人が部屋に入った途端、営業スマイルを浮かべながら立ち上がり、手を差し伸べる。
それに対して役人もまた、胡散臭い笑みを浮かべながら彼の手を握り返した。

いえいえ……
先生には難しいプロジェクトを担当していただいているのですから……
こちらから出向くのがせめてもの礼儀ですよ

軽い前置きをしてから、役人は早速とばかりに本題を切り出した。

それで……
進捗はどうですか?
以前から何か進展はありましたか?

役人の問いに、彼は軽く方を竦めて見せたあと、さっきまで「実験失敗」の文字を浮かべていたモニタに目を向ける。
今は大量のアルファベットや数字が流れるそれを見ながら、彼は説明した。

先ほど、またシミュレーションが失敗しました
詳しい原因は、まだ「メーティス」が解析中ですが、多分環境データの不足が原因でしょう……

そうですか、と返しながらも役人は実のところ、この研究者の彼が何を言っているのかさっぱり理解できなかった。
それどころか、むしろ理解しなくていいとさえ思っている。
役人たる彼は、あくまでもプロジェクト全体を取りまとめる政府の一員であり、細かな原因や手法などは関係ないことだと割り切っているからだ。
だから役人の彼は、わざとらしく腕時計を覗き込み、顔色を変えて見せる。

おっと……そろそろ時間ですね……
もっと先生のお話を聞いていたかったですが、残念です

そうして役人は立ち上がり、彼と固く握手を交わす。

それでは先生
引き続き、研究のほうをがんばってください……
我々政府も、全力を持ってあなたをバックアップいたしますので……

よろしくお願いします、と頭を下げる彼に別れを告げ、役人が部屋を立ち去る。
それを見送ってから、再びため息をついた彼は、高速で文字が流れるパソコンに向かって声をかけた。

メーティス
状況はどうなっている?

現在、新しいシミュレーションへ向けて、環境データを構築中です

機械音声特有の抑揚にかけた声に、彼は満足そうに頷く。

そうか……
環境データの構築が終わったら、そのままシミュレーションを開始してくれ
ついでに、さっきのシミュレーションの失敗の原因をレポートにまとめて、私のパソコンに送信しておいてくれ

了解しました、マスター
環境データ構築完了まで、残り20秒……
シミュレーション開始まで、残り40秒……

…………
…………
環境データの構築完了
シミュレーションを開始します

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