飯田 隆司(いいだ りゅうじ)

おい。悠斗、由衣……。
お前ら何やってんだ?

 その一言で、
私たちは夢心地から一気に覚めた。


 どういうわけか、
隆司がいつもより早く
バイトから帰って来たのだ。

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

隆司……!


 全身の血の気が引いていく。

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

(駄目……。
隆司の顔が
まともに見れない……)


 すると隆司が、
今までに聞いた事が無いほどの
低い声で言った。

飯田 隆司(いいだ りゅうじ)

まさかオレが居ない間に
こんな事になってたなんてな

飯田 隆司(いいだ りゅうじ)

だったらなんで
昨日のキスを受け入れたんだよ!

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

ごめん、隆司。
私、高校のときからずっと
蒼山くんが好きだったの。
だけど、隆司のことも
嫌いじゃないから……

飯田 隆司(いいだ りゅうじ)

高校のときからってなんだよ。
お前らも知り合いだったっていうのか?
ふざけてんじゃねえよ!


 隆司が近くに有ったゴミ箱を蹴り倒す。


 ゴミがカーペットに撒き散らされて、
ゴミ箱はいびつな形にへこんでしまった。

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

り、隆司……っ


 隆司が怖くなり、
私は全身を小刻みに震わせる。


 そんな私を見て、
蒼山くんは私を庇うように一歩踏み出した。

蒼山 悠斗(あおやま ゆうと)

ふざけているわけじゃない。
今まで黙っていたが、
俺たちは高校の同級生だったんだ

飯田 隆司(いいだ りゅうじ)

何だよそれ、
わけわかんねーよ!
こんなの裏切りじゃねーか!

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

隆司、ごめ……


 蒼山くんが私の前に手を出して、
謝ろうとするのを止める。

蒼山 悠斗(あおやま ゆうと)

栗崎は隆司を裏切ってはいない。
むしろ隆司、
お前は栗崎の気持ちを確かめてから
キスをしたのか?

飯田 隆司(いいだ りゅうじ)

そんなこと悠斗には関係ねえだろ!
大体なぁ悠斗、
お前だってなんだよ。
前から由衣に気があるっていうのが
見え見えだったんだよ

蒼山 悠斗(あおやま ゆうと)

……だから何だ?

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

(そうだったの?
全然気づかなかった)

飯田 隆司(いいだ りゅうじ)

だから何だじゃねえだろ!
やせ我慢してたくせに、
オレが行動に出たとたんに
横から奪うのか?
そんなの卑怯だろ!

蒼山 悠斗(あおやま ゆうと)

…………


 隆司が早口でまくし立てるのに対して、
蒼山くんは冷静な表情のままで黙った。



 そして三人の間に、気まずい空気が流れる。

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

(どうしよう。
こんなことになったのは
私が原因だ)

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

(私がきちんと自分の意見を持って、
隆司に流されずに
蒼山くんに気持ちを
伝えていれば……)

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

(ううん、違う。
そんなことしても
隆司を傷つけるだけで、
せっかく築き上げた
信頼関係を壊しちゃう)

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

(私なんて、
最初から居なければ
良かったんだ……)

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

二人とも、ごめん。
私、明日にでも……
部屋を出て行く!

蒼山 悠斗(あおやま ゆうと)

栗崎!?

飯田 隆司(いいだ りゅうじ)

おい待てよ!

 2人の方には振り向かず、
私は自分の部屋へ駆け込んで
内側から鍵を掛けた。

飯田 隆司(いいだ りゅうじ)

こんな半端なままじゃ駄目だろ!
ちゃんと話し合おうぜ!!

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

ごめん……

飯田 隆司(いいだ りゅうじ)

由衣!

 私はドアを背にしたまま、
開けることはなかった。

蒼山 悠斗(あおやま ゆうと)

無理に引っ張り出しても
解決にならないだろう。
少し時間を置こう

飯田 隆司(いいだ りゅうじ)

…………

蒼山 悠斗(あおやま ゆうと)

なあ、栗崎。
気持ちが落ち着いたら、
ちゃんと話してくれるよな?

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

……わかった


──その晩は、
なかなか眠りに就くことができなかった。

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

(部屋を出る前に、
光熱費や部屋代を
精算しなきゃいけないよね)

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

(それに引越し先も
決めないと)

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

(明日になったら、
このルームシェアは
終わっちゃうんだから……)


 不意にインターホンが鳴って、
身体を起こす。

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

(こんな時間に誰?)


 玄関のドアを荒々しく叩く音が聞こえた。

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

(何なの?)


 部屋のドアを開けて、恐る恐る玄関へ向かう。

 蒼山くんと隆司も不審な音を
聞きつけたようで、
険しい顔で玄関へやって来た。

蒼山 悠斗(あおやま ゆうと)

何だ……?


 隆司がドアの覗き窓を見る。

飯田 隆司(いいだ りゅうじ)

おっさんとおばさんが
立ってるけど、
お前らの知り合い?

おい、由衣!
出て来い!

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

(えっ!)


 私もドアに近づいて覗き窓を見る。

由衣の父

ここに居るのは
わかってるんだぞ!

由衣の母

由衣、お願い。
出て来てちょうだい

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

うそ……。
お父さんとお母さんだ

飯田 隆司(いいだ りゅうじ)

なんで由衣の親が
こんな時間に来るんだ?

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

えっと……

蒼山 悠斗(あおやま ゆうと)

栗崎……。
まさか家出してるのか?

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

……うん

飯田 隆司(いいだ りゅうじ)

マジかよ?
じゃあ由衣を
連れ戻しに来たのか?

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

たぶん、そうだと思う……。
私をお見合いさせる気で
いたから……

飯田 隆司(いいだ りゅうじ)

お見合い!?

由衣の父

由衣!!

蒼山 悠斗(あおやま ゆうと)

とりあえず返事をしよう。
これじゃあ近所迷惑だ

飯田 隆司(いいだ りゅうじ)

でも、ドアなんか開けたら
由衣を連れて行かれるだろ

蒼山 悠斗(あおやま ゆうと)

開ける必要は無い


 蒼山くんはインターホンの応答ボタンを押した。

蒼山 悠斗(あおやま ゆうと)

うちに何か
御用でしょうか?

由衣の父

うちの娘を出しなさい!
君たちと一緒に暮らしてるのは
知っているんだ!

飯田 隆司(いいだ りゅうじ)

居ないって言っちまえよ

蒼山 悠斗(あおやま ゆうと)

もう居場所はバレているんだ。
そんな事を言ったら
余計に話がこじれるだろ

由衣の母

由衣。
お母さんに顔を
見せてちょうだい

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

お母さん……

蒼山 悠斗(あおやま ゆうと)

どうする、栗崎?
自分で話すか?

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

うん

飯田 隆司(いいだ りゅうじ)

大丈夫かよ……

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

お母さん?

由衣の父

由衣!
今すぐ出て来なさい!

由衣の母

お父さん、落ち着いて

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

明日になったらきちんと話すから、
今は帰って。
こんな時間だとみんなに迷惑だよ

由衣の父

そう言って
逃げ出す気だろう!

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

そんなことしないよ。
明日話すのが駄目っていうなら、
もうお父さんたちとは口を利かない

由衣の父

お前なあ、
親に向かって……

由衣の母

お父さん、
由衣の言う通りにしましょう

由衣の父

う、ううーん……

由衣の母

それじゃあまた明日くるわね。
夕方頃に来てもいいかしら?

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

……うん

由衣の母

おやすみなさい、由衣

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

おやすみ……




 時間が少したってから、隆司が覗き窓を見る。

飯田 隆司(いいだ りゅうじ)

もう帰ったみたいだな

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

二人とも、
寝てたのにごめんね

飯田 隆司(いいだ りゅうじ)

それはいいんだけど……。
家出してた上に見合いって
どういうことだ?

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

二人には言ってなかったけど、
実はお見合いが嫌で
親に黙って家を出たの……

蒼山 悠斗(あおやま ゆうと)

それで住む所に困って、
ルームシェアに
応募したというわけか

飯田 隆司(いいだ りゅうじ)

悠斗ほどしっかりしてる奴が、
由衣が家出娘だってことに
気づかなかったのかよ?

蒼山 悠斗(あおやま ゆうと)

おかしいと思う部分はあったさ。
でも応募者に過度な干渉をして
根掘り葉掘り聞く必要は無いだろ?

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

ううっ……。
なんか本当に、
色々とごめん……

蒼山 悠斗(あおやま ゆうと)

気にするな

飯田 隆司(いいだ りゅうじ)

そうだよ、謝んなくていいから。
それよりも問題なのは、
由衣が連れ戻されたら
お見合いさせられるってことだな

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

もういいよ、
あきらめたから。
どうせこの部屋を
出て行くんだし……

蒼山 悠斗(あおやま ゆうと)

それは駄目だ!

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

蒼山くん?

蒼山 悠斗(あおやま ゆうと)

自分の意思で新しい生活を始めたのに
また親の言い成りに戻るのか?
それも、好きでもない相手との
結婚を考えるなんて……

飯田 隆司(いいだ りゅうじ)

そうだな。
俺たちとの話し合いも
まだ終わってないんだしさ

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

でも……。
うちの親は何を言っても
聞いてくれないから、
帰るしかないよ……

飯田 隆司(いいだ りゅうじ)

自分の意見を
言う気も無いのか?

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

伝えたって無駄だよ。
だから黙って家出をしたの

飯田 隆司(いいだ りゅうじ)

言わせてもらうけどさ、
由衣って困難にぶつかったら
すぐ逃げ出すよな

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

……っ!

蒼山 悠斗(あおやま ゆうと)

隆司、
それは言いすぎだ

飯田 隆司(いいだ りゅうじ)

言いすぎじゃねえよ。
問題と向き合わせないと、
由衣は俺たちの前から
居なくなっちまうんだぞ?

蒼山 悠斗(あおやま ゆうと)

……そうだな。
俺もこんな形で
栗崎と別れるのは嫌だ

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

二人とも……

飯田 隆司(いいだ りゅうじ)

一晩考えろよ。
ここでの生活を選ぶか、
もしくは親を選ぶのか

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

そんなの……。
選べって言われても困るよ……

飯田 隆司(いいだ りゅうじ)

だったら面倒な事から全部逃げて、
納得しないまま見合いするのか?
そのまま一生逃げ続けるのか?

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

…………

蒼山 悠斗(あおやま ゆうと)

隆司、そんなに栗崎を責めるな

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

いいの、蒼山くん。
隆司の言う通りだから

蒼山 悠斗(あおやま ゆうと)

栗崎……

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

私は今まで親の言いなりだった。
それは親の考えに
納得したからじゃない。
そうするのが楽だったから

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

でもお見合いを
させられるって聞いたとき、
初めて自分の人生は
自分で決めたいと思った

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

だから私はこうして、
蒼山くんと隆司に
会うことができたんだよ

飯田 隆司(いいだ りゅうじ)

だったらどうするかは
決まったな!

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

えっ?

飯田 隆司(いいだ りゅうじ)

オレたちのどっちかを選んで、
家には帰らない。
明日は親を説得するしかないな

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

うん……。
私に出来るかな?

蒼山 悠斗(あおやま ゆうと)

栗崎なら大丈夫だよ。
ご両親もここまで追いかけて来たのは、
お前の本当の気持ちを
聞きたいからだろう

飯田 隆司(いいだ りゅうじ)

もし不安なら、
オレたちも一緒に話すけど?

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

ううん、それはいい。
これは私の問題だから

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

蒼山くんと隆司のどっちと
お付き合いするかの答えは、
その後でもいいかな?

蒼山 悠斗(あおやま ゆうと)

ああ、もちろんだ

飯田 隆司(いいだ りゅうじ)

しょうがねえな、
少し待ってやるよ

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

ありがとう、二人とも

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

(あの親たちが、
ただ話し合いだけをして
帰るとは思えない)

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

(何かたくらんでるだろうけど、
私は家に戻らないってことを
きちんと伝えなくちゃ)

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