その一言で、
私たちは夢心地から一気に覚めた。
どういうわけか、
隆司がいつもより早く
バイトから帰って来たのだ。
おい。悠斗、由衣……。
お前ら何やってんだ?
その一言で、
私たちは夢心地から一気に覚めた。
どういうわけか、
隆司がいつもより早く
バイトから帰って来たのだ。
隆司……!
全身の血の気が引いていく。
(駄目……。
隆司の顔が
まともに見れない……)
すると隆司が、
今までに聞いた事が無いほどの
低い声で言った。
まさかオレが居ない間に
こんな事になってたなんてな
だったらなんで
昨日のキスを受け入れたんだよ!
ごめん、隆司。
私、高校のときからずっと
蒼山くんが好きだったの。
だけど、隆司のことも
嫌いじゃないから……
高校のときからってなんだよ。
お前らも知り合いだったっていうのか?
ふざけてんじゃねえよ!
隆司が近くに有ったゴミ箱を蹴り倒す。
ゴミがカーペットに撒き散らされて、
ゴミ箱はいびつな形にへこんでしまった。
り、隆司……っ
隆司が怖くなり、
私は全身を小刻みに震わせる。
そんな私を見て、
蒼山くんは私を庇うように一歩踏み出した。
ふざけているわけじゃない。
今まで黙っていたが、
俺たちは高校の同級生だったんだ
何だよそれ、
わけわかんねーよ!
こんなの裏切りじゃねーか!
隆司、ごめ……
蒼山くんが私の前に手を出して、
謝ろうとするのを止める。
栗崎は隆司を裏切ってはいない。
むしろ隆司、
お前は栗崎の気持ちを確かめてから
キスをしたのか?
そんなこと悠斗には関係ねえだろ!
大体なぁ悠斗、
お前だってなんだよ。
前から由衣に気があるっていうのが
見え見えだったんだよ
……だから何だ?
(そうだったの?
全然気づかなかった)
だから何だじゃねえだろ!
やせ我慢してたくせに、
オレが行動に出たとたんに
横から奪うのか?
そんなの卑怯だろ!
…………
隆司が早口でまくし立てるのに対して、
蒼山くんは冷静な表情のままで黙った。
そして三人の間に、気まずい空気が流れる。
(どうしよう。
こんなことになったのは
私が原因だ)
(私がきちんと自分の意見を持って、
隆司に流されずに
蒼山くんに気持ちを
伝えていれば……)
(ううん、違う。
そんなことしても
隆司を傷つけるだけで、
せっかく築き上げた
信頼関係を壊しちゃう)
(私なんて、
最初から居なければ
良かったんだ……)
二人とも、ごめん。
私、明日にでも……
部屋を出て行く!
栗崎!?
おい待てよ!
2人の方には振り向かず、
私は自分の部屋へ駆け込んで
内側から鍵を掛けた。
こんな半端なままじゃ駄目だろ!
ちゃんと話し合おうぜ!!
ごめん……
由衣!
私はドアを背にしたまま、
開けることはなかった。
無理に引っ張り出しても
解決にならないだろう。
少し時間を置こう
…………
なあ、栗崎。
気持ちが落ち着いたら、
ちゃんと話してくれるよな?
……わかった
──その晩は、
なかなか眠りに就くことができなかった。
(部屋を出る前に、
光熱費や部屋代を
精算しなきゃいけないよね)
(それに引越し先も
決めないと)
(明日になったら、
このルームシェアは
終わっちゃうんだから……)
不意にインターホンが鳴って、
身体を起こす。
(こんな時間に誰?)
玄関のドアを荒々しく叩く音が聞こえた。
(何なの?)
部屋のドアを開けて、恐る恐る玄関へ向かう。
蒼山くんと隆司も不審な音を
聞きつけたようで、
険しい顔で玄関へやって来た。
何だ……?
隆司がドアの覗き窓を見る。
おっさんとおばさんが
立ってるけど、
お前らの知り合い?
おい、由衣!
出て来い!
(えっ!)
私もドアに近づいて覗き窓を見る。
ここに居るのは
わかってるんだぞ!
由衣、お願い。
出て来てちょうだい
うそ……。
お父さんとお母さんだ
なんで由衣の親が
こんな時間に来るんだ?
えっと……
栗崎……。
まさか家出してるのか?
……うん
マジかよ?
じゃあ由衣を
連れ戻しに来たのか?
たぶん、そうだと思う……。
私をお見合いさせる気で
いたから……
お見合い!?
由衣!!
とりあえず返事をしよう。
これじゃあ近所迷惑だ
でも、ドアなんか開けたら
由衣を連れて行かれるだろ
開ける必要は無い
蒼山くんはインターホンの応答ボタンを押した。
うちに何か
御用でしょうか?
うちの娘を出しなさい!
君たちと一緒に暮らしてるのは
知っているんだ!
居ないって言っちまえよ
もう居場所はバレているんだ。
そんな事を言ったら
余計に話がこじれるだろ
由衣。
お母さんに顔を
見せてちょうだい
お母さん……
どうする、栗崎?
自分で話すか?
うん
大丈夫かよ……
お母さん?
由衣!
今すぐ出て来なさい!
お父さん、落ち着いて
明日になったらきちんと話すから、
今は帰って。
こんな時間だとみんなに迷惑だよ
そう言って
逃げ出す気だろう!
そんなことしないよ。
明日話すのが駄目っていうなら、
もうお父さんたちとは口を利かない
お前なあ、
親に向かって……
お父さん、
由衣の言う通りにしましょう
う、ううーん……
それじゃあまた明日くるわね。
夕方頃に来てもいいかしら?
……うん
おやすみなさい、由衣
おやすみ……
時間が少したってから、隆司が覗き窓を見る。
もう帰ったみたいだな
二人とも、
寝てたのにごめんね
それはいいんだけど……。
家出してた上に見合いって
どういうことだ?
二人には言ってなかったけど、
実はお見合いが嫌で
親に黙って家を出たの……
それで住む所に困って、
ルームシェアに
応募したというわけか
悠斗ほどしっかりしてる奴が、
由衣が家出娘だってことに
気づかなかったのかよ?
おかしいと思う部分はあったさ。
でも応募者に過度な干渉をして
根掘り葉掘り聞く必要は無いだろ?
ううっ……。
なんか本当に、
色々とごめん……
気にするな
そうだよ、謝んなくていいから。
それよりも問題なのは、
由衣が連れ戻されたら
お見合いさせられるってことだな
もういいよ、
あきらめたから。
どうせこの部屋を
出て行くんだし……
それは駄目だ!
蒼山くん?
自分の意思で新しい生活を始めたのに
また親の言い成りに戻るのか?
それも、好きでもない相手との
結婚を考えるなんて……
そうだな。
俺たちとの話し合いも
まだ終わってないんだしさ
でも……。
うちの親は何を言っても
聞いてくれないから、
帰るしかないよ……
自分の意見を
言う気も無いのか?
伝えたって無駄だよ。
だから黙って家出をしたの
言わせてもらうけどさ、
由衣って困難にぶつかったら
すぐ逃げ出すよな
……っ!
隆司、
それは言いすぎだ
言いすぎじゃねえよ。
問題と向き合わせないと、
由衣は俺たちの前から
居なくなっちまうんだぞ?
……そうだな。
俺もこんな形で
栗崎と別れるのは嫌だ
二人とも……
一晩考えろよ。
ここでの生活を選ぶか、
もしくは親を選ぶのか
そんなの……。
選べって言われても困るよ……
だったら面倒な事から全部逃げて、
納得しないまま見合いするのか?
そのまま一生逃げ続けるのか?
…………
隆司、そんなに栗崎を責めるな
いいの、蒼山くん。
隆司の言う通りだから
栗崎……
私は今まで親の言いなりだった。
それは親の考えに
納得したからじゃない。
そうするのが楽だったから
でもお見合いを
させられるって聞いたとき、
初めて自分の人生は
自分で決めたいと思った
だから私はこうして、
蒼山くんと隆司に
会うことができたんだよ
だったらどうするかは
決まったな!
えっ?
オレたちのどっちかを選んで、
家には帰らない。
明日は親を説得するしかないな
うん……。
私に出来るかな?
栗崎なら大丈夫だよ。
ご両親もここまで追いかけて来たのは、
お前の本当の気持ちを
聞きたいからだろう
もし不安なら、
オレたちも一緒に話すけど?
ううん、それはいい。
これは私の問題だから
蒼山くんと隆司のどっちと
お付き合いするかの答えは、
その後でもいいかな?
ああ、もちろんだ
しょうがねえな、
少し待ってやるよ
ありがとう、二人とも
(あの親たちが、
ただ話し合いだけをして
帰るとは思えない)
(何かたくらんでるだろうけど、
私は家に戻らないってことを
きちんと伝えなくちゃ)