本屋でバイトを始めて、もう半年。
一通りの業務を覚えた私は、
ちょっとだけ後輩の指導も
任されるようになっていた。
ありがとうございました
やっとレジの列が
解消しましたね……
すごかったね……。
じゃあ、棚の整理に戻ってもいいよ
はい!
(この前入ってきた
高校生の美家くん、
素直で可愛いなあ♪)
本屋でバイトを始めて、もう半年。
一通りの業務を覚えた私は、
ちょっとだけ後輩の指導も
任されるようになっていた。
(後輩ができて、
私もようやくベテランっぽく
なってきたかも!)
そんなことを考えていると、
美家くんがすごく可愛い女の子と
楽しげに話しているのが目に入った。
(ずいぶん親しそうだけど、
彼女かな?)
(あっ……)
友達であっても、
お客様にタメぐちを利くな。
他のお客様が変に思うだろう
は、はい……。
気をつけます
(社員の御曹さんって
なぜか美家くんに厳しいよね。
ちょっとかわいそう)
(そういえば、
これからお父さんとお母さんに
会わなきゃいけないんだよね。
憂鬱だなぁ……)
(さすがに拉致して
家に連れて帰るなんてことは
しないと思うけど……)
すみません。
○○という本を
探しているのですが……
あっ、はい……?!
(わぁ、この人カッコイイ!
芸能人かな?)
長身の男性に思わず見とれてしまう。
顔が小さくて面長で、服のセンスもとてもいい。
そこに立っているだけで絵になるくらいに
容姿が整っていて、
まるでモデルのような人だった。
あの……
あっ、すみません!
ご案内します!
レジお願いしますね
チラチラ
はーい……♪
(バイト仲間の女の子も
このお客様をチラチラ見てる。
やっぱりカッコイイもんね……)
こちらの棚にございます
そう言って指を揃えて棚を示すと、
男性は私の手をそっと握った。
どうもありがとう
あっ……!
あのっ?
握られた手から男性の体温が伝わってきて、
にわかに胸が高鳴り始める。
手だけじゃなく、顔、
そして全身まで熱くなってしまった。
(なんなのこの人?!
どうして手を握ってくるの?)
写真で見るよりも、
ずっとかわいくて綺麗だ……
えっ……。
写真……?
いきなりごめんね。
きちんとした挨拶は、また後で
そう言い残して、
男性はひらりと手を挙げながら
お店を出て行ってしまった。
(爽やかに去って行ったけど……。
今のなんだったの???)
私は目を見開いたまま、
しばらくその場に立ち尽くしていたのだった……。
バイトが終わってから、
私はひたすらため息をつきながら
家に向かっていた。
(お母さん、夕方ごろに
来るって言ってたなぁ。
部屋の前で待ってるのかなぁ……)
アパートの前に見覚えのある車が
停まっているのに気づいて、
立ち止まる。
(この車、ものすごく
見覚えがある……)
助手席側のドアが開き、
お母さんがこちらを向きながら降りてきた。
やっぱりうちの車だ……
何がやっぱりなのよ。
帰ってくるの遅かったわね。
逃げたのかと思って、
お父さんカンカンに怒ってるわよ
仕方ないでしょ、
バイトだったんだから
そう……。
まあいいわ、早く車に乗って
(車に……?
別の所で話すのかな)
私は言われるがままに車のドアを開けて、
後ろのシートに座った。
遅いぞ!
どれだけ待ったと思ってるんだ!!
遅いって言われても……。
別に時間の約束してなかったでしょ
だが父さんたちが
来るのはわかっていただろう。
どこをほっつき歩いていたんだ
バイトだよ。
生活費稼ぐために、
お仕事してたの!
ああ、そういえば
本屋でくだらんアルバイトを
していたな
ちょっと!
くだらないって何?
まあまあ、お父さん……
あれ?
ていうか、どうして私のバイト先
知ってるの?
ごめんね、由衣。
お父さんとお母さんね、
興信所で由衣の居場所を
調べてもらったの
興信所ぉ~!?
それで私の住んでる所と
バイト先を突き止めたの?
ふん、そうでもしなきゃ
わからんだろ。
まったく、ろくでもない男どもに
たぶらかされて……
あの二人を
悪く言わないでよ!
悪く言うに決まってるだろっっ!
嫁入り前の娘を騙して
同棲に持ち込むとは何事だ!
ふしだらな!
ちょっと何言い出すの?
私たち、そんな関係じゃないよ!
もうヤダッ、帰る!
車から降ろしてよ!!
由衣、落ち着きなさい……。
それにお父さんも!
わ、私は落ち着いている!
由衣には厳しく言って
おかないと思ってだな……
今、由衣を怒らせても
私たちの得には
ならないでしょう?
んんっ……うむ……
(得?
変な言い方……)
──その後、お父さんは不自然なほどに
静かになってしまった。
こ、ここ……。
高級ホテルだよね?
どうして親子の話し合いくらいで
こんな所に来たの?
車で連れて行かれた先は、
一流ホテルのロビーだった。
ここに来る途中でデパートに寄って、
ちょっと値段が張る
よそ行きの服を買ってくれたから
変だなとは思っていたけど……。
まさかとは思うけど……。
ここに来るためだけに、
新しい服に着替えさせたの?
静かにしなさい。
あまり大きな声で話したら、
周りに迷惑でしょう?
あ、ごめんなさい
(そうだよね……。
こんな上品な所で大きな声を
出すのはマナー違反か)
まったく。
これからお見合いだというのに、
少しは大人しくできないのか?
(ん……?
今の聞き間違い……だよね?)
前にも話したと思うけど、
お相手の方は
お父さんの古いお知り合いの、
息子さんなのよ
お相手……?
そうよ。
しかも優秀な外科医な上に、
うちの婿養子になる事に
同意して下さっているそうよ
ちょ、ちょっと待って。
これから私、
お見合いさせられるの?
母さん……?
由衣に話していなかったのか?
伝えると言っていたから、
てっきり……
話す暇なんて無かったでしょ?
それに先に話したら、
由衣は逃げ出すじゃない
ひどい!!
二人とも騙したの?!
私、帰る!
コラッ!
みっともなく騒ぐんじゃない!
なに怒ってるのよ、由衣。
お見合いすることは
前から話してたじゃない
お見合いが嫌だから、
私は家出したの!
何もわかってないんだから!
向こうの方に由衣の写真を
見せたら気に入ってくださったし、
こんないい縁談そうそう無いわよ?
そうだ。
あんなどこの馬の骨とも
わからない男どもと暮らすよりは
よっぽどいい
やめてよ。
あの二人はお父さんなんかより、
ずっといい人たちなんだから
お前は本当に人を見る目が無いな。
子供は黙って親の言う事を
聞いていればいいんだ
子供って……!
おや?
お取り込み中でしたか?
えっ?
(あれ?
この人、さっきバイト先で
会った……)
ご無沙汰しております、
栗崎さん
あ、あらあらやだ。
もういらっしゃったんですか?
お恥ずかしいところを
お見せして申し訳ない。
ほら、由衣もご挨拶しなさい
あっ、えっ?
は、はじめまして。
栗崎由衣です……
はじめまして、神埼です。
お父さんにはいつも
お世話になっています
うちの父が、どうも……
はじめまして。
神埼 博哉(かんざき ひろや)
と申します
……と言っても、
お会いするのは初めてじゃ
ありませんよね?
ええ……
(さっきはバイト先で、
思いっきり手を
握られちゃったし)
お?
博哉は、
もう由衣さんとお知り合いに
なっていたのか?
知り合いというか、
先ほど由衣さんの勤務先に
お邪魔しまして
いきなりお訪ねするのは
失礼かとも思いましたが、
お母様より由衣さんが本屋勤めを
されているというのを聞いて、
つい我慢しきれなくなったんです
そうだったんですか!
いや~、それならそうと
由衣も言えばいいものを
ちょ、ちょ、ちょっと待って!
お見合いの相手って、
この人?
そうよ。
写真を見せたじゃない
見せてもらって
ないんだけど……
あらそうだったかしら?
いやだわお母さん、
うっかりしてたわ~
バレバレの嘘。
見え透いた演技。
お父さんとお母さんが、
私を騙してここに連れて来たことは
わかりきっていた。
怒って口を開こうとしたとき……。
お母さんが、私に耳打ちをした。
このまま大人しく
お見合いをすれば、
もう家に戻って来なさい
なんて言わないわよ?
でも、それじゃあお父さんが
納得しないじゃない
お母さんが由衣の味方に
なってあげるわよ。
だから安心しなさい
(本当かな……。
でも、今ここから逃げ出しても、
またアパートまで追いかけて
くるだろうし……)
では、そろそろ
食事にしましょうか!
そうですね。
食事をしながらお互いの
親交を深めましょう
お父さんと神埼さんが挨拶を終えたようで、
席から立ち上がった。
(とうとうお見合いが
始まっちゃう……)
…………
(……ん?
なんで黙ってこっちを
見てるんだろ?)
(……ニコッ)
……っ!?
(ううっ、優しい笑顔に
ドキッとしちゃった。
そんな場合じゃないのに!)