栗崎 由衣(くりさき ゆい)

ありがとうございました

美家 王子(びいえ おうじ)

やっとレジの列が
解消しましたね……

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

すごかったね……。
じゃあ、棚の整理に戻ってもいいよ

美家 王子(びいえ おうじ)

はい!

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

(この前入ってきた
高校生の美家くん、
素直で可愛いなあ♪)

 本屋でバイトを始めて、もう半年。


 一通りの業務を覚えた私は、
ちょっとだけ後輩の指導も
任されるようになっていた。

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

(後輩ができて、
私もようやくベテランっぽく
なってきたかも!)

 そんなことを考えていると、
美家くんがすごく可愛い女の子と
楽しげに話しているのが目に入った。

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

(ずいぶん親しそうだけど、
彼女かな?)

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

(あっ……)

御曹 司(みぞう つかさ)

友達であっても、
お客様にタメぐちを利くな。
他のお客様が変に思うだろう

美家 王子(びいえ おうじ)

は、はい……。
気をつけます

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

(社員の御曹さんって
なぜか美家くんに厳しいよね。
ちょっとかわいそう)

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

(そういえば、
これからお父さんとお母さんに
会わなきゃいけないんだよね。
憂鬱だなぁ……)

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

(さすがに拉致して
家に連れて帰るなんてことは
しないと思うけど……)

すみません。
○○という本を
探しているのですが……

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

あっ、はい……?!

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

(わぁ、この人カッコイイ!
芸能人かな?)

 長身の男性に思わず見とれてしまう。


 顔が小さくて面長で、服のセンスもとてもいい。


 そこに立っているだけで絵になるくらいに
容姿が整っていて、
まるでモデルのような人だった。

あの……

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

あっ、すみません!
ご案内します!

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

レジお願いしますね

 チラチラ

はーい……♪

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

(バイト仲間の女の子も
このお客様をチラチラ見てる。
やっぱりカッコイイもんね……)

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

こちらの棚にございます

そう言って指を揃えて棚を示すと、
男性は私の手をそっと握った。

どうもありがとう

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

あっ……!
あのっ?

 握られた手から男性の体温が伝わってきて、
にわかに胸が高鳴り始める。


 手だけじゃなく、顔、
そして全身まで熱くなってしまった。

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

(なんなのこの人?!
どうして手を握ってくるの?)

写真で見るよりも、
ずっとかわいくて綺麗だ……

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

えっ……。
写真……?

いきなりごめんね。
きちんとした挨拶は、また後で

 そう言い残して、
男性はひらりと手を挙げながら
お店を出て行ってしまった。

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

(爽やかに去って行ったけど……。
今のなんだったの???)

 私は目を見開いたまま、
しばらくその場に立ち尽くしていたのだった……。

 バイトが終わってから、
私はひたすらため息をつきながら
家に向かっていた。

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

(お母さん、夕方ごろに
来るって言ってたなぁ。
部屋の前で待ってるのかなぁ……)

 アパートの前に見覚えのある車が
停まっているのに気づいて、
立ち止まる。

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

(この車、ものすごく
見覚えがある……)

 助手席側のドアが開き、
お母さんがこちらを向きながら降りてきた。

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

やっぱりうちの車だ……

由衣の母

何がやっぱりなのよ。
帰ってくるの遅かったわね。
逃げたのかと思って、
お父さんカンカンに怒ってるわよ

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

仕方ないでしょ、
バイトだったんだから

由衣の母

そう……。
まあいいわ、早く車に乗って

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

(車に……?
別の所で話すのかな)

 私は言われるがままに車のドアを開けて、
後ろのシートに座った。

由衣の父

遅いぞ!
どれだけ待ったと思ってるんだ!!

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

遅いって言われても……。
別に時間の約束してなかったでしょ

由衣の父

だが父さんたちが
来るのはわかっていただろう。
どこをほっつき歩いていたんだ

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

バイトだよ。
生活費稼ぐために、
お仕事してたの!

由衣の父

ああ、そういえば
本屋でくだらんアルバイトを
していたな

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

ちょっと!
くだらないって何?

由衣の母

まあまあ、お父さん……

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

あれ?
ていうか、どうして私のバイト先
知ってるの?

由衣の母

ごめんね、由衣。
お父さんとお母さんね、
興信所で由衣の居場所を
調べてもらったの

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

興信所ぉ~!?
それで私の住んでる所と
バイト先を突き止めたの?

由衣の父

ふん、そうでもしなきゃ
わからんだろ。
まったく、ろくでもない男どもに
たぶらかされて……

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

あの二人を
悪く言わないでよ!

由衣の父

悪く言うに決まってるだろっっ!
嫁入り前の娘を騙して
同棲に持ち込むとは何事だ!
ふしだらな!

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

ちょっと何言い出すの?
私たち、そんな関係じゃないよ!
もうヤダッ、帰る!
車から降ろしてよ!!

由衣の母

由衣、落ち着きなさい……。
それにお父さんも!

由衣の父

わ、私は落ち着いている!
由衣には厳しく言って
おかないと思ってだな……

由衣の母

今、由衣を怒らせても
私たちの得には
ならないでしょう?

由衣の父

んんっ……うむ……

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

(得?
変な言い方……)

──その後、お父さんは不自然なほどに
静かになってしまった。

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

こ、ここ……。
高級ホテルだよね?
どうして親子の話し合いくらいで
こんな所に来たの?

 車で連れて行かれた先は、
一流ホテルのロビーだった。


 ここに来る途中でデパートに寄って、
ちょっと値段が張る
よそ行きの服を買ってくれたから
変だなとは思っていたけど……。

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

まさかとは思うけど……。
ここに来るためだけに、
新しい服に着替えさせたの?

由衣の母

静かにしなさい。
あまり大きな声で話したら、
周りに迷惑でしょう?

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

あ、ごめんなさい

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

(そうだよね……。
こんな上品な所で大きな声を
出すのはマナー違反か)

由衣の父

まったく。
これからお見合いだというのに、
少しは大人しくできないのか?

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

(ん……?
今の聞き間違い……だよね?)

由衣の母

前にも話したと思うけど、
お相手の方は
お父さんの古いお知り合いの、
息子さんなのよ

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

お相手……?

由衣の母

そうよ。
しかも優秀な外科医な上に、
うちの婿養子になる事に
同意して下さっているそうよ

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

ちょ、ちょっと待って。
これから私、
お見合いさせられるの?

由衣の父

母さん……?
由衣に話していなかったのか?
伝えると言っていたから、
てっきり……

由衣の母

話す暇なんて無かったでしょ?
それに先に話したら、
由衣は逃げ出すじゃない

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

ひどい!!
二人とも騙したの?!
私、帰る!

由衣の父

コラッ!
みっともなく騒ぐんじゃない!

由衣の母

なに怒ってるのよ、由衣。
お見合いすることは
前から話してたじゃない

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

お見合いが嫌だから、
私は家出したの!
何もわかってないんだから!

由衣の母

向こうの方に由衣の写真を
見せたら気に入ってくださったし、
こんないい縁談そうそう無いわよ?

由衣の父

そうだ。
あんなどこの馬の骨とも
わからない男どもと暮らすよりは
よっぽどいい

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

やめてよ。
あの二人はお父さんなんかより、
ずっといい人たちなんだから

由衣の父

お前は本当に人を見る目が無いな。
子供は黙って親の言う事を
聞いていればいいんだ

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

子供って……!

おや?
お取り込み中でしたか?

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

えっ?

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

(あれ?
この人、さっきバイト先で
会った……)

博哉の父

ご無沙汰しております、
栗崎さん

由衣の母

あ、あらあらやだ。
もういらっしゃったんですか?

由衣の父

お恥ずかしいところを
お見せして申し訳ない。
ほら、由衣もご挨拶しなさい

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

あっ、えっ?
は、はじめまして。
栗崎由衣です……

博哉の父

はじめまして、神埼です。
お父さんにはいつも
お世話になっています

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

うちの父が、どうも……

神埼 博哉(かんざき ひろや)

はじめまして。
神埼 博哉(かんざき ひろや)
と申します

神埼 博哉(かんざき ひろや)

……と言っても、
お会いするのは初めてじゃ
ありませんよね?

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

ええ……

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

(さっきはバイト先で、
思いっきり手を
握られちゃったし)

博哉の父

お?
博哉は、
もう由衣さんとお知り合いに
なっていたのか?

神埼 博哉(かんざき ひろや)

知り合いというか、
先ほど由衣さんの勤務先に
お邪魔しまして

神埼 博哉(かんざき ひろや)

いきなりお訪ねするのは
失礼かとも思いましたが、
お母様より由衣さんが本屋勤めを
されているというのを聞いて、
つい我慢しきれなくなったんです

由衣の父

そうだったんですか!
いや~、それならそうと
由衣も言えばいいものを

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

ちょ、ちょ、ちょっと待って!
お見合いの相手って、
この人?

由衣の母

そうよ。
写真を見せたじゃない

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

見せてもらって
ないんだけど……

由衣の母

あらそうだったかしら?
いやだわお母さん、
うっかりしてたわ~

 バレバレの嘘。


 見え透いた演技。


 お父さんとお母さんが、
私を騙してここに連れて来たことは
わかりきっていた。


 怒って口を開こうとしたとき……。


 お母さんが、私に耳打ちをした。

由衣の母

このまま大人しく
お見合いをすれば、
もう家に戻って来なさい
なんて言わないわよ?

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

でも、それじゃあお父さんが
納得しないじゃない

由衣の母

お母さんが由衣の味方に
なってあげるわよ。
だから安心しなさい

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

(本当かな……。
でも、今ここから逃げ出しても、
またアパートまで追いかけて
くるだろうし……)

博哉の父

では、そろそろ
食事にしましょうか!

由衣の父

そうですね。
食事をしながらお互いの
親交を深めましょう

 お父さんと神埼さんが挨拶を終えたようで、
席から立ち上がった。

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

(とうとうお見合いが
始まっちゃう……)

神埼 博哉(かんざき ひろや)

…………

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

(……ん?
なんで黙ってこっちを
見てるんだろ?)

神埼 博哉(かんざき ひろや)

(……ニコッ)

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

……っ!?

栗崎 由衣(くりさき ゆい)

(ううっ、優しい笑顔に
ドキッとしちゃった。
そんな場合じゃないのに!)

第7話 3人目の彼

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